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生きて  作者: 膝野サラ
4/6

桜が咲く前に

三年ももうすぐ終わる。高校生最後の冬になっても俺は、青春なぞとは遥か遠いその校舎の端にいた。

そうしていつも通り、その誰もいない校舎の端で、独りイヤホンで音楽を聴きながら、大してうまくもない安いパンを食べて休憩時間を潰していた。

結局三年間、恋人はおろか、友人の一人すらできることはなく、ひたすらに独りここで過ごすばかりだった。


なんだか生きている意味がわからなくなっていた。そうしてひたすらに地面を見つめていた。ただこれからもこうしてなんとなくで生きていくのだろうな、そんなことを思っていた。

イヤホンで聴いていた音楽が終わり、溜め息を吐き、ふと顔を上げた時だった。そこに少女がいた。目が合い、少女は微笑んだ。俺は上手く微笑める自信がなく、会釈をした。

その幼く可愛らしく小さな顔をした背の低い少女は、同じクラスの冬月さんだった。彼女は冬の中で、肩まで伸びた真っ黒な髪を風に靡かせていた。そうして彼女は俺に「いいねここ」と言う。俺は「まあ」と無愛想に返す。これが俺と冬月さんの初めての会話だった。彼女は容姿も可愛らしく、みんなに同様に優しく、特に間違いなく男子からは憧れの存在であろう。そんな彼女と俺が話すことなんて今まであるはずもなかったのだ。

彼女は俺の前に立ちながら「いつもここにいるの?」と訊いてきた。俺は座りながら少し視線を逸らし「うん」と頷く。それから少し心地の良くない沈黙が訪れる。そうして彼女は少し辺りを見るようにして「寒いね」と言う。俺はまた「うん」と頷く。今までほとんど人と話してこなかった俺には、その短い返事が精一杯だった。それでも彼女は話しかけてくれて「何聴いてたの?」と訊いてくる。俺が「ブルーハーツ」と言うと彼女はなにか嬉しそうに「ん、いいよねブルーハーツ」と少し微笑む。俺がまた二文字で頷くと彼女は「なんかしんどい時とかに聴くといいよね」と言う。だから「うん、俺もそういう時聴く」とようやく三文字以上の言葉を発する。そうして俺が顔を上げ冬月さんの顔を見ると、彼女はまた優しく微笑んだ。だから俺も微笑んでみた。それはきっとえらくぎこちない微笑みだったのだろう。ただ、その時俺は、初めて学校で笑った。いや、家でも笑うことはないし、人と一緒に微笑むなんてのはいつぶりだっただろう。


それから冬月さんは休憩時間になると頻繁にその校舎の端に来るようになった。そうして二人で色々なことを話した。話している時の彼女はいつも楽しそうで、俺はその横顔に見惚れていた。

でもある時、冬月さんは俺に「なんかさ、死にたくなったりしない?」と唐突に訊いてきた。俺は少し驚きながらも「たまにあるかも。冬月さんは?」と訊いてみた。すると少し間があって彼女は「よくあるよ、今も。桜が咲く前に死にたい」と言った。俺はその言葉にどうしたらいいかわからなくなり、ただ黙っていた。すると彼女は「ねえ、一緒に死なない?」と訊いてくる。俺はそれに少し眉の角度を変えながらも、気づけば頷いていた。彼女は俺の目を見て微笑み、俺も彼女の目を見て微笑んだ。

そして彼女はなにか楽しそうに「じゃあ最後にどこか行かない?旅行して、その先で一緒に死のうよ」と言ってきた。俺は頷き、それから行き先などもすぐに決めて、数日後には行くことになった。行き先などを一緒に考えている時、冬月さんは楽しそうに笑っていた。その笑顔を見て俺は、その笑顔はどういう意味を含んでいるのだろうか、そんなことを考えていた。そんなことをこんな時になってまで考えてしまう俺のことを、どうかボコボコにしてはくれないかと、そんなことを思っていた。

そうして色々な感情が胸中で渦巻きながらも、出発の日になった。自殺旅行の出発の日に。

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