雪国
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
大きな駅の中で、丸襟の赤いコートを着込んだ小さな少女が我が前をゆく。少女と言えど歳はもう十八で、ただその様はあまりにも少女であった。
大きな駅の建物から出て白い世界に入り、冷たい風を浴び、肩まで伸びたその真っ黒な髪を靡かせ、寒さに震えながら彼女はこちらを振り返り、その大きく真っ黒な瞳で我が目を見て「さっむいねえ」なんて可愛らしく言った。そうして小さな手で細い首にマフラーを巻き、白い息を吐いた。
俺は震えながら「じゃあ行こうか」と言う。すると彼女は大きく頷いて勢いよく我が腕にしがみついてきた。彼女の控えめな胸が当たる。ついニヤっとしてしまった我が間抜けな面を見て彼女は、周りから外れて端っこに咲く一輪の赤い花のような魅力的な笑みを見せた。そうして腕だけに暖かさを感じながら、彼女と二人で冬の中をゆく。
その日の彼女、冬月さんは、いままででも一番楽しそうに笑っていた。
賑やかな観光地の中を二人で歩いてゆく。そこは家族連れやらの笑顔ばかりで、僕らも笑っていた。でも僕たちの胸の中にある感情が他の人たちと少し違うであろうこともまた事実であった。
冬月さんは俺の顔を見上げて「私たち周りから見たらカップルに見えてるんだろうね」と少し微笑みながら言う。それに俺は少し照れながら「だろうね」と返す。ふと、この時間が永遠に続けば、なんて思ってしまった。
そうしてその地で有名な飲食店に入った。席に腰掛け、二人でその地の名物である鍋を囲む。鍋の湯気の向こうに座る冬月さんの姿を見て、なにか夢の中にいるかのような感覚を覚えた。
「ん、美味しい」なんて言って少し微笑む彼女の顔はこの上なく可愛らしく、ふいに抱きしめたくなった。そんななにか複雑な感情を抱きながら食べた鍋料理は冷え切った我が身体を内側から温める。そうして俺も「本当だ、うまい」と言ってぎこちなく彼女に微笑んだ。そうして俺は初めて女の子と二人で食事をした。
店から出てまた冬月さんは手を繋いできた。これが恋人繋ぎとやらか、中々エロティックではないかなぞと思いながら指を絡ませた。そうして今度はデザートにとソフトクリームを買って食べた。彼女のその幼い見た目にソフトクリームはなんだかえらく似合っており、こんなのロリコンに誘拐されてしまうぞなぞと思いながらもその様に見惚れていた。もしかしたら俺はロリコンなのかもしれないなとこんな時になって思った。
その後観光地の中心部からは少し離れ、何故かこんなとこに来てまで、どこにでもあるようなゲームセンターに入った。中は少しばかり薄暗く、人もあまりおらず、俺たちと同じ高校生くらいの三人組がいるくらいであった。それでもゲーム機の音はしっかりとやかましかった。
まず二人で太鼓を叩くリズムゲームをした。小学生の頃にした以来で中々上手くできなかったが、隣で冬月さんが笑っているだけで楽しかった。そして次にエアホッケーをした。いつか女の子と二人でやりたいと思ってはいたがこんなとこでこんな状況でやることになるとは思わなかった。相手が女の子だからといって手加減することもなく本気でやったが負けた。それでもやはり楽しいばかりで、楽しいという感情が今の全てなんだと、そう思った。
そうしてUFOキャッチャーで俺はお菓子を取り、冬月さんは小さな熊のぬいぐるみのキーホルダーを二つ取ってきた。そうしてその一つを俺に差し出してきて「おそろいにしよ」と可愛らしく言うのであった。お互いそれをカバンにつけて、そうしてゲームセンターを出た。外は依然、厳しい冬であった。
そうしてまた賑わう観光地の中をゆく。お土産屋さんなどもあったがそれらは俺にはもはや必要のないものであった。勿論それは冬月さんも同様であった。彼女はそれでも俺の横で笑っていた。
冬がこんなに彼女を美しくさせるとは知らなかった。そして春はまた違う彼女を見せてくれるだろう。いやしかしそうだった、その前に彼女とはさよならであった。いやはや最後の冬になってようやく、冬月さんと冬が合わさった時の美しさに気づいた。だからってなんだってわけでもないのだが、きっとそれはあまりに遅すぎた。
厳冬の中には冬化粧を纏う冬月さんがいた。そしてそんなまるでパッと消えていってしまいそうな彼女の姿を、ただ見つめるだけの俺がいた。