最後の魔剣(ラスト・ソード) ~鏡像(ミラー)~
鏡像編は、スレア視点で書かれたものです。前の章を読んでから読むことをおすすめします。
「ここは、どこ……?」
虚空、目を覚めた少女は、最初の言葉を零した。
「私は、誰……?」
頭が痛い。意識が朦朧としている。ここはどこなのか、自分は誰なのか、何もわからない。考えることも、できない。ずっと、何かが頭の中に流れ込んでくる。
それを認識しようとしても追いつけないまま、この世の知識と光景が、洪水のように流れ込んでくる。
声が、聞こえる。
「守るんだ……!」
「魔物共、消えろ!」
「町を……大切な人を守るために……!」
「何が守るんだよ……」
「守った結果はこれか!」
「我らを何だと思ってるんだよ!」
「あなたたちは……誰なの?」
少女は辛そうに頭を抱え、答えてくれそうもない質問をした。
頭痛が急に消えた。代わりに、さっきのと全く違う声が頭の中に響く。
「終わったみたいね」
驚いてた少女はキョロキョロと、声の主を探そうとしたが、周りも、上も下も、虚無の闇だけだった。しかし、そんな少女を無視し、また別の、濁った声が虚空に響く。
「ファラールス、いい加減にせんか!」
「えぇ~だって面白いじゃん~」どうやらさっきの声の主は、この「ファラールス」という人らしい。
「面白がって人間界を干渉するのはよせと言ったはずだ!」
「そんなに怒んなって~君は興味ないの?人間の作った剣に」
「そ、それは……」図星だったようで、言葉を失くした。
「ほ~ら、興味津々じゃん~だったらさぁ~」
「ボクが試してやってもいいじゃん?キャハハ!」
「いっけない!我が可愛い子を忘れてしまった!」と、ファラールスは急に何かを思い出したように、その場を後にした。
「どーも、ボクの可愛い可愛いスレイヤーちゃん」何もない虚空の中、誰かが近づいてくる気配を感じる。
「神、様……?」と、少女が直感で問う。
「ピンポン~ボクはファラールス、面白いことが大好きな、君を生み出した神だよ~」
「私を、生み出した……」
少女はそう呟いて、自分を見下ろす。
雪のような白い肌、小さな体、端しか見えない、肩に触れる銀色の髪。これは幼い人間の少女の体だと、先ほど頭に流れ込んでくる「人間界の知識」でわかった。
「そうだよ~だからさぁ~ボクを楽しませてよね?キャハハハ~」
その言葉を残し、さっきまで感じた気配は消えた。
そして、虚空が裂き、差し込む光が眩しく、少女は手で光を遮ろうとしても、目が開かなかった。
強光による刺激が消えた頃、周りに人のざわめく声が聞こえる。目を開くと、恐怖に染まる人々の姿が見えた。
「な、なんだ……?」
「剣から人が出てきたぞ!?」
「化け物だ!我を滅ぼしにきた!」
「あいつを殺せ……殺せ!」
そうか、自分のことを恐れているのか。
少女はもう一度、自分を見下ろした。赤と白の奇妙な服を着ている。両足も、地面とかなり距離がある。
記憶を探ると、これは巫女服というものらしい。自分は、神様……いや、正確に言うと、ファラールス様に仕える巫女である。しかし、この世界ではそもそも「巫女」という概念がない故に、自分はどんな存在なのか認識できないわけだ。化け物扱いされるのも致し方ない。
そんなことを考える間に、一人のかなり年のある男が自分の前に来て、いきなり片膝をつき、騎士のように、右手を左胸に置き、頭を下げた。
「高貴なる剣精霊よ、ご無礼をお許しください」
「大祭司殿、これは何の真似だ!?」周りが驚異の声を上げた。しかし、大祭司と呼ばれる男は、分毫の動揺も見せなかった。
「剣精霊……」
少女はその言葉を繰り返しながら、体の感覚を確かめようと、自分の両手を見て、軽く拳を握ってみた。そんな少女の反応に、大祭司は何も答えず、王座に向けて、
「陛下、僭越ながら、この少女を……剣を預からせていただけないでしょうか」
そう、折れなかったこの剣は、国王と大臣たちのいる宮殿に持たれたのだった。解決策を議論している最中、「剣精霊」が現れた。
「陛下!そんな危険なものを渡せるわけには……!」
「剣を庇った大祭司ですぞ!?」
「陛下!」
王は手で額を支え、目を閉じた。考え込むその姿を目にした大臣たちも、しばらくの間沈黙した。自分の処分を待つ少女は、冷たい視線で王座を見つめる。
「大祭司よ、そなたはその娘を連れて何をするつもりだ?」
答えを出したようで、王は王座から立ち、大祭司を見下ろす。王の視線を浴びる大祭司は微かに震え、頭を下げたまま、
「はい……剣精霊様は、神託に深く関わっているかと……」
「ふん……よかろう。七日の時間を与えよう」
「陛下!そんなことを……」それを耳にした大臣の一人が思わず声を出してしまった。
それを真っ先に答えたのは、王の睨みだった。
「余の判断に異議ありと?」
「とんでもございません!わたくしの血迷いでございます!どうかお許しを……!」
その視線を浴びた大臣は血の気が引き、王の返事もろくに聞けず、ひたすらにひれ伏して額を地面に叩き、容赦を求めるだけだった。
「今日はここまでにしよう。大祭司、七日後、答えを聞かせてもらう」
その言葉を残し、王はその場を後にした。
「お主、何のつもりじゃ」
廊下、大祭司が少女を案内しているところに、少女は冷たい視線のまま、大祭司の後ろ姿を見つめながら問いた。それを聞いた大祭司は、足を止めて、空を見上げた。
「剣精霊様は、この世に生まれ、如何に思われますか?」
「此方が聞いておるのに……まぁよい。わらわの名はスレイ……スレアじゃ。覚えたまえ」
「これは失礼いたしました、スレア様」
少女に向いて侘びる大祭司は、作り笑顔を見せ、再び歩き始めた。
その先は、この国で最も神聖たる場所――祭殿である。
異常なほど神様を深く信仰しているこの国では、大臣であろうと、神官の許可がない限り、勝手に祭殿に足を踏み入れると天罰が下ると言われている。そして、国王であっても、大祭司の導きがなければ、祭殿の最奥に入ることは許されない。
「これほど敬畏されているわたくしなのに、神様の真意を歪める輩を前に何もできないとは、情けない話ですな……」
祭殿の最奥、その広さに対して、中央に水晶玉とそれを支える約1メートルの柱しかなかった。その寂しさをカバーするためか、壁や天井に、この国の信仰と神様の神聖さを感じる巨大な絵が多数描かれている。
今ここにいるのは大祭司と、大祭司が連れてきた少女だった。
神聖たるこの祭殿に、国の災厄と思われる少女を招いたのは、何の皮肉だろうか。
「スレア様、ご自分の誕生の理由はご存知でしょうか」
水晶玉の隣に立つ大祭司は、まるで愛しい孫に対するような温かな声で、話をかけてきた。しかし、その違和感は逆に少女を警戒させ、何も口にしなかった。
「はは……これは失礼しました」自嘲するように、大祭司は苦笑した。が、すぐに真剣な顔に戻った。
「わたくしがもっと冷静に考えれば、こんなことにはならなかったかもしれませんな……」
「神様のいたずらに責任を取るでない」
なぜ自分はそんな風に言ったか、わからない。巫女である自分が、神様を疑うなど、どうかしているだろう。自分の失態に気づき、少女は眉をひそめた。
「いたずら、でございますか……」思わぬ答えが返ってきて少々驚いたが、その言葉を繰り返した大祭司は、軽くため息をついた。
「そうだとしたら尚更、迂闊に陛下と大臣に伝えてしまったわたくしの責任にあります」
「お主……」どんな言葉を返すべきかがわからず、少女は少し気が沈んだ。
「責任がわたくしにある以上、逃げるわけにはいきません。そのために、スレア様」そんな雰囲気を破り、大祭司はようやく本題に入った。
「スレア様でしたら、もしかしてこの神託の意味をご存知かと思いまして」
「知らんのう、神様のいたずらなど」
気に障ることでもしたのか、少女の態度は急に変わった……否。変わったというより、拗ねた方が正しいだろう。
「またいたずら……ですか。一体……」大祭司は詳しく知りたがり、少女に聞き返した。
「知らぬと言っておる!」
思わず声を上げた少女は自分の失態に気づいたようで、目を逸らした。
巫女として、あってはならない感情を持ってしまった。
自分は、自分を敵視する人間が嫌いなのか、面白がって自分を生み出した神様に抵触があるのか、わからない。でも間違いなく、後者は自分があってはならない感情だ。
何故、あってはならないだろう。
その疑問に、少女はただ頭を抱えるだけだった。
それから三日間、少女はずっと、自分を剣の中に閉じ込めることにした。剣精霊が出てこないという好機を、大臣たちは見逃すわけがない。三日間、大臣たちは思いついた方法を全部試したが、この剣が折れることはなかった。
無論、自分の本体である剣が何をされたか、少女は知っている。が、自分を手放した大祭司が何をしているかは知るよしもなかった。
故に、水晶玉に映る神託が、ある変化をしていることも、そこから大祭司が出した答えも、知らなかった。
翌日、宮殿に大臣たちが集まった。
約束していた七日よりも早かったが、どうやら大祭司はすでに結論を出したようだ。
「では聞こう、そなたの答えを」王は真剣な顔をして、威厳を示すように王座の前で立っていた。
「はい。ここ数日の解読によれば、やはりこの剣は非常に危険なものだと判断いたしました。直ちに封印の儀の準備を進めた方がよろしいかと」
大祭司がひれ伏すまま返事を述べると、まるでこの言葉を待っていたかのように、さっきまで渋い顔をしていた大臣たちが今となっては拍手でもしてしまいそうに大祭司の決断を称賛した。
「英明な判断であったぞ」
「さすがは我らの大祭司殿です」
「これで、我が国も安泰でしょう」
そんな言葉を耳にして、大祭司は言葉を続けた。
「ただし、これは非常に複雑な儀であるため、分毫の間違いも許されません。ぜひとも、このわたくしに委ねることができないでしょうか」
「うむ……これで文句はなかろうな?」王は少し考えた後、大臣たちに聞く。勿論、何も知らない大臣たちに誰も反対の声を上げなかった。
「よかろう。そうしてくれたまえ」
「ありがとう存じます。では早速、準備に入らせていただきます」
「うむ、期待しておる」
「はっ!必ず成功させてご覧に入れます」と言った大祭司は王に辞儀をし、その場を去った。
「お主は、やはり愚か者の味方に付くのか」
祭殿に閉じ込められた少女は、大祭司からその話を聞いても、動じるもなく、ごく平然に呟いた。
「わたくしにできるのは、これしかなかったのです。スレア様にどう思われても、成し遂げなければなりません」
そうだ。この腐った世界にけじめを付けるためにも、スレア様のためにも。わたくしが背負わなければ。
「ふん、このつまらぬ使命を早めに終わらせることができるというのならば、それでもよかろう」
まるで何かを拗ねているように、少女は急に不機嫌そうな顔で剣に戻ろうとする。
――その時に、
「後日、精鋭隊長をお連れしてまいりましょう」と、大祭司の言葉に数秒も固まった少女は、平気を装い、背を向けたまま「さようか」とだけ返して、剣に戻った。それを気にせず、大祭司は言葉を続けた。
「それともう一つ、スレア様に与えた通り名は『最後の魔剣』、わたくしの提案でございます」
スレア様、あなたは魔剣でございます。今の姿は本当のあなたではないはずです。いずれその影は、世を滅ぼすでしょう。神託のように、空を舞う漆黒の剣に、段々見えてくる本当のスレア様になるでしょう。
――そう。この数日間、水晶玉に映る神託のある変化とは、一人の姿が確認できるようになったのだ。夜色の髪に禍々しい黒き鎧、スレアと同じ顔をしている少女の姿が。
そして、その使命を終えたスレア様に、このわたくしが新生を与えましょう。
わたくしが、神になりましょう。
二日後、祭殿。大祭司が一人の男性を連れてきた。見た目はおおよそ20代後半、身につけている皮防具は戦いにおける機動性を重視しており、関節を守るために金属の保護具も付けられている。だが、祭殿に入るとなると、武器だけは身につけることができず、外で預からざるをえなかった。
「大祭司殿、一体何のご用で祭殿に……?」どうやら青年は事情もわからないまま、大祭司に祭殿まで連れてこられた。
神官の許可がなければ中に入ることすら許されない祭殿に、なぜ自分のような何の権力も持たない一般人――精鋭部隊隊長とはいえ――を招いたか、どうも落ち着かなかった。
「隊長殿に、会ってほしい方がいらっしゃいましてね」
「私に……ですか」心当たりがないか、青年は困惑な顔をした。
「ええ」
おおよそ十分ほど歩いていたか、一つ大きな空間に、大祭司は足を止めた。そして誰もいない空間に「お連れしてまいりました、スレア様」と、言葉を発した。
「うむ」
どこから聞こえてきた幼い女の子の声が、広い祭殿の中で響き渡る。
まるで神様が話しているようだと、もっとも神聖である祭殿の中にいるせいか、そう思わざるを得なかった。これから会う相手はどんな者なのかを想像しながら、青年は息を呑んだ。
「では、わたくしはここまで」大祭司は空気にお辞儀をし、その場を去った。
どんな相手に会うかもわからないまま一人に残された青年は心細くなり、大祭司を呼び止めようとしたが、その雰囲気に怯え、声が出せなかった。
仄暗い灯火に照らされた祭殿に、青年は魔物よりも恐怖を感じ、思わず体が震える。
「そう怖がるでない」
声と共に、声通りの幼い女の子が目の前に現れた。赤と白の奇妙な服を着ているからか、やはり神様だろうかと、そう思いながら、青年はまた息を呑んだ。
「お主、わらわのことを聞いておらぬか」少女は小さくため息をつき、青年にあるものを投げた。
「こ、これは……」それを受け取った青年は、夢でも見ているかと、手が震えながらも、それを抜け出し――違いない。剣だ!
「あと数日で、わらわはこの世から消えることになるじゃろう」少女はごく平然に、青年にそう伝えた。
「な、何を言って……」ようやく自分の手に戻ってきたと思ったら、あまりの落差で、青年は思わず聞き返した。
「わらわはやがて、この国を壊してしまう」
「そんなのあるわけないだろ!?この国を、みんなを守ったじゃないか!俺も、俺だって……!」青年は苦しそうに膝をつき、「あの時だって、君がいなかったら俺はもうここにいないかもしれない!なのに、なのに俺は……何もしてあげられずにこのまま消えてくのを見るしか……!」
悔しそうに床を叩く青年の姿を目にした少女は、何度も口を開こうとしたが、言葉が出なかった。自分を落ち着かせるために一深呼吸して、少女は青年の頭を軽く撫でた。
「そんなことはないぞ。わらわはずっと、ずっとお主を見ておった。わらわもこの土地を気に入ったじゃ。お主のように、守りたいのじゃ」
「わらわのできなかった分まで、力を尽くしてたもれ」
「わらわを大事にしたお主には感謝しておる。こうしたから、わらわはようやくこの気持ちをお主に伝えることができたのじゃ。自分を責めなくて良いぞ」
それで、いいんだ。
私は、この気持ちを伝えるために来たんだ……
時間はまた数日が過ぎ、いよいよ封印の儀を執行する日が来た。封印の地は森の中、随行が許されたのは儀式をサポートする数人以外、報告役として来た使者二人だけだった。
封印を目の前にしても、少女はただ無表情のまま静かについていくだけだった。
一行が着いたのは森の深部、かすかな滝の音が聞こえる。まるで最初から存在しなかったように、埋まったはずの樹々がきれいに抉られ、硬い土だけを晒している。
儀式の始まりに伴い、いくつの大きいな魔法陣がこの空間を埋めた。魔法陣の中心にいたのは、目を閉じて眠りを待つ少女だった。が、何かを察したように、急に目を開け、目の前にいる大祭司の真剣な顔をまじまじと見つめ、心の中でため息をした。
そう、これはただの封印の魔法ではなかった。混ざっていた魔法から、少女はようやく大祭司の真の意図を察し、どうしようもないくらい哀れな結末だと、思ってしまった。
「愚か者よ……」
少女はその言葉を残し、眠りについた。
「また、ここに戻ったか」
虚空の中、銀髪の少女は無気力に言葉を零した。それと同時に、どこから自分と同じ声が聞こえた。
「ほー?随分と無様だな」
「だ、誰じゃ!?」少女は慌てて周囲を見回したが、もう一人の少女が急に目の前に現れた。
「へぇー、仲間の無念も忘れて一人で楽しんできたわけ?」その少女は、自分と全く同じ顔をしている。ただ、髪色はきれにコントラストを成した夜色だった。
「だが支障はない。これからは私の出番だ」
大祭司の言った「影」。
「貴様は大人しく寝ればいい」
その言葉だけ残して、夜色の少女は消え去った。
そして、銀髪の少女もどんどん意識を失っていった。
†
どれほど時間を経ったか、わからぬ。じゃが、長く長く寝ておったと、体の感覚がそう告げておる。
光を浴びるのも久しぶりのう。外の空気は美味しいじゃ。
その剣をわらわに向けるこやつもおもろかったのう。何より、懐かしい匂いがするのじゃ。
この運命から逃げられぬというのならば、神様の導き(いたずら)のままに。
この先に何があるかはある程度予想がついておる。ならばわらわの役目は――
「心配するでない、お主はわらわが守ろうぞ」
予想通り、大祭司は千年もの時間を超え、再びわらわの前に現れた。一人の少年、ヨツキを巻き込んで。
大祭司のしようとすることは嫌いじゃが、これだけは褒めてやろう。
そんなある日の夜、急にヨツキからわけのわからんことを聞かれた。
「なぁ、勇者って、何をどうすりゃいいんだ?」
「わらわを使って、魔人を倒す話じゃろう?そのために剣の扱い方を覚えるのじゃ」
「そうだけどさ……お前の転生と、何か関係あんの?」
鋭い質問じゃった。答えに躊躇ってまうのう。
「……あやつの封印は、わらわをそやつに対抗させるためじゃ、愚か者どもを騙してのう。魔人を倒したら、生まれるべきではないわらわも、正しい世界に行くことができるのじゃ」
「お前、最初からもう知ってんのか?」
もちろん、知っておる。本当の相手は魔人ではないことも知っておる。
大祭司は、嫌いじゃ……
「なぁ、お前は、この世に生まれて、嬉しかったか?」
なぜ、そんなことを聞くんじゃ?
どう、答えればいいのじゃ?
この気持ちも、嫌いじゃ……
「わらわは、ただの武具じゃ。使命を果たせば良いのじゃ」
「じゃ質問を変えよう。お前は生まれて、悲しいか?大祭司は、お前のことを悲しい黄昏だとか、言ってたな」
「……」
わらわは、消え逝く仲間たちの想いを継いで生まれた存在。喜びも、怒りも、悲しみも、楽しみも、全部。
じゃが一番の理由は、神様のいたずらに存在意味を変えられたからやもしれぬ。
それでも、わらわはこの国が好きじゃ。仲間と、あの者と共に守ってきたこの国が好きじゃ。わらわを誰よりも大事にしてたもるあの者に、わらわの気持ちを伝えに来たのじゃ。悲しいことなど、何も……
嗚呼、それ故に、あの子が、「影」が生まれてしもうたか。
あの子の中に、こんな感情でいっぱいなのじゃろうか……
「なんかすまんな、変なこと聞いちまって」沈黙を破ったのはヨツキじゃった。「今日も楽しかったぜ」
「過去に何があったか、この先に何があるか、俺は知らんけどさ」
「今が楽しかった、それでいいんだ。神様が生み出したぁなんてどうでもいいだろ?もっと素直に自分の気持ちと向き合えばいいさ」
わらわの……ううん、私の、気持ち。
きっと、あの子も、わかってくれる。大祭司も……元は優しくて、誰よりもこの国を愛している人なのに……
絶対、悲劇のままで終わらせない。
そして、もうこの手を離さない。
†
夕日に赤く染まった空の下、二人の学生が並んで歩いている。
「夜月」下り坂で、少女が急に足を止め、少年の名を呼んだ。
「なんだ?」呼ばれた少年が後ろに振り向くと、夕日に背向ける少女はいつもと違う雰囲気の笑みで少年に向け、
「出会えてよかった」と。
「き、急に何だよ……」一瞬ドキッとした少年は照れ隠しに目を逸した。
少女はまた少年の横に戻り、いたずらな笑いを見せた。
「別に~昔のことでも思い出したのかな~」
(終)
約2年後見返して、改めて自分の未熟さを痛感しました。
初稿は2020年9月ですが、色々修正して、再アップしました。