スペース中間管理職の本音
「はぁああああああ」
思わずといった感じでクソデカ溜息を一つ吐き出す。
クソッタレじみた糞長いクソ会議が終わって、俺は椅子にふかく腰かけたまま思いっきり体をのけぞらせて凝り固まった上半身の肉をほぐすことに努める。
そのまま脳内会議をするかのようにネットワークにアクセスして、所属するメンバーに通達を行う。
今回のお仕事は銀河の中に見えないけど確かにあるハイパーレーンの要所周辺の偵察と遅滞防衛任務。
非常に困難で死に直結しやすい仕事であり、なおかつかなり重要な任務であるが、"花形"からは程遠い脇役仕事のうちの一つだ。
確かに、こういう地味な仕事は俺たちがやるにふさわしいといえる。
「コード・レッド、10時間後にクソ招集が決まった。遊びまわってる奴も日々あくせく小銭稼いでる奴も全員だ。今やってること全部投げ捨てて指定された船に指定された兵装積み込んでこい」
"赤紙"は文字通り「死ね」の意味で、今回の作戦は非常に苦しいもののうちの一つに数えられるだろう。
俺はどこにでもいそうで地球人にとっては片手で数えるほどの数しかいないアウタースペース中間管理職のうちの一人だ。
ひょんなことから外宇宙に出るチャンスを得て、何とか生き永らえながら日々のらりくらりと過ごしていたら偉い奴らと知り合いになったりして、多分使い勝手がいいとか判断されたのだろう、一番面倒なポジションを与えられてこうなってしまったというわけだ。
実際に使い勝手がいい人材だとは思っている。
地球人っていうのは俺ら地球人が思っている以上に勤勉な生き物で――地球内ではナマケモノ扱いされるような国の人間ですら、銀河規模で言えば勤勉だ――、決してそうは見えないが存外忠誠心が高く――直前の言葉同様に――、仮に裏切ったとしても銀河規模で見た圧倒的な低戦力っぷりから、影響は限定的であるといいことづくめである。
先ほどネットワークに流したメッセージの返答はブーイング一色に染まっているが、ブーイングの後には了承を告げる言葉も付記されているため全て不問とするのが一番いい。
俺が繋いでいるネットワークに参加しているのは……つまり全員俺の部下なわけだが、そこにいるのは全て地球人である。
宇宙的規模でいうならば地球人のみの構成員ということで、俺の所属している組織の規模を考えれば俺の部下の絶対数は少ないというか些細なものだ。
しかし地球内の会社組織という意味でみればかなりの数がいるため、スペース中間管理職やるのはマジで楽な仕事じゃあない。
「なあ、誰かポジションチェンジしねえ?」
「絶対に嫌だね! ところでボス、今回の仕事はどんなのよ?」
部下のうちの一人、イズマエルが俺にオープン通信をしてきたようだ。
彼はエジプト出身の男性で、俺と同じように「楽しそうだから」という理由で、夢か幻かはたまた質の悪いジョークかみたいな募集に乗って外宇宙まで飛び出してきちゃった馬鹿野郎のうちの一人だ。
なお俺が中間管理職の座を譲りたいと言うのは、常に本音である。
――俺は全ての部下の顔と名前などを含む簡単な情報をできうる限りの範囲で把握するようにしている……当然この凡人の鑑のような脳みそには収まりきらないため、通信が入るとともに情報をポップアップさせて確認できるようにしている。
「こないだから続いてる戦争の一環で、今回は防衛戦のサポートだな。主力じゃねえことだけは確かだ」
「数百人しかいねえ俺らじゃ主力張ねえしな、ところで詳細は?」
「行ってからのお楽しみだよ、いつも通りだろ?」
イズマエル含む多数のメンバーから「クソッタレ」という労わりのお言葉をいただく……どのような作戦かを下っ端に伝える必要はなく、伝えること自体を許可されていない。
もっと言えば、しがない中間管理職でしかない俺に伝えられていない上方だってヤマほどある。
ぶっちゃけこの作戦が必要なのかそうでないのか、全体のストラテジからいって俺たちの行動が何に繋がるかという説明は一切されないからだ――推測は自由だ。
上の方から俺に伝えられるのは「"ここ"に向かって"何"を行え」ということだけで、俺から部下伝えてやれるのは「死ぬ準備をしろ」だけだ。
作戦が完了し次第ある程度説明する裁量程度は与えられているが、現状で話してやれることは何もない。
俺のポジションは中間管理職だ。
インテリジェンスチームがキャッチした状況を受けて、ストラテジストチームが作戦を立案上奏し、それを受けて上級幹部が判断と決定を行い部門ごとに必要な情報を伝え、その情報をもとに火球幹部が俺ら現場の管理職たちに作戦を振り分ける。
下っ端どもに命令を実行させるための言葉をケツから捻りだすのが俺の、中間管理職の仕事であり……実にクソッタレな仕事だ。
文字にしてしまうと中間管理職は物凄く簡単な仕事であるが、この「死ね」の一言を当然の権利のように吐き出し、それが当然であるかのように従わせなきゃあいけない。
これにはある程度以上の相互信頼関係が必要であり、それを守ることで互いに十二分以上の利益があるということを示し続けなければいけない。
我々地球人グループは正確にはスペース軍隊ではなく、どちらかと言うと傭兵か私兵団に近い形式をとっており常に集団で活動しているわけではない。
そんな中でも各人員と連携をとり、モラルをできる限り高く保ち、このように必要ならば喜んで(?)くたばりに行く連中をかき集めて『サンズ・リバー』に率先してダイブしてもらえるような関係性を構築するのは本当に楽じゃない仕事である。
「クソ人事班ども、地球人のスカウティングはどうよ?」
「捗らねえ、興味はあれど踏み出す勇気がねえ奴しかいねえ」
「それをなんとかすんのがお前らの仕事だろうが、グダグダいってると俺のポジション押し付けるぞコラ!」
「それだけは勘弁!」
半ば定型文となりつつある脅し文句はともかくとして、人員補充の問題は常に頭を悩ませる事柄のうちの一つだ。
俺ら地球人は肉の器を必要とし、器が壊れてしまうえばもう二度と同価値の存在を取り戻せないというのは、何をするにも時間がかかる銀河規模の仕事においては明確な欠点と言える。
愚痴は置いといて……質の面はともかくとして、頭数だけならばクソ人事が気張ればどうとでもなるので常に補充というものは必要だ。
宇宙での仕事は、ローテクな地球の科学力では当然のように人的損耗の考慮が必要となるが、地球より圧倒的に発展している銀河規模の技術力においても常に人的損耗と隣り合わせとなる。
"簡単な仕事"で死ぬことも割とありうるし、今回のような戦争に関わる仕事であるならば当然考慮しなきゃあいけない。
ただでさえ数少ない人員でやりくりしなきゃいけないのに、更に損耗したのであれば我々と言う存在の価値を示すチャンスすらなくなってしまう。
ローテク集団である地球人が少数ながらこの宇宙でなんとかやっていけているのは、所謂先進的な国家群に一定の価値を認められているからである。
俺ら地球人が地球人のみという構成でこのような作戦を任せられているのは、俺らの価値が今のところ彼らに認められているからなのだ。
勤勉である程度の忠誠心がある、だけであるならば一番下っ端の雑兵として配置するのが最適解だ――それを避けるために四苦八苦するのが俺の仕事のうちの一つだ。
この価値を示すという現場管理職の仕事は本当に大変で、下っ端にいる間はマジで理解できないことのうちの一つである。
俺のような現場管理職が示さなきゃならない"価値"とは、"俺の価値"を示すというよりは「俺も含めた集団全体」の価値を示すということだからだ。
俺は上司たちに媚びへつらうし、ケツをキスすることを苦にしないし、当然の権利のように靴を舐めるし、必要に応じて噛みつく。
それは俺が宇宙でギリギリ生き延びるために必要だからであるし、同じ地球人たちを路頭に迷わせないためでもある。
部下たちが無事生き残ることが俺が生き延びることに直結するのだから、そりゃあなんだってやる……誰に笑われようとも構わない。
俺がやっている現場管理職の悩みを共有できるのは俺と同じ立場の存在だけだが、同時にそんな彼らは俺の競争相手でもある。
それゆえあまり気軽な関係になりづらく、結局のところほとんどの場合悩みは自分の中で解決するしかない。
何故ならば、彼らより価値が低いと思われてしまえば、俺と含めた集団全体の寿命を縮める結果に直結することになるからだ。
「ポンコツ班とボンクラ班のリーダーは1時間後に会議、クソッタレ班のリーダーはこないだ死んでから後釜決めてなかったなあ……コイツでいいか」
各チームの名前は適当でいい、なんならAとかBで十分で、凝った名前つけて全滅したら哀しいことになってしまうので凝らないほうがいい。
各リーダーの下に着くメンバーは固定していない……全ての人員が招集された後、各リーダーが現地で自分艦隊のメンバーを決めてその場でチームを構成するからだ。
ここまでの全ての流れが意味しているところは、言ってしまえば情報漏洩対策である。
固定チーム制にしてしまうとその役割も固定化されることになり、確かに仕事自体はスムーズになるだろうが正直言ってそれは危険だ。
人員は損耗していくものだし、その中でも生き残ってしまった奴らだけで固定化するのは避けたい。
なので、そういう奴らは班のリーダーにしてしまう……そうすればある程度メンツの固定化というのは避けられるようになる。
ヒトってのは死ぬものだから、愛着とかそういうのを持てないようにする必要がある……彼らの命を1秒でも長く持たせるために必要だ。
だけどそれを受け入れられる奴はそう多くないというか、受け入れられる奴は狂人くらいなものだから、狂人以外のためにシステムを作りあげなきゃうまくやっていけないのだ。
「なあなあ、この戦いが終わったらさ……」
「ルカ、そういうのはダメだ。とはいえそうだなあ……終わったら休暇やるから地球に一時帰還してもいいぞ」
「やったぜ、久しぶりにピッツァ食いたかったんだ!」
働きアリたちにエサを与えるというのは常に重要なことだ。
地球にいた頃、社畜であった頃、常に俺もそれを渇望していたが、現実的に考えて得難く、与えるのが難しかったことのうちの一つだ。
まあ、こっちでは時間や人生どころか命まで賭けてるわけだから、地球人やってた頃と違って明確かつこまめな「餌の配布」は絶対的に必要なことだ。
「ボスさあ、アンタさあ、休みとか取ってるの?」
「知ってる癖に何言ってんだテメエ、俺の休暇が許可されたことはこれまで一度もねえよ」
実は一度もなかったりする。
部下たちの休暇の許可は全て俺の裁量でできることになっているが、俺の休暇はそうじゃあない。
地球で生活していた時の感覚でいうとそんなことをしていたら物理的に死ぬことになるが、こっちではそうじゃあない。
俺らは肉体の劣化と戦い続ける生命体であるが、老化してしまえば俺という使い勝手のいいコマを失うことに繋がるため、平時の俺の肉体はコールドスリープにかけられることになっている。
俺らが昔考えてたコールドスリープは全ての活動を停止するはずだったが、こっちでのコールドスリープはもうちょっとだけ先進的になっていて、意識を別の物に移すことで一定の活動ができるようになっている。
平時の管理職としての仕事は意識だけあれば十分なのでそっちで行うということだ――当然の話だが、俺らスペース会社員に人権なんざ存在しない。
「マジで、誰か、俺とポジションチェンジしてくれねえかなあ」
優秀だったからこの立場になったわけでもない俺は、本音としてこのセリフを毎度吐き続けている。
何故だから知らないけれど周囲の誰かが勝手に俺に期待して、勝手にこの立場になることを提案してくる流れは実にクソだと思う。
俺は俺で「やれっつーんならやりますよ」なんて言ってしまうからこうなるわけだが、言っておいてなんだけど毎度毎度こう思うんだ。
「どうしてこうなった」
誰か代わってください。