少年は契約更新する
「明日からか」
俺は明日からの学校への登校の面倒さを鑑みながらぐだっとしていた。
「失礼する!!」
この何も感じない時間を楽しんでいたのに、突然の野太い声はその時間の終了を告げる。
客人が来たようだ。相手は大柄の男を先頭にして追従しているような男たち。家の前でうるさく声を上げている。
「今、行きますよー」
俺は適当に返答して放置した。
しばらくは大人しくしていたが、
「まだかー! 開けてくれないかー!」
またうるさくなった。
「……ちっ。わかったわかった。朝からうるさくしないでくれ。大声は苦手なんだ」
玄関を開けて客人とご対面。
「で、何?」
「うむ。この家の主である天童隼人を出してほしい」
このパターンは初めてかも。時代錯誤で時々道場破りに来る奴もいる。もう道場なんてないのに。
「なんでうちの爺ちゃんを。爺ちゃんならなんか会合があるとかでしばらく帰ってきませんよ。爺ちゃんがやらかしたんですか?」
「お爺さん、ということは君が天童伊織君か。いや、君のお爺さんは何かをしたわけではないんだ。こちらが依頼――お願い事があっただけなんだ。でも、そうか、伊織君。君も出れたはずだよね」
俺の階級は一般的には公表されていないから余程上層部に近い人物ということはわかる。
「それを知っているあなたは結構階級が高いようですね。正確には、明日からなら出れますがね」
外に出れるのは、基本的に15歳以上の最低高等部学生でなければならない。そういう基準が建てられている。流石に10代で外に出るやつなんていないが。
あの頃の俺は人類の未来は証明していても、自分の未来を考えていなかった。今がゆったり出来ればいいや、としか思っていなかったはずだ。
「もうすでに今までに何回も出てたんだ。君にはそんなの関係ないように見えるのだが?」
「あれは単なる興味で出てみたんだよ」
「はっはっは。一般の戦闘員には聞かせられない言葉が出たな。で、どうする? お爺さんの代わりに今日もお願いできないか?」
暗殺、護衛、捕縛――。時には、他国の諜報なんかも。国のため、あらゆる汚れ仕事を請け負い、国の築きを影から支えた。
人を殺しても何も感じなくなったのはいつからだろう。人を醜いと感じたのはいつからだろう。
「報酬は貰いますからね」
そういうことで話は着いた。
・・・
相も変わらない荒廃した地、そこは廃墟と化した家屋の廃材がいたるところに散らばり天変地異にでもあったのではと疑いたくなるほどだった。
かつて人々で賑わったであろうその地にはかつての面影はない。
廃屋には木々や蔓が幾重にも巻き付き、風化が進んでおり、数年程度ではこうはならないだろう有り様だ。事実、この地が捨て置かれてからというもの百年余は経っていることになる。
滅びた文明のようだと形容してもおかしくはない光景だった。
そんな滅びの光景を経年が包み込み、哀感すら薄れさせていく。
その原因を生み出したのは凡そ生物と呼称することが憚られる存在が出現したからだった。生命としてあまりにも不自然な異形のモノが自然の摂理に紛れ込んだ。
この地が本来の生態系を取り戻すきっかけとなった異形の化け物、本の中や御伽話の中、はたまた空想上の生物が出現したのは人類史の転換期であり、破滅へのカウントダウンである。
それらの異形の化け物は本の中で見るような幻想的なものではなく、もっと禍々しくおどろおどろしい存在だった。
異形の化け物を人類は総称して魔物と呼んだ。
・・・
今まさに一人の少年がその複数の異形のものと闘いを繰り広げていた。
今の外では見慣れた光景だ。いつもの日常。
相手は木の幹などを棍棒代わりに使っているような巨漢の魔物もいる。
一撃で致命傷に値するものを片手で持ち上げていた。
対するは、武器を持っていない無手の少年。
少年の数倍はあろう巨躯の魔物相手では無謀ともいえる状況。それに加えて少年を囲む複数の魔物。
誰が見てもこの状況を絶望せずにはいられないだろう。抗うことすらさせてもらえまいと。
しかし、少年は狼狽した様子を微塵も感じさせない。それどころか揚々と足取りは軽快だった。
漆黒の髪が歩調に合わせて僅かに揺れる。口の端が上がるのと同時に一斉に魔物が襲いかかった。
巨体の魔物が覆いかぶさって少年を抑えようとする。
――瞬間、一つ目の魔物の雄叫びが途中で掻き消える。魔物の姿が突如として消えた。
そこには、刃で斬りつけるでもなく、槌で潰すでもなく、血が噴き出すことも無かった。
続いて、他の魔物もまとめて消えていった。
状況を感じ取って逃げ出す魔物がいても、全ての敵が消える。
これが戦いであったとわかるのは彼のみ。
「これで全部だな」
少年自身の声でようやく彼の周囲に音が出る。
少年は天を仰いだ。
雲の流れる速度も行き着く先も分からず、自由にたゆたう雲を少年は羨ましくすら思っていた。静かなこの空間にいる時こそが自由な時間だ。
ここは皮肉なことに魔物がいる世界にしかないのだ。
少年は名残惜しそうにその場を後にした。
彼の日常を理解していた賢い魔物は彼の姿が見えなくなったのを確認してから隠れていた場所を移動する。
彼、天童伊織の人生において転換期は、
一つ目は、この力を手に入れたこと。
伊織の能力とは、存在証明。彼の証明式は全て正しいと記録される。それがどんな事象でも。
この世界の誰もが星の記憶から引き出される英雄の力を身に纏うことができる。しかし、天童伊織にはその英雄がいない。
いない、というのは正確ではない。いる、ではなく、ある。
彼自身こそが英雄であるために英雄を自分の力にするための道具も必要なく、自分自身の力を使う。
二つ目は、その彼自身のみの力と彼のやってしまったことが引き起こしたことに軍の恐怖。
能力の使いようによっては、反旗を翻されでもした場合人類の滅亡は必至。その能力の強さとそれを使う伊織に軍は恐怖した。
彼の能力はこの星に英雄と認められた証である。
なんらかの災害に対応するために作られていた塔型の旧時代の遺物【環境再生機構】を人類を魔物から守る機構に改良し、人の住める大地の領域を拡張した。その開発者こそが天童伊織。その元の装置を作ったのも天童なので改良がしやすかった。
そして、人類の生存証明を立て、運命の一つを未来まで紐解いたことで星が天童を英雄と見なしたことを知らせた。よって、伊織に存在証明の能力が与えられた。
三つ目は、齢10になって軍への所属。それも特殊な者が集められた部隊に配属されたこと。
これは、特に何もなかった。特別なことはこの隊が一般には出ないということだけ。
出撃命令が出るなんてそうそうなかったし、一般隊員が手を出せないような敵だってこの舞台の特殊な人間たちならすぐに終わらせられる。
最後に今、最も重大な転換期を迎えようとしていた。
それは、軍の脱退である。
初等部では、任務以外でも仕事があるため忙しく友人を作ろうとも思わなかった。中等部では、そもそも行けなかった。それでもすでに知識は備わっていた。
だが、最初に取った軍との契約ではとりあえず三年所属するという内容だった。要は、少し自由になれるということだ。軍の意向に振り回されることなく、高等部でゆったりとできる。
・・・
「考え直す気はないのだな」
「無いな。俺は十分働いたはずだぞ。かなりの地の奪還は果たしたはずだ。あとはゆったりと暮すだけだ」
この環境再生機構改の外では、魔物との生存戦争が行われている。
そして、内側では順位によって配属・与えられる仕事・担当する区域が決まってくる。今所属している隊や他の隊でもこの順位は高ければ高いほどに名誉なことだと言われている。
俺はそれにまったく興味がない。ただ敵を屠るのみだった。
その仕事も終わる。ある程度の金は稼ぎ、家族へも世話してくれた分の金は払った。もうここに居る意味がない。
それを白い軍服に身を包んだ目の前の上司に対してはっきりと言い放った。その胸には整然といくつもの勲章が下げられている。
長大な机の向かいで手を組み、困り切った顔を浮かべるの上司は困ったようにうなだれていた。
「だが、お前はもう我が国、いや人類にとっても貴重な戦力だ。「やめます」と言って、「はい、そうですか」とはならないんだよ。退役を認めることはできない」
「確かに総督、あなたの危惧することはわかる。規定では十年軍役を務め、一定の戦果を上げていない者には退役の自由が認められていません。しかし、俺は通常の兵士と違い、上層部の爺どもとの特殊な契約を交わしています。10歳より兵役に就いて今年で五年が経ちました。大地の奪還が不服とは言いませんよね」
この旧日本国の陸地に七つの大国が散らばり、この【国名】はその中でも突出した戦果をあげていた。その戦果のほとんどが伊織の戦闘と研究の結果。
国々に環境再生機構改を売り渡して相当な金を稼いだり、区画一つを丸々一人で担当して殲滅していたりしている。全体の中心的な国になっている。
そのさらに国の中心・核なのが天童伊織。
それによって順位もそれ相応の物になっている。順位は環境再生機構改に搭載したシステムだ。順位のお陰で死亡率が下がった。
伊織はその自ら作った順位を上げ過ぎてしまった。それが軍から離れずらくなることの一つだった。
順位の頂点まで行った伊織を今更手放したくないのだろう。国力の低下は国の威信に関わる。
「それは建前だろう。五年もお前とは付き合ってるんだ本当の理由があるんだろ」
「俺は別に総督とお付き合いをしていませんが」
「妙なこと言って話を誤魔化そうとするんじゃない」
「本当の理由なんてありませんよ。今言ったことが本心です」
本当のこと言ったら絶対に怒られる。「そんなことで辞める奴なんていねぇ。残れ」と絶対に言われる。
脱退を本気で進めることはできる。でも、何気にこの人には恩がある。辞めるなら、ちゃんと辞めたい。
「言え!」
「じ、実は虐められているんです。上層部が俺の力が怖いからって俺に嫌悪感ばりばりに出して来るんです。よよよ」
一切声色を変えずに言う伊織。あからさま過ぎる。
軍という利己的で打算的な組織において幼い少年に国の平穏のため常に成果のみを求め続けてきた。
その重圧、我々の計り知れないものだ。たった一人で国を丸ごと背負っているようなものなのだから。
戦場では、最前線に送られる軍人として扱われ、隣人の死を間近で見てきた。そこから他者との接触も無くなっていった。
結果として、伊織は生き残った。死ぬことのなかった伊織は数々戦場で利用され、その次は軍部の玩具、そのまた次は散々使ってきた上層部からの恐怖。人の恐怖からの攻撃。
幼い身でどんな精神をしているのか。
そういった意味でも恐ろしい。
「確かにそれが本当なのは知ってる。俺が言ってるのは、お前自身の抜ける理由だ」
やっぱりダメか。
「もし言ったら怒りませんか?」
「俺を怒らせるようなことか。じゃあ、認められねぇよ」
「わぁ、待った。待った。わかりましたよ。えっと、ここに居る理由がなくなったからです」
「は?」
「金はもう十分に稼いだのと、もう飽きたからですよ」
軍に所属する兵士は一定の階級以上になると誰もが高所得である。国防を担っているわけだから、その給料は妥当だ。
「はぁぁ。金か。お前、借金とかしてんのか?」
飽きた発言は無視されてしまった。
「いえ」
「じゃあ、貧乏とか? それは無いな。あの爺さんの孫だ。金は十分にあるはずだ」
「将来のためです」
「お前はまだ若いだろ。今から気にしてるのかよ。このまま軍にいればそんな心配しなくてもいいぞ」
「確かに外は楽しいですよ。でもね、総督はわかってないんですよ」
やれやれのポーズで総督に反論する。
「わかった。じゃあ、隊を抜けることになるが非常勤にしてくれ。冠位級の第一席殿をおいそれと手放す余裕は軍に有りはしない」
「そんなのあったのか?」
つまり、召集がかかったらその都度来い。ということか。面倒。
「ある。普段の任務は受けなくてもいいが、こっちが呼び出した重要案件の任務には就いてもらう。そう何回も呼び出すことも無いから安心しろ。年に二回くらいだな」
「それなら、まぁ、いいかな」
そういうことになった。新しく契約を結びなおした。
「それで、これからどうするつもりだ」
「どう、って? どうもしないぞ」
「こちらとしてはお前を自由には出来ない。だから、目の届く範囲に居てもらわねばならないのだ」
「そんなこと俺の知ったことではない。また封印の間に居ろと? すまないな。壊してしまった」
お前ぐらいの歳の子は学校へ行く。お前も行って来い、とは言えないし、こいつは聞かないだろう。
だから、ちょうど困っていた要人護衛の任を与えることにする。
「わかっている。お前に頼みたい任務がある。~氏の護衛だ。場所は~(学校名)。精々学校生活である程度の自由を満喫していろ」
皮肉にも取れる言葉は、総督なりの自由を与える配慮であった。
「……わかりました。そのくらいは妥協しますよ。あなたに免じて」
「ただし、――」
「まだ何かあるのか?」
「学校では間違いを犯さないようにな。ふくく」
「あり得ませんね」
茶化したつもりの総督の顔は気まずそうな顔へと変わっていく。
伊織は自分の精神にロックをかけて常に安定化させているため怒りの感情から国を滅ぼすといった間違いは起きない。伊織にしてみれば、間違いとは総督の言う男女のことではなく、国の滅亡を表す。
伊織が以前いた封印の間ではまだ精神安定が不十分だった時もある。そして、幾重にも妨害系統の術式が繰り込まれた封印の間が周囲を巻き込んで四散した。
公には事故として処理されたが、このことで俺の危険レベルはかなり上昇していた。
「天童少将、新しくした契約は上層部に提出する。完了次第沙汰を出す。それまで自宅待機せよ」
特例の彼が軍という利己的で打算的な者が多い所で成果だけを求められた結果なのだろう。
その任務を出す者の感情には、嫌味・妬みは当然に含まれているのは、彼も重々知っているだろう。
上層部はその諍いを利用して十分な成果を上げ過ぎた彼を任務による事故死を企んだ。だが、その全てを伊織はねじ伏せた。今では、伊織に怯え、上から来る任務は時に苛烈な物も。
「了解しました」
伊織は姿勢を正して敬礼をし、部屋を退出する。
総督ミネルヴァ・ノインは椅子に身を任せて悩んでいた。
彼をこのまま軍などに縛り付けていていいものか、今からでも最低限の教養を付けさせて自由にしたほうがいいのではないか。
学園を伊織に勧めたのは彼女だ。良い気晴らしになるかと思って学業に戻らせようと画策した。最初は否定的であったが、なんとか説得に応じてくれた。
上層部にはかなりの無理を通した。伊織の行動は学内だけに制限され、向こうは出した伊織の能力の制限を設けるという条件を出した。許されたのは、自衛のみの能力の解放と能力出力を一定にまで減少しての生活。この条件を伊織が守る保証はない。だが、今まで伊織は無理難題を押し付けられて全てこなしてきた。その実績があるせいか上層部には従順な犬に見えているのかもしれない。
しかし、軍とは人類の守り手。その頂点に存在する彼の不在でこの国のどれだけが守れるのか。
だからこそ、彼に頼らざるを得ない自分に怒りを覚える。それでも伊織に攻撃を仕掛けようとする上層部の老害に嫌気がさす。
この任務、期間は一年。
授業でも研究でも恋愛でも良い。どうかこの一年であの子を留める何かが現れてくれることに切に願う。
・・・
伊織は早めに学校に登校していた。これからお世話になる人物に挨拶するために。
周囲では入学式を前に、新入生たちが意気揚々とこれからの新しい学校生活に心をときめかせている。一緒に来ている両親と写真を撮っている人達も散見された。
そのような中、伊織は感慨深げに呟く。
「金は自分で十分に稼げてる。爺ちゃんにも心配性の姉さんにも一人暮らしを許してもらった。家は軍から支給された。銃器もそろっている。これからだ、三年間、短いようで長いけど…。騒がしくなるのは勘弁だからな、目立たずに平穏というものを楽しもう。やはり最適なのは、封印の間だったのにな。今更に学校とは。潜入捜査をしていると思えばまだ楽か」
特別な力を持つ英雄相手に銃器は焼け石に水なのだろうが、伊織には関係ない。伊織が持っていれば、その武器が英雄の武器になる。
封印の間は楽だった。外界とは完全に切り離されていた。たまに対人戦闘の訓練に付き合わされたが、その他が静かだった。外側に次ぐ二番目の居心地の良さだ。
伊織が入学式へ講堂に向かっていると、封印の間には無かった妙に騒がしい人だかりがあった。
「なんだ、あれは」
『確認しました。あれは複数の女子生徒・男子生徒が群がっているようです。マスター』
俺の疑問に答えたのは、俺が作った自作のAI――イノスだ。
イノスは普段俺の電子機器にいるのだが、俺の敵情報をどこからか入手をすると、その相手の情報機器をクラックするという報復をしているようだ。
今回は、近くにあった監視カメラから視ているようだ。
「ふーん」
イノスの情報に気にしたのも一瞬で俺はすぐに興味を失い、~に行く。
入学式が寝ているうちに終わり、生徒各員はそれぞれ指定された教室へと入り、教師の学校のことや授業のことの説明を聞いている。
そして、それも終わり、生徒たちは、中学からの友達や新しく友達を作ろうとしている。
が、俺は友だちと呼べる者が少ない。隊内の人間くらいなものだ。だから、というわけではないが、用事があったので俺はすぐに家へと帰る。
用とは、引っ越しの荷物の取り出しだった。この春、一人で住むために家を購入した。別に、学校から家が遠かった、とか、実家のある地域から離れたという訳でもない。ただいい加減裏の組織の人たちから追われるのは、面倒なのだ。
あの家にいれば、今時、道場破りや暗殺者の方がしょっちゅう来る。
これだけで離れる理由は十分にあるだろう。
引っ越しを済ませ、俺は報告に実家に一旦戻る。
家には道場があり、そこでは爺ちゃんの門下生たちが日々鍛錬していた。
伊織は家に誰もいないことを確認して道場の方へ行く。久々だ。ここ二、三年は封印の間で外を見ることもなかった。
道場にいるのは、門下生と師範代である爺ちゃん――天童 隼人だ。
「これ、伊織もたまにはこやつらに指南してやらんか」
爺ちゃんが門下生の相手にと俺を呼び止める。ここもそれなりに有名だったりするらしいから警察の人や護身術を学びに来る闇医者とかがいる。こんなところで学ぶことがあるのかはわからない。
「いやいや、先生。こんな小さい子を俺たちの相手にしたら可哀想ですよ」
「はっはっは、何を言う、伊織は儂よりも強いぞ」
自分の頭をポンっと叩き、笑う爺ちゃん。
英雄ありきの実戦なら俺の方が強いかもしれないが、おそらくは相討ちが多くで勝率は低いし、体術のみなら確実に俺が負ける。
「先生、そんな冗談はいいですよ」
爺ちゃんと門下生の一人が話し合う。
「ほれ、伊織、いつも来ないから舐められるんじゃよ」
「ちっ、わかった。俺もやるよ」
爺ちゃんに乗せられた気がしたが、それでも雑魚になめられんのは腹が立つな。
「お、伊織、あんたもついに来たんだね」
「まぁな、爺ちゃんに乗せられた」
「いいじゃない、あんたはそうしなきゃ来ないんだから」
俺と気さくに話すこの女性は、俺の姉の天童 紅羽だ。
時々、こうして道場で門下生を相手にしてストレスを発散しに来ている。
「よし、伊織、始めるぞ」
爺ちゃんが俺を呼ぶ。本当にあの人とやることになったらしい。
「手加減はしてあげよう、伊織君」
こんなの気にしなくともいいのに爺ちゃんは……。
「来い」
俺は構えを取らずに大柄な門下生を見る。
「ふっ」
そいつが俺に近づき組み伏せようとするが、寸前で止まる。
伊織は相手に合わせてただ手を動かしただけだ。
だが、この人には、俺が自分の腹を殴ったように見えたのだろう。この人はそれなりに武術を頑張ってきた証拠だ。
そんなこともわからない門下生はヤジを飛ばす。分からない者であれば、殴られ悶絶して終わっていただろう。鍛え直しだな。
そして、戦いを挑んできた門下生はなんども挑むが、そのたび伊織に自分がボコボコにされる映像が頭の中に流れていた。
「参りました」
ついには、自分で降参を言う。
「こんな程度で挑んでくるな。時間の無駄だ。爺ちゃんも間引くのも優しさだと思うぞ」
試合が終わって姉が俺のもとに来る。
「私ともやる?」
「やらない。今日は爺ちゃんに引っ越しが済んだことを報告に来ただけだ。なのに、こんなことで時間を取られて――」
「なに、鈍っていないかの確認じゃよ。それに今回は仕事もあるぞ」
爺ちゃんが『仕事』と言ったあたりから内容を知っているであろう門下生が俺の別の荷物を持ってくる。
中には、俺の部下も爺ちゃんに習いに来ていた。
「昨日軍と新しく契約を組んできた。俺は非常勤と言うことになった。というわけで、任務ランクA以下は持ってこないでくれよ」
「護衛の呼び出しの時はどうするのじゃ?」
「それは……依頼者で決める」
長い付き合いの人もいるから急に止めるなんてことはできない。色々と迷惑をかけたこともあるわけだからな。
爺ちゃんはため息をつきながらも了承してくれた。
翌日、伊織は早めに登校していた。ここの学園長は退役した兵士。
その人に挨拶をしておけ、と再三総督に釘を刺された。
「設備はどれも最先端の物か。あ、これ、俺も使ってる」
訓練施設、魔法研究施設、一般授業施設などが広大な敷地に収められている。
さして興味はなかったが、利用できるものはすべて利用したい。
軍での最適化戦闘の実験を粗方終わったので、次は魔法研究に着手したいと思っていたところだ。
「総督」
自前の通信機で緊急事態を知らせる。
「なんだ。お前から珍しいな」
「大変だ。迷った」
「はぁ。近くに人がいるだろう。そいつに聞け」
「いや、それがいないんだ」
「今どこにいるんだ?」
「水が傍にあってトンネルの中」
周囲を見渡しながら、俺は位置を伝える。
「それ、下水道じゃないか?」
総督は見事に正解を導き出した。
「おそらくそれだろう。どう行けばいいんだ?」
「聞かせろ。なんで下水道にいる?」
「癖かな? 普段はここを使ってる」
「それは暗殺の時に稀に使うくらいだろ。日常にそこを通るやつはいない!」
「ともかくここはどこだ?」
「知るか!! とりあえず上に出ろ!」
近くにあったはしごを登ってマンホールを開ける。
「あっ。もういい」
「は?」
「着いてた」
プツリ、と通信機から音がする。総督が通信を切断したようだ。
直後、メールが届いた。総督から。
「困ったら、協力者を頼れ」とのこと。
協力者って誰?
起き上がって改めて、目の前の建物を見る。
今まで学園に通ったことはないが、一応は仕事をこなす過程で、他国や他の領地にある学び舎を目にしたことはある。
これはそれら以上だ。
「ここにいた。探したよ」
「ああ、葵か」
「ほら、ちゃっちゃと行くよ」
なるほど、総督の言った協力者とは葵のことだったか。協力者というよりも居候の方が正しいはずだ。
「さて、広すぎて何処に行けばいいのか全く分からんな」
一先ず門を潜り、敷地内に入る。
「何しているの?」
「敵の位置確認だ」
戦場ではいつもしていることだから癖づいている。伊織は登校してくる新入生・在校生すべてに意識を向ける。
「そんなことしなくたっていいの。ここはもう最前線じゃないんだから。伊織を恐れる人も襲ってくる魔物もここにはいない。だから、ね」
伊織は今までもやってきたことだと葵の言っていることがわからなかったが、葵の悲しそうな顔を見て今は止める判断をした。
「入学希望か?」
不意に、横合いから声をかけられた。
そこには大きな図体をした男性が立っていた。同い年ではない。この男は学園の教師だろう。
「はい」
「よし。ならそこの列に並べ。すぐに指示が出る」
迷子という道から助け出してくれて手短に案内までしてくれた男に礼を述べた。
言われた通りに列へ並ぶ。
暫く待っていると、俺たち入学希望者の前に燃えるような赤髪の女性が現われた。
気が強い女性なのだろう。腰には一振りの剣を差していた。
「よく集まってくれた、諸君! 私は~学園の教師、~だ!」
最近の女性は強気なのか? 総督もそうであったように。しかし、俺の部隊には違うタイプもいるが、あれは流行に後れているということなのだろうか? 女性は流行に敏感なようだし。
(即死チート 漫画 研究所)
研究所エントランス。
「ねぇ、僕の姉さんを知らない?」
「帰れ」
「ねぇ、知らないの?」
「手間取らせるつもりなら容赦しねぇぞ、ガキ。泣き喚く前に出てけ」
「そう。じゃあ、『いらない』」
伊織の言葉に反応して世界が動く。
「姉さんはどっち」
誰かが見ているであろう監視カメラに話しかける。
有無を言わせず伊織の求めに星が対応する。
それでも、伊織のせめてもの慈悲であった。彼らが自ら解放するのであればこれ以上は何もしないつもりでいた。
監視カメラの向こう。つまり、研究所職員の精神は恐怖で満ちていた。
「何をしている! 今すぐ扉を閉めるんだ!」
「無理ですよ」
なんだ、彼女は洗脳でもされているのか? 侵入者の能力か。
開閉操作を行うキーボードから警備が力づくで引き剝がす。
他の職員たちは倒れている。外傷は無い。
幸い、ここは世間でも特異とされる能力者が集められた組織だ。
その中でも選りすぐりの能力者が三人。
~(青年)。~(少女)。~(狙撃手のおっさん)。
「ふっ。催眠系能力なんて珍しくない。良いところランク4桁って感じか」
「要は見られなきゃ良いんだろ。簡単だ」
監視カメラに映る銃撃の雨を浴びながら無傷で前進し続ける少年。
「精神系と肉体強化の能力かな。どちらにしろ程度は低いわね」
頼もしい限りだ。
――だった。
物言わない肉塊に堕ちたものを見下ろす。
「一々抵抗とかついつい殺したくなっちゃうよ」
「無理なんですよ」
警備に組み伏せられている女職員が薄ら笑いを浮かべて話す。
「あれに逆らおうとすること自体が間違いなんです。私にはああすることしか出来ないんです。仕方ないんです、主任」
主任と呼ばれた男は、倒れている職員と死んでいった精鋭を比べる。
共通するのは、外傷がないこと。
方法はわからない。精神干渉を使った何かなのかもしれない。
だが、カメラに映る少年が行ったことだというのには嫌でも気づかされる。
「みんな、みぃんな。あれを止めようとした。でも、死んじゃった。そしたら、次はこっちを見てきたの。ふふ。まず扉をロックした人。誰だったっけ、死んじゃった。次々に倒れていくの。あははは――」
「っ!」
主任は倒れ伏す女職員も見て走り出す。
「ふぅ。着いた。あれ?」
「動くな!。少しでも動けば撃つ」
少年の姉を捕えていた部屋に先回りし、主任は脅しの道具として活用した。
「駄目だよ」
けれど、伊織の言葉に身体が動かなくなる。
「姉さん! 心配したよ。どこもケガない?」
姉さんは僕に駆け寄って抱き着いた。
「もうっ、危険な真似はしないで! 私のケガなんて良いから少しは自分のことを考えなさい。……でも、そうね。ありがと」
「うん! じゃ、帰ろ」
「ええ」
「おじさん。もう消えていいよ」
背中を向けて幸せそうに家路につく伊織たちを前に主任の拳銃を持った腕が本人の意思とは関係なく動き出す。
それは銃口を主任本人の頭に向けるものだった。
「嫌だ。なんでこんなっ――」
そして、引き金が引かれる。
本部の廊下を歩きながら任務内容を聞く。
「今回の相手は人です」
俺たちの部隊は対人の殲滅任務も行う。
「そいつの情報は?」
「犯罪者コード1445、ネクロマンサーです。英雄の真名はわかっていません」
伊織は武器を持ってきた職員から狙撃銃を受け取る。人の世はいつも騒がしい。
「チューニングは」
「基本は済ませてあります。それとこれを。通信機です。突入班と繋がっています」
通信機を頭につける。
銃なんて骨董品を実戦で使うなんて俺ぐらいだろうな。
今回のオーダーは敵首魁の最上級幹部の一人の暗殺とその後の手伝い。
狙う幹部の保持する英雄は魔術師。防御魔法の達人のようだ。よって、一撃目で確実に殺したいとのこと。そこで、俺の一撃を頼ったわけだ。
自身で封印の解除をする。
「場所」
「~の5階の一室。場所は転送しておきます」
「いらない。『俺はA社の屋上にいる』」
突如伊織の姿は消える。そして、A社の屋上に伊織の姿が。
「こちら、冠位級0。達人級、規定通りで行く。異論は認めん。あと、オーダーだ。中のみを殲滅せよ。外に出た瞬間誰であろうと撃ち殺す」
今回の仕事は、狙撃での支援。俺が撃つのを合図に達人級が突入する。中で一人、外で残り物と伊織の仕事が決まっている。
『俺を邪魔する者はいない』『俺が放つ銃弾は不変だ』『俺の眼から逃れられる者はいない』『俺を傷付けられる者はいない』
「音楽を流してくれ」
伊織の要求でインカムに曲が流れる。これを聞いていたアデプタスは冠位に疑心を持ったが彼らも戦いを経験している身、余計なことで集中力を乱さない。
すこし本来の使い方からしてみれば外れている行いだが、最後に保険をかけて準備完了。それらの言葉を言い、引き金を引く。
ヒット。
防御の魔法を使うとは。この距離を気づかれたか? それとも、攻撃を受ける時のみ守りが働くようにしていたか。
俺の力はまったくの自分専用能力だ。常人の英雄なら、弾丸そのものに何かしらの効果を乗せることも出来ただろう。この能力、俺は自分で検証したりしているのだが、未だに全てが分かっていない。
そんな不明な力を使って当てた奴は魔術師系の英雄をその身に宿し犯罪者に堕ちた屑。咄嗟に防御の結界を張ったようだが、俺の放った銃弾は止まることは無く前に進み続け、結界はすぐに限界を迎えて破られる。
その弾丸は部屋内部にいる構成員の頭部に当たり、即死。
アデプタスが突入。
その後も俺は支援を行う。
夜の雨は良い。頭を冷やして冷静にさせる。
「天童くん、そんなのばっかり飲んでいたら倒れるよ」
「俺はこれで良い」
「ダメダメ。なら、私のお弁当を分けてあげるから」
「いらん」
~さんの好意を無下にするのかという圧を感じた。
こんなところで注目を浴びて反感を買うわけにはいかない。
「わかった。食べる」
「うんうん。そうだね。じゃぁ、一緒に食べよう」
今度は嫉妬の圧を感じる。忙しい人たちだ。
「あー、別に一緒じゃなくても」
「却下。それだとちゃんと食べたかわからない。だから、一緒に食べよう」
「わかった」
「ああ、クソ。徹夜か」
こういった事務処理をなんで俺が。部隊の編制・非常勤への移動のための書類、数々ある。
「~(クラスメイトから話しかけられる。わざわざ話しかけて来る優等生)」
「うるせぇ、黙れ」
猛烈な睡魔に襲われている俺は不機嫌なんだ。話しかけないでほしい。
(他クラスメイトから敵視。実習では強めに当たられる。一対一)
「うわぁ」
伊織はやる気を全く見せず、攻撃を受けた勢いで地面に倒れる。
床、冷たぁ。
ここで睡魔に負ける伊織。地面で寝始めた。




