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二章④

「来る……」


 鋭敏な彼女の感覚が、彼女だけに危機の襲来を告げていた。一際大きなフロギストン反応を倉庫の上部に感じ、まだ薄暗い中、目を細めて敵の姿を探す。その存在は、意外なことに早く見つけることができた。

 何故ならば、闇の中に煌めく焔だけが浮かんでいるのだから。


「皆! 上!」


 切迫したナナセイの言葉に真っ先に反応したのは、血だらけのコートを脱ぐアマミチだった。素早くコートを脱ぎ捨てながら、天井を見上げると、タイミング良く倉庫に灯りが戻った。

 そして、それを見た。

 倉庫の壁面に強靱な四肢で張り付き、全身を灰色の鱗に覆われたクリーチャーを。そいつは口を大きく開き、口内から溢れる程の火炎を今まさに放とうとしてた。

 クリーチャー・グランドワイバーン=トライ。

 一言で説明するならば、獰猛さに牙と爪を与えたらこうなると言う見本だ。蜥蜴のような地を這う身体は、大人が五人は軽く座ることが可能な程に巨大で、それと同等の長さを持つ硬く太い尻尾。フトギストンですら刃が通らない鱗。人間を丸呑みにできそうな大口。一切の感情を感じさせない、つぶらな瞳に映る物は全て餌だ。

 そして何よりも、ワイバーン種が放つ導術の威力は、トライクラスのクリーチャーの中でも群を抜いて危険な物である。ホワイトタイガーとは比べるまでもない、その強力な導術は、今まさに一瞬の気の緩みを見せたバスターに降り注ごうとしていた。


「畜生が」


 その呟きに、周囲のガード達も釣られて天井を窺う。揃えて顔を真っ青にすると、武器を持っていた男達は一斉にホワイトタイガーの下に隠れた。先程の導術で幾らかこの場のフロギストンが少なくなっているとは言え、巨大なグランドワイバーンの息は危険すぎる。この肉片でどれだけ耐えられるかは謎だが、何もしないよりは随分とましだろう。

 また、導術師達は指先が白くなるほどに自分の得物を握り、渾身の力でフロギストンを自分達の回りから遠ざける。少しでも火炎の吐息の威力を削ぐことができるように。

 死体の下に隠れてから約五秒後。アマミチは熱波が爪先からつむじまでを一瞬で通り抜けるのを感じ、僅かに吸い込んでしまった熱風によって身体の内部が焼けたのがわかった。

 それでも、アマミチは生きていた。全身を炎の縄で縛られたような痛みを無理矢理抑え込み、ホワイトタイガーの下から転がって脱出する。肺の空気を煙と一緒に吐き出して、痛みと一緒に空気を呑み込む。


「GYAAAAAAAAA!」


 朦朧とする意識を覚ますように、グランドワイバーンの暴力的な声が空気を震わせる。獰猛なそれは天井に近い場所から四肢を広げた格好で飛び降り、焼焦げた大地に堂々と着地をする。アマミチの正面に君臨するその姿は“暴君”の風格に満ちており、ボロボロの姿で立ち上がるガード達を見下すように唇を吊り上げていた。


「皆! 無事か!」


 槍を両手で持ち、すぐにでも動けるように重心を高めに構えるアマミチ。その背後では同じようにホワイトタイガーを使った男達が息も絶え絶えに這い出し、導術で耐えた女性陣は疲労からその場に倒れ込んでいる。誰一人として、声を出してアマミチに返事をできる者はいなかった。これでは、まともに戦闘を行える者がいるかどうかも怪しい。

 対するグラウンドワイバーンには余力が有り余って見える。今まで薬で眠らされ、自由を奪われていた鬱憤を晴らす為に、何度も咆哮を上げては、太い首を左右に振って自身の健在をアピールしていた。

 今まさに捕食を開始しようとする巨大なクリーチャーの様子に、アマミチはぼやく。


「ハンデにしては、少し辛いな……」


 言葉とは裏腹に、その唇はこの瞬間を楽しむように吊り上っていた。今現在、唯一無二の持ち物である『武』が、滾っているのだろうか。

 グラウンドワイバーンが幾度目かもわからない雄叫びを上げるのと同時、アマミチはいつも通りに駆け出した。低く槍を構えた突撃に普段と差異もなく、死色の十字が戦場を切り裂くように進んでいく。


「GUWOOOOOOOO!!」


 一本の槍のように突き進むアマミチは迎撃せんと、グラウンドワイバーンがその凶悪な口を大きく開け、太く逞しい前足を伸ばす。鋭利な爪は、雪よりも冷たい白色をしていた。

 死色の十字と死神のような爪が激突する――その刹那。

 アマミチは槍を身体に引き寄せ、足を一瞬だけ止める。結果、空振りとなったグラウンドワイバーンの爪と腕はアマミチの眼前を紙一重で通り過ぎて行く。伸びきったその鱗塗れの腕の外側を、アマミチが走り抜ける。

 狙いは外殻がなく、鱗も比較的柔らかい身体の内側だ。


「破っ!」


 掛け声と同時に繰り出された突きは、白銀と朱の軌跡を残し、グラウンドワイバーンの脇腹の薄い鱗を貫いた。が、上方に放った攻撃は、アマミチが思ったよりも効果を上げることはなかった。


「軽いか……」


 素早く槍を引き抜くと、アマミチは後ろに跳んで距離を取る。


「GYAOOOOOOO!」


 数瞬前までアマミチがいた空間を、グラウンドワイバーンの尻尾が風を切って薙ぎ払う。痛みに怯んだ様子はなく、冷静にアマミチを狙った攻撃であることは明白で、先程の攻撃によるダメージなどないと挑発しているようですらあった。

 その安い挑発に、アマミチは好んで乗った。再び疾風のように走り出す。否。その姿は風に舞う木の葉のようだった。独特の足運びと体重移動により、アマミチは緩急を付けてグラウンドワイバーンに接近する。槍の位置も巧みに変え、攻撃のタイミングを悟らせず、


「GAAAAAAAAAAA!」


 痺れを切らして安易に腕を振りかぶったクリーチャーの脇腹を、アマミチは哂いながら再び槍を突き刺す。寸分違わずに同じ位置に突き刺さった刃は、鱗の下に隠れていた柔らかな肉を貫き、傷口からは少なくない血が吹き出し、大咢からは悲鳴が漏れた。槍をネジのように回すと、それらの量が増大した。

 しかし敵もただの的ではない。その場で身体を捻り、四肢と尻尾を使って身体にまとわりつく虫を払うように自身の身体を叩き回った。その出鱈目な攻撃に、アマミチは殆ど転がりながら足の隙間を抜け、何とか事なきを得た。


「BWOOOOOOOOOO!!」


 そしてここからが本番だと言わんばかりに、グラウンドワイバーンがアマミチに向って突撃を繰り出す。床に転がる全ての物を吹き飛ばし、足を大きく動かすその姿に知性や優雅さはなく、捕食者としての下品な貫録がこれでもかと滲み出ていた。

 自身の十倍近い質量の突撃にも、アマミチの口元が締まることはなかった。何処か楽しそうに槍を握り締めると、その場から飛び退いて攻撃を難なくかわす。


「だっ!」


 すれ違いざまに槍で切りつけるが、それは堅い鱗に弾かれる。掌に若干の痺れが残る以外の効果はイマイチなかった。

 その後も、グラウンドワイバーンは突進を繰り返し、アマミチがそれを避けては切りつけると言う工程が幾度となく繰り返された。攻撃の度に与えられるダメージは、鱗が一枚取れたか二枚取れたか程度であり、千日手に近かった。いや、先に付けた脇腹の傷があるとはいえ、アマミチの体力が尽きるのは時間の問題であり、千日どころか千手もかからずに、彼の命は詰んでしまうだろう。


「こっちだ! 蜥蜴野郎!」


 何度目の突進だっただろうか。今まで止まることのなかったグラウンドワイバーンの攻撃が、尻尾に振り下ろされた大剣の一撃によって無理やりに中断された。そこに畳み掛けるように、刺突剣の鋭い突きや矢の雨がクリーチャーを襲った。アマミチの剥がした鱗の下を狙ったそれらは想像以上の効果を上げ、二度目の苦悶の叫びが上がった。


「もっと休んでいても良いんですよ、先輩方」


 視線をワイバーンから外し、疲労困憊と言った様子で武器を構える男達に、アマミチが優しく笑う。


「休み過ぎたくらいさ」

「お前こそ、休んでなくて平気なのか?」


 怒鳴るように大声を出し余力を示すと、四人はグラウンドワイバーンを囲うように陣形を組む。刺突剣のような軽い武器や、既に矢が尽きかけている弓を持つ二人がいる以上、この陣形はベストとは言い難い。が、本来この規模のクリーチャーを倒すにはもう倍の人員が必要とされる。無い物を強請っても仕方がない。

 そもそも、一人が四人に増えようと、四人が八人に増えようと、目の前で暴れるグラウンドワイバーンには関係のないことだろう。本気でその爪と牙を振るい始めたこの肉食獣を止めるには、専用の武器か大規模な導術が必要だ。

 導術と言えば、


「で? ナナセイ達は? なんか、後ろの方でやってるけど」


 しつこく狙って来る猛攻を回避しながら、アマミチが共に戦う先輩に訊ねる。爪の先が頬をかすり、誰かの悲鳴が上がった。


「ああ。導術であの蜥蜴を落とすみたいだよ」


 矢を番えた格好のリオウが、短く答える。その視線の先には、丸太で囲われていたあの大穴あった。そこから流れ出ている空気によって、周囲の丸太を焦がす炎が不規則に揺れている。

 どうやら、導術で爆発を起こし、グラウンドワイバーンを奈落のようなあの穴に突き落とす算段のようだ。確かにそれは最高のアイディアに思える。落としてさえしまえば、凍り付いた壁面によって脱出は不可能であり、絶対的な死へと叩き落とすことができる。

 しかし見え見えの穴に落ちる程、野に生きるクリーチャーも馬鹿ではない。ともなれば、自らの意思によって嵐のように暴力を振るう大蜥蜴を大穴に誘導しなければならない。

 そして、その誘導を行うのは当然アマミチ達、前線で戦う男達である。


「まあ、やれって言うならやるけど」


 こんな無茶振りをする人間の心当たりは一つしかない。アマミチは作戦の提案者であろうナナセイの方に視線を向ける。先程の火炎もどうやら完全に防御仕切ったらしく、自慢の黒髪は艶っぽく光って見えた。彼女はアマミチの視線に気が付くと、口をはっきりと大きく動かした。


「『早く』ね、簡単に言ってくれるぜ」


 大剣使いのノリトの方に走って行ったグラウンドワイバーンを追いかけながら、アマミチは笑う。

 文字通り尾を引きながら走るグラウンドワイバーンの背中に、アマミチはその辺に落ちていた手斧を投げつける。真っ直ぐに宙を飛んだそれは、狙い通り後頭部に辺りは下が軽い音を立て、厚い鱗に弾かれた。


「アマミチ君! 遊んでないで!」


 やはり槍で攻撃をするか、鱗の剥がれた場所を狙わなければ効果は薄いようだ。地道が近道とはいきそうにない。

 幸いなことに、今のノリトへの攻撃でグラウンドワイバーンは穴へと大分近づいている。第一段階はクリアと言った所だろう。後は、もうすこしターゲットを寄せ、導術を当てる隙を造る必要がある。

 口にするのは簡単だが、やはり実際にやってみると机上の様には上手くいかない。


「こりゃあ、難題だ」


 アマミチは鞭のように襲い掛かる尻尾を、槍の柄で器用に受け流しながらナナセイの考えに難色を示す。こんな物をどう誘導しろと言うのだ。が、ガード達の体力の残りを考えれば、仕留めると言う選択肢はない。ナナセイの『早く』はそこまで考えての発言なのかもしない。

 その証拠ではないが、グラウンドワイバーンは多少の傷を負ったものの、未だに体力が有り余っているようで、身体を独楽のように回転させて暴れはじめた。身体を丸めるような予備動作のお蔭で、全員が無事に回避をすることに成功したが、床に散らばっていた有象無象が、しなやかな尻尾によって弾き飛ばされ、雪のように周囲に注いだ。

 それぞれが身を伏せて回避と防御に専念する中、アマミチはニッと笑うと槍を片手にその中に突っ込んだ。飛んで来た木片やフロギストン鉱を時に避け、時に弾き、時に受けながら、一気に敵を槍の間合いに収める。

 ぐるぐると暴れ回るグラウンドワイバーンは確かに危険だが、下手にフロア中を走り回られるよりは数倍ましだ。それに、その質量に任せて暴れまわるグラウンドワイバーンの視線はてんでばらばらに動きまわっており、四人の内一人も視界に収めていない状態を作ってはいるが、四人全員を視た状態も作れていない。アマミチレベルの武芸者からしてみれば、経った一瞬であろうとも視線から外れた時間があるのであれば、それは十分に隙であり、隙だらけの攻撃である。

 人間の胴体よりも遥かに太い尾が横からから襲ってくるのと同時、アマミチは槍を振り下ろす。十文字の刃とぶつかった灰色の尻尾は、鱗が砕かれ、肉が裂け、骨まで断たれた挙句、血飛沫を上げながら胴体から切り放たれた。


「自分から切られに来てくれたら世話ないぜ」

「GYAAAAAAAAAAAAA!!!!」


 今までの一番の悲鳴を上げ、グラウンドワイバーンが動きを止める。随分と短くなってしまった尻尾を振って鮮血を撒き散らしながら、威嚇するようにアマミチを睨みつける姿からは、暴君の影が少しだけ薄くなっていた。

 そしてその荒ぶるクリーチャーの威厳は直ぐに見る影もなくなってしまった。


「足を止めたら、お前は狩られるだけだ」


 温存していたリオウの矢が、つぶらで温度を感じさせない瞳を撃ち抜き、特大の雄叫びと同時に放たれたノリトの大剣が右前足を力任せに切りつける。

 そして、「爆破!」ナナセイの言葉が倉庫内に木霊する。刹那、大気中から掻き集められたフロギストンが一挙に温度を開けて爆発を起こす。鼓膜を突き破るような爆音が轟、傍聴した空気が痛みによって朦朧としているグラウンドワイバーンの横っ面を吹き飛ばした。


「そのまま落ちなさい!」


 グラウンドワイバーンの巨躯がそのまま横殴りに宙を泳ぎ、ナナセイの理想通りの放物線を描く。大きく開いた口から舌を伸ばすその間抜けな姿は完全に気絶しているようだ。

誰もがそのまま深淵のような大穴に落ちて行くのだと固唾を飲む中、アマミチが舌打ちをした。


「少しばかし、足りなかったようだぜ? ナナセイ」


 その言葉通り、グラウンドワイバーンは穴よりも僅かに手前に落下し、地面を揺らした。角度かタイミングか、はたまた威力が足りなかったのか。三秒に及ぶその飛行は、たったそれだけの成果しか上げなかった。

 失敗した。

 頭の中をその言葉がかき回し、信じたくない結果に、場の空気が凍り付く。


「GRWUUUUUUUUU」


 が、その静寂も僅かしか続かない。

 着地と同時に正気を取り戻したグラウンドワイバーンが、天井を呑み込むように大きな口を開け、空気中フロギストンを強引に集め始める。すると口の中に灼熱が現れ、先の必殺にも等しい導術を予感させるその動作に、全員の心臓が飛び跳ね、顔から血の気が引いて行く。


「おいおいおいおいおい!」


 ホワイトタイガーの身体を盾に使おうにもその死体は遠く、導術師達も先ほどの爆発から間隔がなく、フロギストンの移動による防御は間に合いそうもない。絶体絶命の状況に、武器組も導術組も一斉に背を向けて走り出した。あんなものを再び喰らってしまったら、今度こそ命はないだろう。

 一旦引いて体制を立て直すことに、ただ一人を除いて文句はなかった。


「士道不覚悟だぜ? 先輩方!」


そのただ一人であるアマミチは、炎と血糊でボロボロになったシャツの右袖を千切り取ると、槍を頭上で回し唸らせる。


「ちょっと、アマミチ!?」アマミチの偉そうな言葉に、ナナセイが足を止めて驚きの声を上げる。「あんたも早く逃げなさいよ!」

「逆だよ。ここしかないぜ?」


 ここで退くのは愚手だと口元を歪めて、アマミチが腕を振って走り出した。槍は構えずに兎に角、導術の為にフロギストンを溜めている内にグラウンドワイバーンの元まで辿り着くことが重要だと。ナナセイの作戦が失敗した今、たった一つ残されたこの行動こそ、最上の一手だと信じて、アマミチは駆け抜ける。

 勝算は十分にある。と、死色の十字の由来となった槍を強く握り締める。度重なる戦闘で様々な物が散らかる地面を巧みに走り、一足一刀の間合いまで難なく距離を詰める。


「GUWOOOOOOOOOO!!!」


 グラウンドワイバーンが雄叫びを上げ、隻眼となった瞳でアマミチに狙いを付ける。喉の奥では劫火が踊り、舌のように生々しく揺れていた。


「その口を!」


 自らを滅ぼそうとする、熱気を放つ咢を前に、アマミチは槍を剣のように両手に持ち変え、頭上に高々と掲げる。

 その間にもグラウンドワイバーンの口中の炎は輝きを増して行く。その色が青白く眩しい物になった瞬間、獰猛な牙が生え揃う口から導術が放たれた。唸り声とは違う、フロギストンが燃焼する激しい音が倉庫内に轟き、アマミチの行動に足を止めていたガード達が慌てて走り始める。

 そんな先輩達を背中に、死色の十字は右足で強く地面を蹴飛ばして前方に跳んだ。


「GAW?」


 片目の潰れた暴君は、一瞬アマミチを見失い、導術の発射タイミングを見失う。そのグラウンドワイバーンの虚を、朱色の十文字槍が突いた。


「閉じやがれ!」


 アマミチの膂力の全てと、振り下ろした槍の遠心力に、落下による体重。申し分のないアマミチの全身全霊が籠った十文字の刃の腹が、文句のつけようのないタイミングで硬い鱗に覆われた上顎を容赦なく叩き潰した。

 本来であれば、その一撃も必殺とは成り得ないだろう。が、間抜けにも口を開けた状態では話が別だ。火炎を放つ為に限界まで開かれた、食い縛ることのできない格好では、アマミチの全力は受けきれない。

 神速を持って撃ち出されたアマミチの槍は、グラウンドワイバーンの上顎を砕くだけには留まらず、力任せに口を閉じさせると、巨大な頭部を地面に叩きつける。その衝撃に首の骨からは歪な音がし、口内で逃げ場を失った灼熱の炎が小規模の爆発を起こした。身体の内側で起きたフロギストンの暴走によって、その場で大きく跳ねたのを最後に、散々ガード達を苦しめた凶獣はピクリとも動かなくなった。


「ま、俺にかかればこんなもんさ」


 白目を剥いて口から煙を燻ぶらせるグランドワイバーンの横に着地したアマミチが、言葉も出ない同僚達に槍を空中に投げ飛ばして勝利を知らせる。朱と白銀の槍は、何度もアマミチの手と天井の間を大輪の花のように回った。


「あ、あんた……」


 しかし他のガード達の思考は、単純に喜ぶことにまで至らなかった。背を向けた彼等に、真っ直ぐに前を向いていた人間の笑顔は眩し過ぎた。


「っち。ノリが悪いぜ? 俺が強いのは知っていただろ? 今更驚くことじゃあない」


 肩を竦め「やれやれ」と溜め息を吐く。落下してきた槍を右手で掴むと、足元に十文字の刃を突き刺し、グラウンドワイバーンの顔を蹴飛ばして見せる。何本か鋭い牙が、むき出しの歯茎から抜け落ちた。


「まったく、馬鹿言ってるんじゃあないの!」そんないつも通りのアマミチを見て、ナナセイが怒鳴り声を上げて大股で駆け出す。「あんた、下手したら消し炭よ? 恥ずかしい思い出は全員にばらす所だったのよ?」


 そんないつも通りのナナセイを見て、アマミチは両手を広げて笑いながら弁明する。


「そんな怒るなよ。勝ったからいいじゃあないか」


 相棒が何故怒っているのかを理解していないアマミチの言葉に、周囲のガード達が苦笑する。いつもの痴話喧嘩のような掛け合いに、ガード達の止まっていた時間が動き出した。


「本当にもう」和やかになった倉庫の空気の中を大股で突き進むナナセイが、アマミチの襤褸切れのようになったシャツの胸倉を掴む。その眼には少しだけ涙が滲んでいた。「信じていたけどね」

「知っていたさ、ナナセイ」


 二歳年上の筈の彼女のしおらしい態度を、アマミチは血と肉の焦げた臭いのする胸で受け止める。ナナセイに万力のような力で抱きしめられ、口から息が漏れる。全員の下種な考えの籠った視線に曖昧に笑いながら、任務を忘れ、束の間の急速を満喫する。

 その至福とも言える時間を、「GURRRRR……」小さな呻き声が塗り潰した。

 尽きることのない闘争心と、無尽蔵にも思える体力を持った捕食者は、身体をその場で回転させる。短くなった尻尾が狙うのは、この場で最も脅威となる存在の大きな背。

 断末魔にも似たグラウンドワイバーンの叫びと、先輩バスターの驚愕に攻撃の気配を察知したアマミチは、


「誰にも言うんじゃあねーぞ」


 胸元のナナセイの耳元にそう呟くと、力の限り相棒を吹き飛ばした。華奢な身体は膂力のままに後ろに吹き飛び、バランスを崩して尻餅を付いた。

 珍しく呆けた表情のナナセイを堪能する間もなく、アマミチは右目に迫り来る太い尾に舌打ちをし、槍を手放した自分の迂闊さを後悔する。

 身体を丸める極めて原始的な防御の姿勢を取りはするが、傷ついた獣の力は易々と腕を砕き、踏ん張りも虚しくアマミチの身体は軽々と空に投げ出された。

 蹴飛ばされた小石のように、アマミチは頭から地面に叩きつけられ、地面を三度も跳ねた後、吸い込まれるように深淵に繋がる大穴へと落ちて行った。


「アマ……ミチ?」


 その後、正真正銘に絶命に至ったグラウンドワイバーンが地に臥す音が静かに響き、倉庫には誰もいないのかと錯覚する静寂が残った。

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