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二章③

 メイン倉庫は前述のように、現在の技術では作れない規模の巨大な空間である。その広さを利用して、かさばる衣類を大量に保管するように利用されていたようだが、今ではそれも見る影はない。大量の衣類は燃え、それを保管していた棚も同じように燃えるか、派手に砕けている。

 また、その中央には何故か丸太が何本も地面に突き刺さって壁を造っていた。何があるのだろうと、燃え崩れている丸太の向こうを覗いて見れば、直径五メートル程の大穴が開いていた。丸太は落下防止の策だったのだろうが、それも今や半分以上その形を失い、奈落に繋がるような大穴は、得物に喰いつかんとする獣の口にも見えた。

 そしてこの場を焼き尽くす火炎の根源は、この部屋に相応しい形をもっていた。


「BAWOOOOOOOOO!!!」


 全身を燃える白い毛皮に覆われ、四つのしなやかな足で跳ねまわるその姿は猫の無邪気さを思わせるが、それの体重は大人四人分にも匹敵する。産まれ持った爪と牙は、容易く木製の棚を切り裂き、ごろごろと喉を鳴らす度に炎が口から洩れていく。

 普段は深い森に住み、自身よりも大きな獣を襲い、人里に下りては遊牧の一団一つを滅ぼす、凶悪なる肉食獣。

 クリーチャー・ホワイトタイガー=トライ。

 一体でも余る強大なクリーチャーが、二体。大きさの違いから番だろうか? 互いに唸り声を上げ、身を寄せ合って燃え上がるその姿は、常世離れした神々しさまで感じられた。


「ケツに火が付いて自棄になりやがったか? ホワイトタイガーとか、どっから持って来たんだ」


 倉庫の中身を節操なく焼き尽くすホワイトタイガーに、アマミチは舌を出して嫌悪を示す。それは強引に全てを焼き払うレジスタンスのやり方にではなく、希望の象徴である炎が人間の造った物を燃やしている光景にだった。何度見ても、ハルさえあれば幸せになれると言う考えが、吹き飛ぶような衝撃が牙を剥いた炎にはある。


「まあ、そうでしょうね。クリーチャーを人間が支配することなんて不可能だから、破れかぶれじゃあない?」


 炎よりも、敵が形振りを構っていないことを煩わしく思うナナセイが、手に握ったナイフに念を送る。導術師である彼女にしてみれば、この程度の炎は恐れるに足らないようだ。


「おいおい。消火する気か? もしかして」


 ナナセイの行動に、アマミチが驚愕と呆れの混ざった声を上げる。

 確かに、物が燃える原因であるフロギストンを操作することができる導術師ならば、この倉庫のフロギストンを全て手元に集めることで消火も可能である。しかしこの規模の将かとなると、暖炉の火を人の息で吹き消すような物ではないだろうか?


「杞憂よ」


 そんなアマミチの不安が伝わったのか、ナナセイがむっとした表情で言い返す。


「私よりも前に始めている人がいるわ。多分、ローラ先輩。他にも二人が同じことをしている。それに、照明用に置かれたフロギストン鉱を使えば、そこまで難題でもない」


 流石は、たった十数人で一つ拠点を落とそうとするパーティーの導術師達。戦術に導術を組み込まかない人間には到底思いつかない、ほとんど掟破りとも言える力技には言葉もない。


「あと三十秒もすれば、ちょっと暑いくらいの温度まで下がるわ」


 消火後の作戦は、単純明快。アマミチと同じように接近戦に特化したバスターが、一体に集中的に攻撃して速攻で潰す。ホワイトタイガーは強敵ではあるが、炎の海と言うテリトリーを失った不意を突くのであれば、倒せないことはないだろう。もう一体は、導術師達が今まさに集めているフロギストンを攻撃に利用して仕留めれば良い。

 相変わらず力押しではあるが、これ以上の手段は恐らくないだろう。

 そして、その瞬間は訪れた。

 徐々に勢いを失った倉庫の火が、一斉に消滅する。自らの身体からも炎が出なくなったことに異常を感じたホワイトタイガーが首を上げて周囲を窺った隙を見逃さず、アマミチは姿勢を低く矢のように飛び出す。

 まだ熱気の残る倉庫の床には、武器や衣類、燃え残った棚が無造作に散らばってはいたが、アマミチは難なくそれらを回避し、頭に描いていたルート通りにホワイトタイガーの元へと向かう。雪の下に何があるかわからない状況での戦闘が多いガードにしてみれば、目に見える障害などに足を取られるはずもない。

 誰よりも早く、身体の小さな方のホワイトタイガーを槍の間合いに収めると、アマミチは地面擦れ擦れまで身体を倒し、鋭い十文字の刃を白い毛皮に覆われた喉に狙いを付ける。

 が、それと同時。アマミチの視線がホワイトタイガーの物と交錯する。

 奇襲に気が付いたホワイトタイガーは右の前足を上げ、下から突き上げてくる槍の迎撃を試みる。槍がホワイトタイガーの喉を貫くよりも早く、アマミチの頭を切り裂く方が早いのは明白で、アマミチは小さく舌を打つ。

 ここで攻撃を受けてしまえば、助かる見込みはないに等しい。多少無理がかかるが、攻撃を辞めるべきかと槍を引こうとした瞬間。


「こっちだよ、子猫ちゃん」


 風を切る矢の音と一緒に優男の声がアマミチの鼓膜を震わした。続いて、眼球が潰れる生理的に嫌悪する音と、悲痛な虎の声。


「リオウさん!」


 絶好の好機を演出してくれた声の主の名前を叫び、アマミチは遠慮なく白銀の刃をホワイトタイガーの喉笛に突き立てた。


「貰ったああああアアァァ!」


 裂帛の気合と共に、フロギストン鉱で造られた白銀の刃が、高級な毛皮を突き破る。吹き出す血液を顔面に浴びながらも、アマミチの叫びは止まらず、それに合わせて槍がホワイトタイガーの太い首を貫いて行く。

 それと並行し、クリーチャーの身体に様々な武器が襲い掛かる。アマミチと同じように待機していた、他のガード達の攻撃は吹雪のように凄まじさだった。人一人分は有ろうかと言う巨大な剣が、白虎の身体を中心からへし折る。無数の矢が、勇ましい顔に木製の髭を増やす。鋭い刺突剣の連撃が、血の詰まった肉袋をズタズタに切り裂く。

 強靭な生命力を持つホワイトタイガーであろうと、即死するには十分な必殺。断末魔の叫びすら上げる事無くクリーチャーは事切れた。


「GAWOOOOOOOOOOOOOO!!」


 突然に起こった惨劇に遅れて気が付いたもう一体の身体の大きなホワイトタイガーが怒りの声を上げる。山内に響き渡る咆哮に、渾身の一撃を繰り出して動くことのできないガード達は頬を緩める。

それは勝利の笑みだった。


「導術炎陣」


 倉庫に鈴と鳴るような清らかな声が木霊する。決して大きな声ではないが、その声には力があった。

 導術師達の掛け声と同時、ホワイトタイガーの頭上に現れたのは、巨人で無ければ握ることのできない大きな炎槌。


「粉砕せよ、浄火の槌よ」


 四人の導術師が一斉に怨敵を打ち破らんと、声を揃え、祈りを合せる。

 逃げるか否か。肉食の凶獣が悩む間もなく、バスターの象徴である槌の形をした劫火がその背中に襲い掛かる。数秒前まで王者のように君臨していたホワイトタイガーは、一瞬の熱波と爆発音の後、跡形もなくその姿を消した。文字通り、消し炭の一つすら存在していない。

 フロギストンの過剰消費によって薄暗くなった倉庫は一瞬の静寂に包まれた後、


「しゃあ!」「無茶するよなー、アマミチ」「信じていましたよ」「酒でも奢ってもらわねーと割にあわねーよ」「皆、へーき?」「ローラ先輩、やりましたね」「うわ、生臭」


 武器組は全身血塗れのアマミチ以外はその場に腰を下ろし、導術師達は疲労困憊している相方たちの元へ走る。全員の口元には笑みが浮かび、互いの生存を子ことから喜んでいた。

 ただ、ナナセイ一人を除いて。


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