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一章③

 執務棟とは言うものの、この建物は実質的に拠点長であるオーバ・シメイ=ドゥースの住居と言って問題ない。この巨大な木製の建物は拠点長と言う重荷を背負うシメイ拠点長に対する褒美なのかもしれない。

 執務室は来客への対応に、三人掛けのソファが机を囲むように置かれており、アマミチ達は豪勢にも一人ずつ別々のソファに腰を下ろしてシメイ夫人の作った暖かい野菜のスープを啜っていた。


「まず、君達二人の活躍に、お礼を言わなければなりませんね。アマミチ君、ナナセイ君」


 ゆっくりとスープを味合う二人に労いの言葉をかけたのは、総白髪を短く刈り込んだ枯れ木のように細い老人だった。アマミチ達と同じ服装をしていることからガードだとはかろうじてわかるが、到底荒事に向くようには見えないその老人の声は、威厳よりも心地よさがあった。厳しい寒さを何十年と過ごして来た男の声がここまで優しい物になるのは、殆ど奇跡のようなものであろう。


「いや、こうやって温かいスープを頂ければそれで十分だ。それよりも、次は一体どんな厄介があるんだ?」


 そんな年季の籠ったオーバ・シメイ拠点長の声に対し、アマミチは若者らしい軽薄な態度で答える。ナナセイがその態度を咎めるような目で見たが、机に座り何やら書類に目を遠しサインをしながら「言葉使い程度構いませんよ。私は所詮裏方ですからね」にこりと笑った。彼は高齢と言うこともあり、前線に立たないことを常日頃から気に病んでいるようで、若く命を賭けて戦うアマミチ達に尊敬の念を強く抱いているようだった。通常ならばそれは舐められ、規律を乱すことになりかねないのだが、不思議とそう言うこともない。

 きっと、それがシメイの人徳と言う物なのだろう。


「さて、仕事の話はノブナリ君からしてもらいます。現地での指揮も彼が全てを取ります。貴方達二人がここに呼ばれたのは、単純に説明していないのが貴方達だけですから、変な心配はしないで下さいね」


 そんなシメイの前置きの後、ノブナリは制服の内から折りたたまれた紙束を取り出し、それをテーブルの上に広げた。テーブル一面を占拠する大きなその紙の上には見慣れない場所の地図が描かれていた。トムラウシ山と呼ばれるその内部は、複雑に入り組んでいて迷路のようだ。


「今回の任務は、リベリオンの掃討を行う」


 身を乗り出して地図を確認するアマミチとナナセイに、ノブナリが今回の任務の目標を伝える。その口調は重々しく、今回の任務の重要性を表していた。

 が、アマミチはその名に一度だけ首を捻る。「リベリオン? 聴かない名前だな」何となく、地名のように思えるが、寡聞にして聴いたことがないし、その響きは人名とも捉えられない。


「勉強不足な奴だ」アマミチの問いに、ノブナリが極上の笑みで答える。


 何故、この師はこれほどに性格が悪いのかと、アマミチは顔を歪めて訊ねる人を変える。


「ナナセイ。お前は知ってるか? リベリオン」


 その言葉には『知らないよな?』と言う同意が含まれていて、ナナセイはその真意をハッキリと理解した上で鼻で笑い「三十年前の騒乱の元凶よ」目を閉じた嫌味っぽい仕草でハッキリと答えた。


「拠点長。俺、こんな二人と仕事する自身がないんだけど」


 確かに、二人が知っているのなら、知らないアマミチが悪いのかもしれない。とは言え、流石に二人の態度はないだろうと、アマミチはシメイに泣きつく。


「二人とも、言い過ぎです」シメイはゆっくりと言い聞かせるようにナナセイとノブナリに目をやる。「いくらリベリオンを知らないとは言え、そんな態度を取っては駄目です。知らないのなら、教えてあげる。その精神が大切なのです。ノブナリ君は部下を持って久しいのですから、そう言った機微を弁えなさい。ナナセイ君は女性なのだから、将来子供ができた時に苦労しますよ」

「すいません。シメイ殿」「ごめんなさい、シメイ拠点長」

「私じゃあなくて、アマミチ君に謝って下さい」

「すまんな、アマミチ。俺が悪かった」「ゴメンね、こんなことも教えてあげられなくて」

「謝るな! 何か惨めだ! 良いから教えてくれよ!」


『リベリオン』それは、今の統治方法に不満を持つ反逆者を指す言葉である。設立は約二十年前。ガードとの約一年に及ぶ戦争を行い、エゾ中を混乱の極みに陥れた組織である。

 彼等の目標は単純明快。フロギストン感応力によって差別されない社会である。

 今現在、エゾの生活を支えるのは、薪や動物の糞などの限りある燃料ではなく、空気中に存在し、尽きることのない資源『フロギストン』である。そのフロギストンが長い時間をかけて凝固した『フロギストン石』に生物が念じることで、周囲のフロギストンは光と熱を放つ。その特性を利用していない産業を探すのが難しい程、フロギストンとそれを操る能力は重要な物である。

 例を挙げれば、単純に町を暖め寒さから守る手段、自然界では極僅かしか生息していない野菜の大量生産や、遊牧に頼らない畜産、クリーチャー退治、等々だ。

 フロギストンの功績は日常に染みつき、生活切り離すことは不可能である。

 しかしその利便さも万能ではない。フロギストンの操作できる範囲や制度には個人差が存在するからだ。それは、世界にクリーチャーも含めて二〇の個体しか確認されていない『ウーノ』、手元にフロギストン石がなくても導術を使える『ドゥース』、大気中に火炎球を産み出せる『トライ』、枯れ木に火を付けるのが精々の『カットロ』、そして自身を寒さから守るのが精一杯の『シーン』の五段階に分けられている。

これはそのまま身分制度に繋がっている。僅か十二人のウーノが全体を統治し、階級が上位のドゥースやトライは、町や村や農場を暖める役割を担当する支配階級に、まともにフロギストンを操ることができないカットロとシーンは単純な肉体労働を行う。

 これがエゾの統治体制である。


「差別ねぇ。そりゃあ区別じゃあないのか? 分別でもいいけど」


 リベリオンの目的を聴き、アマミチが納得いかないと頬杖を突く。トライのアマミチには低い階級の人間の苦労などわかるはずもないので、その口調はあまり強気ではなかった。


「そうですね。アマミチ君の言う通りです。このエゾにはフロギストンが必要不可欠で、フロギストンを操る術を持つ人間の方が優遇されるのは仕方がないことです」


 ハッキリと『この』と言う単語に重きを置いた台詞の意味を、アマミチは直ぐに察した。

 フロギストンが絶対に必要なのは、あくまでこの世界が雪と氷で構成されているからだ。逆説的に言えば、この零下の気温すらなくなれば、フロギストンは必要のない物に成り下がるだろう。

 それはつまり、リベリオンは、ハルの存在を前提として活動している。


「……そりゃあ、目出度い組織だな。頭沸いているのか、全員」


 少し悩んだ後、アマミチは軽薄に笑って肩を竦める。

 しかしその内心は複雑だった。

 つまるところ、リベリオンは『昔のアマミチ』なのだ。真剣にハルを信じていた頃のアマミチで、父親が殺される前のアマミチなのだ。

そして今、アマミチは自分の父親を殺した師匠兼養父であるミカミのように、リベリオンを自分の父親を殺すように殺さなければならない。自分の手で、アマミチはかつての夢を砕かねばならないのだ。

 その事実を、アマミチは上手く消化できない。


「いや、あの時はそうでもなかったんですよ。三十年前、このエゾではかなりの人間がハルを真剣に信じていたんですよ」


 詳しいアマミチの出自を知らないシメイとノブナリは、互いに頷き合って話を勧める。


「アマミチ。奴らは『ハルの証拠』を持っていたんだよ」

「証拠ですか? 存在しない物に証拠も何もあるんですか?」


 唯一事実を知っているナナセイは、スープの入った木皿を両手で持ちながら食い気味に相槌を打った。


「……『ハルの証拠』と言う表現は正確ではありません」


 少し困ったようなシメイは続けて、『異邦人』と口にした。


「なあ、シメイ拠点長? わざと俺の知らない単語を使ってない?」


 アマミチは「イホージン」と鸚鵡返しにした後、普段通りの声色で答える。いや、少し自分の無知さに参っている風であった。そんなアマミチに、シメイは机の引き出しから取り出した何かを投げて寄越した。


「それは、異邦人が持っていた武器……拳銃と呼ばれる物です」


 アマミチの手の中に納まるそれは、珍しい金属製だった。凍傷になったり、劣化しやすかったりと、エゾではあまり歓迎されない鉄の塊を、アマミチは興味なさそうに手の中で転がす。穴が開いていたり、妙に握りやすい形をしていたりと、アマミチの語彙にはない奇妙な形をしていた。


「ねね、私にも見してよ」


 ナナセイにせがまれて、アマミチはテーブルに広げられた地図の上に拳銃を置く。自然には有り得ない直線と、人間ならではの曲線を持つその金属の美しさに、ナナセイは溜め息を吐いた。もしかしたら、うっすらと映る自分の顔に見蕩れているのかもしれない。「フロギストンより、かなり重いのね。どうやって作るのかしらね、アマミチ」

「で? 拠点長。これは何なんですか? 武器ってか、工芸品みたいですけど」


 目を輝かせて拳銃を眺めるナナセイの珍しい表情を横目にしながら、アマミチは退屈そうに訊ねた。


「そいつは、火薬を使う武器なのさ、アマミチ」

「火薬ってと、爆弾に入ってるあれだろ? その大きさで使い物になるのか?」


 こちらも又、エゾでは珍しい物である。湿気に劇的に弱い火薬は、基本的に屋外で使うことができず、持ち運びにも不便ではある。そもそも、火炎や爆発を起こすのであれば導術で間に合ってしまう。


「いや、爆弾じゃあないんですよ。その中で小さな爆発を起こし、その勢いで鋼の矢を飛ばす武器なんです」


 親指と人差し指だけを伸ばして、右手を拳銃の形にするシメイ。その仕草に、ノブナリが昔を思い出したのか苦笑する。


「凄まじいぞ、それは。フロギストン石の刃を砕くし、腕や首を易々と貫く。矢が体内に残ればそこかから腐って行く。殺す為に造られた、素晴らしい武器だ」

「他にも、既存の物の威力を遥かに超える爆弾や、湯を入れるだけで食べられる携帯食料。凄い物は、動く鉄の箱もありましたね」

「あれは今でも夢に見ますよ。凄惨で、惨忍だった。中に入った人間が蒸し上がった、あの様は、本当に酷かった」

「……若さ故の過ちです、忘れてください。ノブナリ君」


 突拍子もない話ではあるが、昔話を懐かしむシメイとノブナリに嘘を吐いている気配はない。もっとも、アマミチやナナセイに疑う様な気持ちは一切なかった。金属をあそこまで加工するのは、恐らく中央府のトップスミスでも不可能だろし、仕事に関わることで嘘を吐くほど平和ボケした人間はガードにはいない。

 そして現在の技術で製作することのできない存在が、存在する矛盾を説明する手段が、今回のターゲットである『異邦人』なのだろうと想像ができた。


「異邦人とは、名前の通り『ここ』ではない場所から来た人間のことを指します」

「ここ? 海の向こうにも世界があるのか?」

 液体状の氷である『水』は常に極氷に閉ざされるエゾでは自然にお目にかかれるものではない。が、海だけはその例外だ。莫大な量のしょっぱい水がエゾを四方八方と囲んでおり、彼等はそれを海と呼ぶ。耐える事のない凍らぬ水からは貴重な塩が採れる事もあって、エゾの生活を地味ながら支える貴重な資源だ。

 一説には海の向こう側にも同じような陸地があるのではないかと考えられているが、「違う、違う」とノブナリは首を横に振って否定を示した。


「海の向こうにもそれなりの国があるのかもしれんが、異邦人は過去から来たと言っていた。この世界が白く染まるよりも前の時からな」


 雪に覆われていない時代“前時代”。突如として滅んだ文明の呼び名である。それが如何なる文化を持っていたのか、何故滅んだのか、すべては謎に包まれており、僅かに残る遺跡や出土品からその存在だけが確認されている。

 御伽噺とは言わないが、理解不能な過去の遺産だ。


「もっとも、それはレベル……リベリオンの設立者の自称ですけどね。勿論、過去から来たなんて私は信じていません。が、少なくともエゾの人間ではありえないでしょう。拳銃や武器だけではありません、彼の考え方や知識は、私達の常識から外れていました」


 実際に、今現在の中央府が進めている通信システムや、農産方法は元々レベルが考えた物であるらしい。それ以前の方法と比べると、効率は遥かに上昇し、当時は救世主のように扱われていた。

 しかし彼の発言や行動の全てが有益とはならなかった。


「そんなレベルが『ハル』はある。なんて言い出したんだ。しかも統治者達はその事実を隠しているとも叫び、ガードの二割ほどの人間を引き抜くと、何処からか持って来た武器の数々を用いて戦争を始め、エゾは未曽有の戦地と化した」


 一旦これで、リベリオンの説明は一段落らしく、「わかったか? アマミチ?」とノブナリは嫌味らしく最後にそう付け足した。アマミチは返す言葉もなく、バツが悪そうに頷いた。


「さて、そうなると仕事の話に移るぜ?」アマミチの表情を笑顔で受け取るノブナリ。「リベリオンは三十年前、ガードとの戦争の際に殆ど全滅した。レベルの死も確りと確認されている。それ以降は水面下での動きこそあるものの、この三十年殆ど活動を行っていない」

「ん? じゃあなんで今更ちょっかいを出すんだ?」先ほどから疑問しか口にしていないアマミチが、戦争の必然性を訊ねる。「どう見ても、中央府お抱えのおっさんの出番じゃあないだろ?」


 戦争に負けたとなれば、リベリオンはありとあらゆる物を奪われているはずだ。指導者のレベルを失い、武器は全て没収か破棄されているだろうし、ほとんどの人間が処刑された筈だ。反乱、しかもハルの絡んだ反乱を統治者たちが許すわけがない。恐らく、現存するリベリオンなど名前と形ばかりの組織へと成り下がっているはずだ。少なくともアマミチがその名前を知らない程度には、この三十年間で風化してしまっている。

 そんな組織の拠点を潰す程度の仕事に、わざわざ中央府の優秀なファーストガードをこんな田舎に呼び出す必要性がわからない。


「馬鹿ね、アマミチ」難しそうに皺を寄せて考えるアマミチの疑問に答えたのは、ナナセイだった。「異邦人が現れたに決まってるじゃない」

「あ」と、アマミチは間抜けな声を上げる。今までの話の流れを少し考えれば、簡単な話だ。統治者たちが恐れているのは、たった一人の異邦人。それの持つ未知の知識や武器、そして何よりも人々の心を掴むカリスマ。そしてそこから再び起こるであろう、二十年前の再現だ。

「ナナセイちゃんの言う通り、どうやら異邦人が何処かに現れたらしい。っても、リベリオン内で箝口令が敷かれているみたいで、どの地区までかはわからないがな」

「え? トムラウシ山にいるんじゃないんですか?」


 顎を撫でるノブナリの言葉に、今度はナナセイが疑問を口にする。どの地区か未だにわからないと言うのであれば、テーブルに置かれた地図は何なのだろうか? 今回が掃討戦である限り、トムラウシ山に対する進攻に間違いは許されない。ここに異邦人がいるともわからないのに攻め入るなど、それはガードの存在意義に反する。破壊と再生とは言っても、それはあくまでエゾの人間を守るための手段にほかならない。

 良い間違いや勘違いの類であることを願うが、ノブナリの口から訂正は入らなかった。

 ばかりか、


「トムラウシ山がリベリオンの潜伏場所であることには変わりない。あろうことか奴らは、各地の輸送拠点を利用したネットワークを築いている。斥候からの情報によれば、エゾ中の十三の拠点の何処かに異邦人をかくまっているらしい。だから、今回の任務は同じ日同じ時に、総勢五百名のセカンド及びファーストガードが同時に十三の拠点を落とす」


 まあ、虐殺だわな。少しも笑わずにノブナリは今回の任務に就いて簡単に説明した。


「普通の職員はどうするんだ? 拠点の全員が全員リベリオンではないだろう?」

「その通り、殺すよ。拠点長クラスとその側近は事前に退避してもらう算段だが、それ以外はリベリオンを逃がさないためにリアリティの犠牲になってもらうさ」

「正気か? 罪のない人間を殺せってか?」


 正義感ぶるつもりはないのだろうが、アマミチは唾棄するように呟いた。ガードと言う職業柄、アマミチは殺人にそれほど抵抗はない。むしろ、戦闘となれば嬉々として敵の首を狙う戦闘狂である。それでも、確証もなしに大量の人間を殺すなんて、アマミチの六年に及ぶガード人生にも存在しない。ハッキリと異常と言える任務である。

 しかもトムラウシ山のみにならず、エゾの十三箇所に同時襲撃をかけると言う。その何処かに異邦人がいる保証もないのに。


「そりゃあ、虐殺って言うんだぜ? おっさん。俺らは破壊と再生の鉄槌を司っているんじゃあないのか? 反逆者だろうと、隣人だろ?」


 普段の任務であれば、アマミチもそんなことを訊ねなかっただろう。極めて個人的なことに、アマミチはリベリオンと自分の父親と重ねていた。ただ、ハルやテントウの伝承を調べていただけで殺された父親と。

 そして、アマミチはその父親を殺さなければならなかった。それが気に喰わなかった。

 一見すれば青臭くも聞こえるアマミチの台詞に、シメイが静かに口を開く。


「それは違いますよ。アマミチ君。そんなことを言えるのは、貴方が三十年前を知らない人間だからです。あの悲劇を繰り返さない為にも、例え百人の為に千人を殺すことになっても、それは必要なのです。畑仕事をしたことはありますか? アレの間引きと同じです。必要悪とでも言いましょうかね?」


 横暴とも言えるシメイの言葉に、アマミチは反論をしない。間引きの必要性と意味は理解できる。根本的な意味ではコボルト退治と意味は変わらないのだから、断る道理もない。

 もっとも、それだけで割り切れる程、アマミチは仕事人間でも非情でもない。不機嫌そうに顔を歪め、大きな溜め息を吐いていた。

 アマミチの過去を知るナナセイは何かを言おうとしていたが、「責任は全て私が持ちます」とまでシメイに言われてしまったら、中央府に忠誠を誓った身である彼女には返す言葉がなかった。

 二人は結局、流されるままに虐殺行為に加担することを認めた。


「んでんで? 今回の虐殺の詳細は?」


 納得していないことを十二分にアピールしながら、アマミチはノブナリに訊ねる。ナナセイは流石に表情に出すことはなかったが、アマミチは更に納得のいかないことがあれば断ってやろうと考えている風だ。


「そう突っかかるなよ、アマミチ。俺だってこんな酷いことはしたくない」

「白々しいな。俺が泣いているのを見て、指さしていたおっさんが言ってもな」

「……既に言ってしまったが、今回はトムラウシ山だ。三十年前の戦でレベルが殺された場所だ。どうでも良いのだが、レベルと直接に戦ったのは三人。ガード長ホウシェン殿、お前の養父『当代最強』アキラ。そして、そこに座るシメイ殿だ」

「それは又、凄いメンバーですね」


 わざとらしく付け足されたノブナリの情報に、ナナセイが驚いたように眉を上げる。

 ガード長のリョウフと言えば、巨鎚『ニルニル』を操るエゾ一の偉丈夫であり、その修行の果てに山一つを潰したとも言われるフロギストン感応力ウーノの一人である。さらに、アマミチの養父であるアキラは、そのリョウフに勝った人物であり、単身でドラゴンを狩ったことのある唯一の人間として名高い。

 そして、一騎当千の武士二人の後に続くのは、意外な人物の名。書類仕事か、研修生の講義ぐらいしか働いている所を見たことがないシメイの名前に、不機嫌を決め込んでいたアマミチすらも驚いているようだった。


「あの、私の昔話は内緒にしといてくださいね、ノブナリ君」


 すこし恥ずかしそうにシメイがそれ以上の追及を禁じる。その口調はいつも通り、優しい好々爺と言った風だ。三十年と言う時間は人を変えるには十分なのだろう。


「おっと、それは失礼しました。話を戻します。その因縁のある舞台で踊るのは、俺と部下その部下二名と、シメイ殿の部下から選りすぐりの五組十名の計十三人だ」


 この人数を、アマミチもナナセイも少ないとは思わなかった。基本的にガードは少数精鋭を好む。空気中のフロギストンに限りがある以上、導術を有効に利用する為には有象無象の多数よりも、熟練者の一人の方がその脅威は何倍も大きいからだ。又、先のガード長やアキラではないが、セカンドガード以上の人間の強さは一般人を遥かに超える。その力を持ってして、統治者達はエゾを支配しているのだ。

 今回の目的地であるトムラウシ山の規模から考えるに、潜んでいるリベリオンの数は多くとも百人に満たない程度である。むしろ十三人では多すぎるとすら言えるかもしれない。

 ただ、普段は倉庫として使われているトムラウシ山の内部は意外と複雑に入り組んでいて行き止まりが多い。山の周囲には投石器等の兵器の姿がなく、決戦が内部を中心とすることを考えると、少々厄介にも思える。

しかしそれでも、ガード達に敗北を許されていない。


「多少不利な方が丁度良い。二度と我々に歯向かう気力が起きぬように、二度と反逆者を名乗れぬように、徹頭徹尾の首尾一貫に私達の強さを奴らの魂に刻もうじゃあないか」


 ノブナリは堂々と宣言する。その言葉に挑戦者の気持ちはない。エゾの何処で戦おうと、この氷雪の世界の中では防衛線に過ぎないのだ、三十年前にも勝利したように、今回も勝つだけである。


「当然です。私達が負けても良い通りはないわ」


 その通りだと、ナナセイも強い言葉で同意する。

 対するアマミチは「やる気だねぇ」と、乗り気がしない様子で天井を仰ぎ見る。

 リベリオン。過去のアマミチと同じようにハルを信じる人々。

 そして過去のアマミチと同じように理不尽に大切な人を失う人々。

 さらに言えば、父親を殺されなかった『もしかしたら』のアマミチでもある。

 それでも、


「まあ、やれって言うなら、俺はやるぜ?」


 アマミチは断ると言う選択肢を取らなかった。


「このミカミ・アマミチ=トライ。破壊と再生の槌の元、『死色の十字』セカンドバスターとして、その任務達成してみせましょう」


 アマミチが立ち上がりながら、大仰に芝居を打つ役者のように、自らが選んだ道を示す。

 なってしまった自分を肯定するためにも、アマミチはガードとして戦い続けるしかなかった。今までの努力を否定するようなことは、もうアマミチにはできなかった。


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