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一章①

 ガード。

 それはこの白い氷に閉ざされたエゾの破壊と再生を司る政府直下の組織である。

 中央府の統治者が一角、このエゾに十二人しかいないフロギストン感応力『ウーノ』の一人、人呼んで『破壊槌』のリョウフ・ホウシェン=ウーノを頂点に置くこの組織は、フロギストンの感応力とは関係なしに評価される珍しい組織とも言える。

 彼等は大きくわけて三つの階級に別れており、主に小さな町の警邏や交通路の除雪などの雑務を担当とする『サードガード』、クリーチャーとの戦闘を主とする花形とも言える『セカンドガード』、そして百人単位のガードを束ねる指揮官系統である『ファーストガード』。

 無論さらに細かい分別や役職は存在するのだが、大雑把に分ければ三つの階級がガードの全てだ。そこにフロギストンの感応力は一切関係なく、真の意味で能力さえあれば感応力最低ランクのシーンですらファーストになれるし、事実上最高ランクであるドゥースですら一生下積み生活と言うこともありうる。

 そしてミカミ・アマミチ=トライとツクヨ・ナナセイ=ドゥースはアサヒ凍川地方を中心として活躍するセカンドガードである。養成所も兼ね、常に三百人以上のガードが在籍するアサヒ凍川拠点の若手実力派として二人は有名であり、期待とその発展形である人気を一身に集めていた。特にナナセイの人気はアマミチのそれと比べても高く、拠点内に公式のファンクラブがあり、アイドルのような扱いを受けている。幸い拠点長は『士気が上がって捗る』と喜んでくれ、先輩からの風当たりが強くなるようなこともないのだが、妙に持ち上げられている気がして、二人はあまりいい気がしなかった。

 故に「お疲れ様です! アマミチ先輩! ナナセイ先輩!」「どうして今回の任務に自分を同行させてくれなかったんですか!」等と、門番を担当している若いガードに暑苦しく詰め寄られるのは面倒以外の何物でもない。

 適当に門番の二人をあしらいながら、アマミチとナナセイは氷と雪で造られた門を抜けて行く。雪氷で造られた建造物は、大木が育ちにくいエゾでは割とポピュラーな物である。一度作ってさえしまえば、常に氷点下の気温に晒されている為解ける心配が少なく、修繕も氷を溶かした液体である水さえあれば行えるので時間も費用もかかることがない。

 自然の厳しさと優しさを象徴するような門を抜けた二人は、その足で受付に向う。受付所は門や外壁と同じようにやはり氷で造られた建物である。見た目は子供が雪遊びで造るかまくらに似てはいるが、槍を振り回すことができる程に高く出来ている。横幅もそれに伴って広く造られていた。また、その内面にはケカバと呼ばれる家畜として様々な分野でエゾの人間を助ける獣の毛皮が、床や壁や天井を問わずに貼り付けられ、暖かさを保つように工夫されている。もっとも素材の性質上、火を焚くことは不可能で、気温が氷点下であることに代わりはないのだが。


「帰って来た。って感じだな」


 それでも風がない分、幾らか暖かく感じる受付所に入ると、アマミチが感慨深く漏らした。時には生死を分けるような危険を伴うガードと言う仕事に置いて、帰るべき場所があると言うのは単純で辺り前なことだが、重要なことでもある。

 しかしアマミチが呟いた言葉には他意があるようで、ナナセイはその横で片目を閉じて腕を組むと、「隣にも女の子はいるわよ?」と感情の読み取れない笑みを見せる。

 その呟きを耳にしたアマミチは、「お前とカレンちゃんじゃあ、ケカバと白鳥くらいの差があるぜ?」と笑う。刹那、返事としてナナセイの鋭い蹴りがアマミチのすねを襲い、何度目かも数えるのが面倒な、二人の喧嘩が始まった。互いに無益と悟りつつも、互いに引き下がらないのは、彼等が根本的な所で同類なのだろう。


「うふふ。お帰りなさい」


 そんな犬も食わない口論を止めたのは、音だけで優しい笑みが想像できる女性の声だった。豊満な胸元で可愛らしく両手を振り、ふわふわとした白い毛皮を身に付ける彼女は、この拠点の受付嬢の一人カレン・ゴドー=シーンだ。受付用のやはり氷で出来たカウンターの向こうに立つ彼女は、兎のような保護欲をそそる可愛らしさからこの拠点の看板娘でもあった。ちなみに椅子は木製、高級品である。


「お疲れ様です。アマミチセカンドガード。ナナセイセカンドガード」

「おっす、カレンちゃん」


 そんな彼女の言葉を耳にした途端、ピタリと口論を切り上げ、アマミチは馴れ馴れしく片手を上げてカウンターに早足で向かう。「おっす」とカレンが可愛らしく返事を返した。


「えへへ。ナナっちも、おっす」

「はいはい。それで? どうして私の名前がアマミチよりも後なのかしら?」

「うふふ。ちゃーんと、受付に入って来た順番ですよ?」


 笑いながらカレンが答えると、ナナセイも表情を崩す。


「あら、そうだったの? ただいま、カレン」


 カレンはこの拠点に同時期に配属されたアマミチ達の同期であり、四年の歳月を共にした友人であった。同郷であることも手伝って、三つ年下のカレンのことを、ナナセイは妹のようにかわいがっている。カレンを見て、鼻の下を伸ばすアマミチの脚を踏みつけて可愛がるのも、ナナセイの楽しみだが。


「早かったね、コボルトの群れの退治でしたよね」

「そうそう。二十一体の大所帯で、私が八体のアマミチが十三体」

 ナナセイは喋りながら、アマミチに預けていたバッグから幾枚かの羊皮紙を取り出す。今回の任務での経費の請求書と報告書である。


「あ、また狩り勝負はアマミチさんの勝ちですか」


 手渡されたナナセイの報告書に目を通すと、カレンは後ろにある木製の棚から和綴じされたファイルを手に取る。それをカウンターの上に開いて置くと、黒炭に布を巻いただけの簡単な筆記用具を使ってなにやら記入していく。


「まあ、俺とナナセイじゃあ戦い方も役割も違うからな、優劣や勝ち負けじゃあないんだけどな」

「それなら、夕食を賭けた勝負をするのを辞めてくれないかしら?」

「大抵、賭けの事はお前が言い出すんだからな? それ」

「負けず嫌いですもんね。ナナっち」


 三人は雑談を交えながら、報告書の詳細を詰めて行く。一仕事を終えて気が抜けたのか、作業は中々に進まなかった。彼等の作業が進展を見せたのは、後から来たガード達が隣のカウンターで同じように報告を開始し始めたのが切欠だった。

 本気を出せば……否、真剣になれば報告書の作成は直ぐに終了した。椅子が常備されていないことから分かるように、慣れた人間であれば、基本的に大して時間をかけるような作業ではない。


「さて。久々に休みが取れるな」


 完成した報告書を棚にしまい込むカレンの後ろ姿を見て、アマミチが嬉しそうに顎を撫でる。今回のコボルト退治の前は、巨大な怪鳥を倒す為に雪山を登り、その前はどっかの馬鹿が溶かした湖から出て来た半漁人と戦った。実力を見込まれ、あるいは若さを妬まれ、アマミチとナナセイはここ最近仕事漬けの日々を送っていた。

 しかしその連戦生活もこれにて一旦落着。随分前に購入した本でも読んでゆっくりと休暇を楽しもうかとアマミチはニコニコと考える。


「あ、それは無理ですよ。」


 しかしカレンの口から飛び出したのは、不可解な台詞だった。


「無理? 不可能ってこと? カレン?」


 予想しなかった看板娘の言葉に、ナナセイが噛みつくようにカウンターに身を乗り出す。アマミチが久々の休暇と言うことは、当然相棒である彼女も久々の休みをようやく取る予定だったと言うことだ。


「はい。残念ながら、お二人には緊急のお仕事があります」

「おいおい。俺達帰って来たばかりだぜ?」

「申し訳ないんですけど、お二人の帰還を待ってのお仕事です」


 カレンの笑顔と同時に放たれたその言葉に、アマミチは額を掌で覆いながら天を仰ぐ。十中八九以上の確率で、こういうパターンは碌でもない仕事が待っている。以前も、同じような流れでワイバーン種の退治を任されたことがある。あの時は、先輩が一人ワイバーンの歯牙によってこの世を去った。今回は、一体どんな無茶を要求されるのだろうか?

 露骨に嫌そうな表情をする二人とは対照的に、カレンは悪戯が成功したことに笑顔を見せながら話を続けた。彼女の手には、幾つもの名前が書かれた羊皮紙が握られていた。


「中央府のガード本部からの勅命です。詳細は拠点長のオーバ・シメイ=ドゥースファーストガードから聴いてください」


 差し出された紙には、この拠点でも武闘派と名高いガードの名前が幾つも明記されており、もう嫌な予感しかなかった。更に、その一番上。今回の任務の総責任者および指揮官として現在逗留しているバスターの名前が、アマミチにとって悪夢のような名前だった。


「カット・ノブナリ=トライファーストガード。『戦斧』のオッサンが陣頭指揮かよ、いよいよマトモじゃあないな、今回の仕事は」


 珍しく皮肉の籠っていない口調のアマミチに、ナナセイもカレンも驚きを露にし、訊ねる。


「知ってるの? アマミチ。何度か聴いたことはある名前だけど」

「中央府の知り合いがいるんですか? 凄いですね」


 止むことのない雪と常時氷点下が支配するエゾでは、何処に行くにも雪を踏み越える必要がある。その為、エゾでは地域同士の交流が薄い。特に、雪山を越えるような場所同士ともなると、存在自体が互いに知らない可能性すらある。

 それは同じ組織に属するガードの上司と言えど例外ではない。流石にファーストのクラスともなれば名前こそ知っているが、所属部隊が違えば人となりや人相となると噂にすらならず、直接の面識となると更に稀である。


「ああ。知ってる、知ってる。武者修行時代ってか、師匠と一緒にエゾ中を回っている時に半年位世話になったんだ。養成所を出てすぐの話だ」


 つまり、六年も昔の話である。まだアマミチが父親の仇である師に対して復讐を考えている時代の話だ。


「あのおっさんに、俺はポールウエポンのイロハを習ったんだ。ハルバートを使う、割とノリの軽いおっさんで、ねちねちと俺の欠点を突いて喜ぶ奴だったな」


 表情と声に影を落とすアマミチを見て、女性二人は「ああ、なるほど」と納得した。

 アマミチは、師匠兼養父兼父親の仇であるミカミ・アキラ=シーンにその才能を見込まれてガードになった過去がある。アキラはどれほどの期待をかけていたのか、常人であれば死んでもおかしくない修行をアマミチに課していた。

 その地獄の特訓と本人の資質によって、アマミチは見事な武人として成長したのだが、


「ああ、切りつけられた肩が疼くぜ……」


 本人にしてみれば、酒の席の愚痴以下の思い入れしかないらしい。


「と、とにかく、あんたを指導できるレベルの強い人が来るのね?」


 ぶつぶつと恨み辛みを呪詛のように口遊むアマミチに笑顔を引き攣らせながら、ナナセイが相槌を打つ。


「昔の話だ。今やれば俺がまず勝つ」

「そうなると、ドラゴンでも出たのかしら?」


 アマミチの言葉を無視して、今回の敵の姿をナナセイは想像する。

 硬い鱗と、空を駆ける翼を持ち、強力な導術を操る、エゾの雪山を支配する最強種。

 クリーチャー・ドラゴン=ドゥース。

 数十名の優秀なガード達が万全の準備を果たしてようやく、互角に戦うことができる強大なクリーチャーである。

 しかし、


「うーん、だったら私でも噂を耳にすると思うんですけど……極秘任務ですから、私も内容が知りませんが、クリーチャー退治って線は薄いと思いますよ」


 カレンはナナセイの考えを自信な下げに否定する。


「そっか、取りあえず拠点長の所に行くしかないわね」


 可愛らしく小首を傾げるカレンの頭を撫でると、ナナセイはアマミチの首根っこを引っ掴んで受付に背を向けた。


「話せ、歩けるっつーの!」


 首を振ってナナセイの手を振り払うと、アマミチは槍を背中から外して右手に握る。二人のやり取りを見て、誰かが笑った声が受付所内に響いた。それが恥ずかしくて、ナナセイは顔を紅くして逃げるように走り出した。

 入り口までの通路を急ぎ足で駆け抜けて行くナナセイの背中を見ながら、カレンが慌てて叫ぶ。


「あ! 大切なこと言い忘れていました」

「ん? 俺が伝言しようか? プライベートなことでなければ」

「じゃあ、お願いします。拠点長からの言伝なんですけど、遺書を忘れないようにと」

「なんだ、そんなことか」


 慌てて呼び止めた割には大したことのない伝言に、アマミチはコートの内ポケットに手を突っ込んで高価な紙製の封筒を取り出す。


「常備してるさ、互いのを交換してな」

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