五章③
「全員! 何としてもアマミチと異邦人を殺せ!」
片腕を失い冷たい大地に転がる事になってもなお、ノブナリは将であった。
ミカミ・アマミチ=トライは最早ガードでもなければ、エゾの地で暮らす民でもない。ハルと言う妄想に囚われ、異邦人の言葉を信じる反逆者だ。ならば、失敗も敗退も許されないガードにとって、アマミチは排除すべき障害だ。
しかもファーストガードであるノブナリを歯牙にもかけない剣の冴えを持った生粋の武士でもある。それは即ち、アマミチに勝てる可能性がある人間がこのエゾに二〇人も存在しない事を意味しているに他ならない。
一体、反逆者となったアマミチが何を為すかはわからないが、この男が仮に悪意を持ってエゾと敵対した場合、止められる人間がどれだけいるか。公にはなっていないが、“当代最強”と呼ばれるガードでさえアマミチの槍の前に伏している。
まともにこの男を狩ろうと思えば、どれだけの人員が必要になるだろうか? ならば、この場、この時、この瞬間、あの異邦人の少女イズミを庇いながら戦わざるを得ないこの状況は、反逆者アマミチに対して僅かでも勝機がある瞬間であるかもしれない。
「いいか! 例え刺し違えたとしても、止めろ! 出し惜しみをするな! 躊躇するな!殺す気でやれ! 相手は時期“当代最強”筆頭だぞ!」
だからこそ、ノブナリは叫び、ヒトゥシやシーへ、そしてアサヒのガード達が素早く応えた。小さな頃から知っているだとか、同僚であるとか、金を借りているとか、友人であるとか、そう言った私情を一切捨て、ただエゾの統治に逆らう逆賊を討たんと一〇人がそれぞれに得物を握り締めてアマミチと対峙する。
誰も彼もが一流と呼んでいい腕のガード達であり、事実このトムラウシ山にいたリベリオン達の全てをたった一〇人と少しの人間で制圧した圧倒的な猛者である。
ただ逃げるだけでも難しいその面子の顔を、アマミチは右から左に順に確かめ、口元にうっすらと笑みを浮かべながら訊ねた。
「なあ、先輩方。俺が模擬戦でたった一度でも不覚を取った事があったか?」
いや、それは質問の形を取った勝利宣言であったか。
まるで引く様子をみせずに、アマミチは剣を構える。
何度見ても、異様な雰囲気を持ったバスタードソードであった。歴史を紐解いて比肩する物のない巨大なフロギストン鉱。火焔よりも眩しいエゾには存在しない色。荒々しくも静謐さを感じさせる芸術的なその姿。ただの武器と呼ぶには、あまりにも神々しく、“ガラティーン”と言うエゾにはない発音の銘は何処か禍々しい。
ノブナリの腕を容易く切り飛ばしたその斬れ味は今更語るでもなく、二つ名である“死色の十字”にも語られる十文字槍でなくともアマミチの戦闘能力に衰えがない事は明白。
例え一対一〇であろうとも、ノブナリを欠いたこのメンバーでは勝機は薄いと誰もが感じていた。
だが、やらねばならない。
遊びに来たわけではなく、彼等は殺しに来たのだから。
「うおおおおお!」「でやぁああああ!」
アマミチの勝利宣言に対するガードの返事は熱烈なる咆哮だった。
同時に繰り出されるのは、大剣と刺突剣による連撃。左右から微妙にタイミングをずらして襲いかかるコンビネーション。長い訓練の末に獲得したであろう二人の合わさった呼吸はセカンドガードとしては文句のない鋭さを備えて放たれ――それ故にアマミチには通用しない。
ガードがその訓練プログラムで学ぶ基礎的な戦闘方法等、アマミチは一〇年も前に通過している。大剣はバスタードソードの腹で受け流し、レイピアに至っては左手の人差指と中指で挟んで捕まえ、その力をいなす。突撃の勢いを完全に掴まれた二人の先輩ガードはアマミチが僅かに腕を捻るだけで、足をもつらせてバランスを失ってしまう。
が、そこまではガード達にとっても了承済みの決定事項。ファーストガードであり、戦斧と名高いノブナリの武が通じなかった時点で二人のセカンドガードの攻撃が当たるとは思っていない。
「本命は矢だろ?」
「はっ!」「っち!」
二人の間隙を縫うように弓と弩の矢が放たれる。熟練の射手が放った弓矢は大きく弧を描きながら、強力な機械弓は真っ直ぐにアマミチを狙う。
「十年遅い」
思考よりも早く、アマミチはバランスを崩す大剣使いノリトが持つその大剣を下から蹴り上げ、それを盾に弩の矢を防ぎ、遠まわしにイズミを狙った弓矢をバスタードソードで払い落す。
「次は導術による撹乱攻撃」
予定調和の様に呟き、アマミチはレイピアのガードの顎を左手で遠慮なしに殴りつけて意識を奪い取りながら右手の燃えあがるようなバスタードソードに祈りを込める。視界の奥では三人がかりで産み出された火炎の矢が大凡三〇。アマミチとイズミを同時に狙う事で動きを制限し、その隙をついて更に強力な導術で一気に片を付けると言う企みだろうか?
確かに、それはアマミチには有効な戦術だろう。導術も苦手ではないとは言え、本職が三人がかりで祈りあげた火炎を全て無力化するのは流石に無理だ。
――今までのアマミチであれば、と注釈が必要となってしまうが。
「頼むぜ、ガラティーン」
現在、アマミチが構えるバスタードソードは、偽りなく完全フロギストン鉱製である。火炎が如く燃えあがる色彩は通常のフロギストン鉱よりも遥かに高い密度を誇っており、この場の全てのフロギストン鉱はおろか、山にある全てのフロギストンをかき集めたとしても、ガラティーンが保有するフロギストン総量の足元にも及ばない。
そして、より多くフロギストンを扱える者が、このエゾを支配する。それが道理だ。
「汝の来るべき所へ帰れ」
アマミチの声に呼応するように、僅かにガラティーンが発光する。祈りを受けた純粋なフロギストン鉱がその祈りに応え、周囲のフロギストンへと呼び掛ける――邪魔だ、と。
逆らう事の出来ぬ自然の秩序に従い、導術達が産み出した火球の群れはその場で停止すると、自身を産み出した導術師の元へと高速で返って行く。
「っく!」
「嘘でしょ!?」
想像だにしていなかった反撃に成す術もなく、爆発音の後に後衛陣から悲鳴があがる。
唯一の弱点であった導術に対する耐性を獲得したアマミチに隙はない。
立つ者も倒れた者も、その圧倒的な強さに絶望を覚え、攻撃の手が緩む。
「馬鹿共が!」
格上相手に『見』に回る愚を、ノブナリが叫ぶ。ただでさえ技量と速さで負けている戦場だ。勝ち筋があるとすれば攻めて攻めて攻め続ける以外の道はない。強者相手に一度でも隙を見せれば、そこから食い破られて瓦解するのは個人戦でも集団戦でも変わりはない。
実際、そうなった。ノブナリが怪我を押して立ち上がるまでの間に、ほぼ全てのガード達はその意識を刈り取られて、その場に落ちた。
「アマミチィ!」
「悪いな、ノブナリ。俺の方が今は強い」
両手を広げ、イズミを背後にアマミチが悲しそうに嗤う。
「っく!」
片手を失って、ノブナリはようやくアマミチの強さを知った。元々、アマミチの強さは理解していたはずだが、過大評価していた想定ですら過小評価だった。
勝ち目があるとすれば――
「で? ナナセイ。お前はどうする?」
――ツクヨ・ナナセイ=ドゥースがアマミチを真剣に殺しにかかった時のみだろう。彼女はアサヒ氷川拠点で最もファーストガードに最も近いセカンドガードであり、アマミチの驚異的な戦闘能力に唯一追随する事が出来るガードでもあった。
無論、近接格闘では敵う道理はないが、ナナセイの導術はアマミチとガラティーンを持ってしても脅威であろう。
そして何よりも、アマミチの事を最も知っているのはナナセイだ。初めて会ってから一〇年近く、彼女は槍を振うアマミチの背中を見て走り続けて来た。行動や思考パターン、本人も気が付いていないような小さな癖、アマミチ本人でない分、ナナセイはよりアマミチを理解しているとも言える。
「私が、『どうする』?」
「ああ。俺と来ないか? ナナセイ」
問題があるとすれば、アマミチに親し過ぎると言う事。情を挟むなと言うのは無理な話であり、その人間らしさが判断を誤るかもしれない。最悪、アマミチ側に付く可能性もありえなくない。
アマミチとナナセイのコンビがエゾの敵に回ったのなら、例えノブナリが十全であったとしても手も足も出ずにこの場のバスター達は全滅するだろう。それ程に二人の戦闘能力は脅威だ。
ノブナリは祈る神も持たないのに祈る。説得でも殺害でも良い、ナナセイがアマミチを止めてくれることを。
「お前には話しただろう? “アレ”はある。イズミと話して確信した。見ろよ、この剣。そっくりなんだ。まあ、本当は“タイヨウ”って言うみたいだが、名前なんてどうでも良い」
油断なくバスタードソードを構えたまま、アマミチは“テントウ”そっくりそれを顎で指さす。
「テントウを模した剣。ガラティーン。な? “ハル”がなきゃ、そんなもんが何処で造られるって言うんだ? あるんだよ、雪解けの場所は」
「妄言は止めなさい。アマミチ、まだ間に合うわ。貴方はその子供に騙されているのよ。だから、ね? その子を斬って」
迷いのないアマミチの言葉に対して、ナナセイは聞き分けのない子共に言い聞かせるように言告げる。
「貴方は私が知る最高のガードなんだから。そうでしょう? アマミチ、一時の気の迷いで幸せを棒に振る気?」
「最高のガード、か」
ナナセイの言葉を口の中で転がす様に呟き、アマミチは剣を下ろした。
「アマミチ!」
自分の言葉が通じたのだと、ナナセイは顔を上げていつものシニカルな笑顔とは違う笑みを顔に浮かべ、
「ナナセイ、俺は今、ようやく、息をしている気がするんだ。だから、それを邪魔するなら、例えお前だろうとも斬る」
「――え?」
「お前と一緒に仕事をするのは楽しかったよ、ナナセイ。多分――初恋の人」
アマミチの左脚が地面を蹴り、雑種剣が唸り声と共に絶望するナナセイへと振り下ろされ――るよりも早く、ナナセイの膝がその場で崩れる方が早かった。
「え?」
思わず、アマミチの口からも困惑の声が漏れる。凄まじい反撃を予想してはいたが、こう言ったパターンは予想外だ。ガラティーンは虚しく空を斬り、倒れたナナセイの首元で止まる。
「気絶?」
呼吸はしているが、寝ているようにナナセイは動く気配がない。どうやら、アマミチと敵対した、その事実だけでナナセイの心を殺すには十分であったようだ。
「なんか、最後は締まらないけど、どうする? ノブナリ。まだ俺と戦うか?」
最後にして最強の障害の排除に成功し、アマミチはノブナリに訊ねる。
「貴様と異邦人は必ず殺す」
「ああ。あんたはそれで良いよ。俺にも命を賭ける理由があるんだ」




