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ハルを探しに ~エゾの造反者アマミチと異邦人~  作者: 安藤ナツ


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四章②

「……痛てて」


 うっすらと光る空気の中、アマミチは上体を起こしながら呟いた。何か奇妙な夢を見ていた気がしたが、思い出そうとするとそれは逃げるように記憶から抜けて行ってしまい、やはりただ不可思議な夢だったとしか思い出せない。

 何やら、重要な夢だった気もするが、他愛もない夢だったとも思う。アマミチは寝ぼけた頭で暫く悩んだが、夢での出来事を一々覚えていても仕方がないとかぶりを振って、夢に対する考えを中止する。

 それよりも重要なのは、自分の置かれた状況だと、周囲を見渡す。目の前に映るのは、冷たい表情をした凹凸の激しい壁。フロギストンが少量含まれている土の壁は、アマミチの無意識に反応して微かに灯りと温度を放っていた。膝を曲げなければならない高さにある天井も壁と同じように人の手が加えられた様子がなく、人間の頭蓋骨のように不気味に見えた。起き上がったアマミチの後ろには何処かに続く道もあることから、どうやら洞窟らしい。

 しかし、こんな洞窟に入っている原因も理由がハッキリせず、アマミチは首を傾げる。


「何処だ? 此処?」


 頭をぶつけないように慎重に立ち上がり、手足を軽く動かして身体の調子を確かめながら、記憶を辿る。武芸者として、自分がどう戦い、どう生き抜き、どう殺したのかを忘れぬように努めていたアマミチにとって、それは容易だった。

 リベリオンと異邦人を排除する為に、流通用の拠点と倉庫として機能しているトムラウシ山を訪れ、そこでいつも通りにアマミチは槍を振るい、屍の山を築き、自らを血に染めた。いつもと違ったのは、その少し後。無謀とも言える大型のクリーチャー投入によって起こった二連戦。その最後の最後に、アマミチは油断をしてしまった。息の根を止めたと思い込み、手痛い反撃を許してしまったのだ。せめて、槍だけでも持って入れば、あの程度は防げたのにと、反省する。

 しかしその後のこととさっぱりと思い出せない。一番有り得そうな『大怪我を負った為、仲間の判断で寝かされていた』と言う可能性も、見張りがいない時点で有り得ない。そもそも、服やズボンこそボロボロだが、身体には不思議なことに怪我が一つもない。多少頭が重たいが完全に健康体だと断言できた。


「まさか、俺は死んだんじゃあないだろうな?」だとしたら、死後にハルに行けると言うのは嘘らしい。あるのは、零下の温度と冷たい壁だけなのだから。「死んだことはないからな。確認の使用がないか……」


 かぶりを振って、下らない考えを振り払う。続いて、ズボンのポケットから指輪を取り出し、それを右手の人差し指に嵌める。丸く加工されたフロギストン鉱が付いた骨製のリングは、いつだったかの誕生日にナナセイから送られた物であった。元々は、彼女が子供の頃から持っていた石であるらしい。

 心細くなって取り出した、と言うわけではない。必要があって取り出したのだ。

 エゾに住む人間は例え赤ん坊であろうと、無意識の内に周囲や、呼吸によって取り入れたフロギストンに働きかけて自身の温度を保っている。が、それはあくまでも平常時での事であり、極端に寒い場所ではその効率は落ち、感応力の低い人間は簡単に凍死してしまう。それを防ぐのが、フロギストンの固体であるフロギストン鉱である。この白銀の塊はフロギストンへ強く働きかける力を持ち、エゾの人間であれば必ず一つ二つの小さなフロギストン鉱を持ち歩くのが常識だ。

 普段肌身離さず十文字槍や短刀を持ち歩いているアマミチも、その例外ではない。まあ、アマミチのフロギストン感応力はトライと決して低くないので、氷の海にでも落ちない限り凍死の心配などまずないのだが。

 それでも一応指輪を嵌め、アマミチは周囲の温度と明るさを調整し、改めて天井を見上げた。天然の洞窟だとは思うが、一体ここは何処なのだろう? 考えることはやはり、その疑問に戻ってしまった。

と。


「……天井?」


 激しい頭痛と同時に、アマミチの脳裏に新たな記憶が浮かび上がる。


「何で、天井が有るんだ?」


 痛みに右の瞼が自然と下がり、右手で痛みを握りつぶすように顔の半分を隠す。


「俺は、あの大穴に落ちたんじゃあなかったのか?」


 何故、ここに俺はいるのか。先程と変わらぬ疑問が、全く違った重みを持ってアマミチにのしかかる。

 あの時、半ば死神に魂を持って行かれながらも闘争心を失わなかったグラウンドワイバーンの尾によって、アマミチの身体は確かに中央倉庫にあった不気味に開いた穴に落ちた。意識が暗転する間際に、それを確かに見た。何と見えない奇妙な感覚に、アマミチは冷や汗を額に浮かべる。心臓の鼓動が嫌に早くなり、唾を呑み込む音が不気味な程大きく聞こえた。


「面白くなって来たね、まったく」


 舌打ちをした後に強がりを言って、アマミチは大きく息を吸い、ゆっくりと肺の中身を全て吐き出した。たった一度の深呼吸で、アマミチは普段の精神状態を取り戻す。呼吸とは、ある意味生きると言うことその物である。誰もが行う当然の動作でありながら、それを完全に行うのは難しい。武芸百般を自負するアマミチではあるが、最も体得が難しかったのが、この呼吸法であった。

 が、その呼吸を自分の物にした時、武の更に一歩先へと踏み込む事が出来た。

 さて。冷静になった頭で、これから取るべき行動を考える。目が覚めたら見覚えのない場所にいたことですっかり混乱していたが、真っ先にすべき事は一つしかない。部隊にはぐれてしまったのだから、合流すればいいだけの話だ。幸い、何処に繋がっているのかはわからないが、道は残されている。


「行き止まりから始まるのか。これは、進んでるのか? 戻ってるのか?」


 槍がないのが少し寂しいなと、人一人が通ることが丁度できそうな道へと足を向ける。所々にフロギストン石が突きだしているのが見え、ボロボロになった衣服から覗く素肌を傷つけないように、アマミチは慎重に進んでいく。

 道は緩やかに登りになっていて、分かれ道も横道もなくひたすら真っ直ぐ伸びていて、その何処にも人や獣が通った後がない。ひょっとしたらクリーチャーの巣穴かとも考えていたが、その線もなさそうだ。

 ただ、フロギストン石の多さは気になった。フロギストン石が何なのかは未だに解明されてはいないが、基本的にそれらは雪の下の大地や、山の中から採掘される。その大きさはまちまちではあるが、拳サイズを超える者は珍しく、アマミチやノブナリが持っているような武器として使える大きさの物は滅多に出土しない。

 しかしこの洞窟には、見える部分だけでアマミチの頭部よりも大きな物がもう幾つもあった。ここを採掘場にすれば、エゾの生活レベルは格段に上昇するだろう。フロギストンの明かりを利用した野菜や家畜の人工育成は言うに及ばず、村一つを暖めることも容易だろうし、感応力の低い者でも簡単に暖を取れる。ガードの武器に加工すれば、クリーチャーや山賊達との戦闘も楽になるだろう。塊を一つでも持って帰れば、恐らく一カ月の食事代位にはなるが、掘り起こす手段も、持って歩く術も持たないので、諦めるより他ない。

 大穴に落ちた筈が、謎の洞窟。しかも異常なまでのフロギストン石の数。傾斜のきつい坂を、手も膝も付きながら登りながら、アマミチの頭は『何処』と言う自問を再び開始するのだが、その答えはどれだけ考えても出てこない。

 悶々としながら長い坂をどうにか踏破すると、そこは最初の地点よりも遥かに開けた場所だった。アマミチの感覚で言えば、『槍で演武ができるような広さ』と言った所だろう。今までの道程の例に漏れず、巨大なフロギストン石が壁や天井から生え出していて、まるで宝物庫のように光に埋め尽くされていた。この空間であれば、例えシーンの人間でさえ、ナナセイと同程度の導術をなんなく出せる。そんな規模のフロギストンが大気に満ちていて、鉱山と言うよりは最早聖域と呼べるなとアマミチは呟く。昔はこう言う場所を指してハルと呼んだのかもしれない。

 そして聖域の中心には、この偉大な空間に相応しいフロギストン石で造られた一振りの剣が地面に突き刺さっていた。地面に深くめり込んだその刀身の幅と、柄の長さからそれは標準的なバスタードソードに見えたが、アマミチはそれを一目で刀だとは思えなかった。


「なんて色なんだ? これは?」


 まずその色。通常のフロギストン鉱の白銀とは違う、語彙にない眩しい色をした剣に、アマミチは畏敬の念を持って近寄って行く。見たことのない色は、強いて言えば愛用の十文字槍の柄の色に近い。ドラゴンの骨を加工し、特殊な樹脂でコーティングした『死色』こと朱色、無理矢理に説明するならその色が近いだろう。しかし同じ色と呼ぶには、見の色は薄すぎる。しかしそこに安っぽさはなく、カテゴライズできない奇抜な色は妙に貴く感じられる。

 そして、妙な既視感がある色でもあった。ついさっき見た気もするし、遥か昔の思い出だったようにも思える。

 そして奇妙な色に目が慣れると、その造りに目が行った。一切の直線がないのだ。武器と言うよりは工芸品のように美しい。緩やかな曲線を重ね合せて造られた雑種剣の形は、焔と言う存在を、剣と言う形に押し込むことに成功したかのようだ。

 恐る恐る、アマミチは燃えるようなバスタードソードに手を伸ばす。円柱のようなその柄も波打つように造られていて、それは握り締めると手の中にピタリと納まった。実によく馴染む柄のデザインに感心しながら、アマミチは一気にそれを引き抜く。大して深く刺さっていなかった刃は、あっさりと地面から抜けた。

 刀身は長すぎず短すぎずと言った所で、片手でも両手でも扱うことのできる『バスタードソード』の標準であった。アマミチはまず右手で何度か空を切ってみせる。風を切る音に合わせて足を運び、見えぬ敵を切り裂くように振り抜く。途中からそれは両手での演武となっていた。流石は武芸百般と言った所か、槍とは随分と勝手が違うはずだが、その扱いに雑な所がない。


「なかなかどうして、業物だな。こりゃ」


 一通り雑種剣を振り終えた後、アマミチはそう評した。槍と比べると、リーチでは劣るが、片手でも両手でも扱いやすいのは、不安定な場所で戦うガードには有難い。重さも身体にしっくりと来て、オーダーメイトされた十文字槍と比べても劣らない程に馴染む。

 そして柄から切っ先、鍔に施された放射状に広がる八本の突起まで、その全てがフロギストン石製だと言うのも驚きだった。フロギストン石同士は決して癒着しないことを考えれば、このバスタードソードの重量が一塊のフロギストン石と言うことになる。これは間違いなく、歴史上でも例を見ない大きさと言えるだろう。

 バスタードソードの大きさが自然の産んだ奇跡だとすれば、美しい曲線が重なり合った造形は人知の奇蹟だろう。ここまで美しい物を、アマミチは見たことがない。フロギストンの着色技術など、聴いたことすらない物だ。


「一体、誰がこんなもんを造ったんだ? しかも意味深にこんな場所に突き刺しやがって。明らかに武器の保存方法として間違ってるだろ」


 結局、謎を増やすだけ増やしてくれた雑種剣を眺め、面倒臭そうに呟く。目が覚めてから、一度足りとも納得の行く答えにぶち当たらない。おまけに、むしろこちらがメインな気もするが、この道はここで終わりらしい。上って来た坂以外の道はなく、フロギストンの暖かな光が残酷にも絶望を教えてくれた。

 しかし剣と言う明確な人工物が有る限り、どこかに抜け道がなくてはならない。


「……抜け道か。ここが、リベリオンの秘密の通路って言うのはどうだ?」


 可能性の一つとして、アマミチが独り言する。

 リベリオンは二十年前から存在し、異邦人と言う超常の存在を味方にしていた経歴を持ったテロリストだ。武器や資金源となるフロギストン石の鉱山を、中央府の統治者達に黙って持っていてもおかしくはない。

 そして異邦人の技術であれば、巨大なフロギストン石を美しく、尚且つ実用的に変えることなど容易ではないのだろうか? 拳銃の矢は、フロギストンを砕くとすら言うのだ、これも別段無理がある考えには思えない。

 しかしリベリオンの理念を思えば、その考えは少々的を外している。

 彼等の目標は、フロギストン感応力の支配からの脱出である。その為にフロギストンを使うと言うのは、本末転倒だ。潜伏期間中に、組織としての理念が変わっている可能性もあるだろうから、完全に否定することも難しいが、この場所とリベリオンの関係は薄いと言わざるを得ない。

 ここまで来ると、謎が謎を呼ぶと言うか、謎と言う名前の泥沼に嵌った気分だ。困ったように雑種剣に視線を寄越す。その色と形は、やはり見覚えがあるなと、現実から目を背けるように目を閉じる。


「あーあ。夢なら醒めてくれよ」


 剣の姿形が瞼の裏から消え去る前に、溜め息と同時に瞼を上げる。

 すると、数秒ぶりに機能した網膜が映し出したのは、自分の手すら見ることが叶わない暗闇だった。その死と同義の漆黒の混沌に、アマミチは夢で見た光景を思い出す。自らが焼かれ死んだ忌々しい夢を。

 ただ、今回は闇に命を奪われる心配は必要なさそうだ。黒く塗り潰された世界の奥に、光り輝くテントウが揺れているのだから。闇と光ならばどちらがより優しかったかも思い出し、アマミチは心の底から嫌そうな顔をする。

 そんな心情を知ってか知らずか、焔は激しく燃えているのに、周囲を照らすこともなく、ただ自分の為だけに燃えながらアマミチに近寄って来た。まともに見ることもできないその輝きに、バスタードソードの色も似たような意図だったなと、既視感の正体に気が付いた。あの雑種剣は、テントウの子供だろうか? そう考えると、何故か目の前のテントウに対する恐怖が薄れ、真っ直ぐにそれを見つめることができた。すると光が弱まったわけでもないのに、目に刺さる光の痛みが霧散した。目の前には、微笑のように輝くテントウだけ。


『汝は、選ばれた』


以前も訊いた、厳かな声が闇の中に響き渡る。


『小さき友よ。太陽の騎士よ。我が主よ。ガウェインよ。我が名を呼ぶがいい』


 その声に触れただけで、周囲の暗黒が薄まり、死の気配が薄くなっていく。代わりに世界は光に埋め尽くされる。


『まだ、我に至る時節ではないか』


 ただひたすらに、頭に直接響く謎の声に、ただ翻弄されるだけだった。


『時が来たら、我が名を呼ぶがいい。友よ、騎士よ、我が主よ』


 少しだけ寂しそうに始まり、そしてそれ以上の期待を持ってそれだけを言うと、テントウの歪みのない丸い輪郭が徐々に小さくなっていった。薄まっていた闇が再び濃くなり、死が周囲を支配し始める。それに伴い、アマミチの意識は急速に遠くなっていく。視界と同じように、記憶が黒く塗りつぶされてしまう。しかし不思議と恐怖はなかった。単純に感情まで奪われたのかもしれないし、右手にテントウを握っていることを思い出し、こういう死に方も悪くないと思った。


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