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ハルを探しに ~エゾの造反者アマミチと異邦人~  作者: 安藤ナツ


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三章②

 先程までの戦闘行為が嘘のように、メイン倉庫は痛いほどの静寂に包まれていた。全てが氷のように凍てつき、世界が終ったと言われたら信じてしまいそうだった。その終わってしまった世界の中心には、呆然としりもちをついたままのツクヨ・ナナセイ=ドゥース。彼女がそうやって腰をおろしてしまってから、周囲の時は止まったままだ。

 ナナセイの目の前には巨大なグラウンドワイバーンの死体が有り、その傍には新年へと直通している大穴に、朱色の柄をした十文字の槍。他にも何か言いたそうな先輩の顔が幾つか映ってはいたが、今のナナセイには関係のない物だった。


「アマミチ」


 暫く経って、少しだけ時が刻まれた。ナナセイの口から抑揚なく零れ落ちたのは、相棒の名前。

 二人の関係は多少のブランクが有るとは言え、養成所でペアを組んで以来、十年を超えている。実家との折り合いが悪く、家出同然でガードの養成所に入ったナナセイに取って、アマミチはかけがえのないパートナーだった。

 風のように走り、逞しい身体で繰り出す槍術や体術は憧れであり、アマミチがいたからこそ、ナナセイは今のナナセイになりえた。そんなアマミチがいなくなるなんて、雲がなくなることよりも想像をしたことがなかった。言ってみれば、それは信仰にも似ている。『強さ』の言葉の具現や象徴と言ったような絶対的な存在だった。

 しかしもうナナセイの前に立ち、槍を構えるアマミチはもう何処にもいない。幾多の敵を屠って来た槍はいつもよりはるかに小さく見え、その持主は手の届かない闇の底へと消え影もない。

 グラウンドワイバーンの不意を突いた攻撃に対応できず、アマミチは奈落へと続く死神の口の中に落ちて行ってしまったのだ。否。『不意打ち』なんて物をアマミチが喰らうはずもない。それはナナセイだけでなく、彼を知る人間ならば誰もがそう言うであろう事実だ。

先の一撃は、アマミチならば避けられて当然の攻撃だった。メイン倉庫で一部始終を見ていたガード達はそう共通の認識を持っていた。

 では何故、死色の十字とまで恐れられた修羅があの程度の攻撃を喰らってしまったのか。


「私のせいだ」


 答えは明確で、ナナセイがそれを静かに口にした。アマミチに聴かせたことのない、首を絞められたウサギのような声だった。不用意にアマミチに抱き着いた自分の愚かさを思い出して、気が強そうなツリ目から涙がこぼれる。

 しかしそれも束の間。


「ああああ!」


 子供のように叫び声を上げると、ナナセイは腰のナイフを手に取った。同時に、グラウンドワイバーンの右の瞳が爆ぜた。剣術で言う所の『居合』にも似た神速の一撃は、静まり返ったメイン倉庫には良く響いた。


「ちょっと? ナナセイ?」


 先輩の一人が声をかけるが、ナナセイの返事はない。その間にも、意識を失い、導術による防御ができなくなった大蜥蜴の身体が千切られるように吹き飛んでいく。血飛沫が舞い、鱗が飛び散り、ナナセイの顔が汚れた。

 その様子はどう見ても異常で、止めようと女性のガードが近寄ろうとするが、


「ローラ、そっとしとけよ。俺達でも厳しいんだ。ナナセイはもっと辛い」


 大剣を担いだ恰幅の良い男が、諦めたようにぼやきそれを止めた。続くように、


「ま、ノリトの言う通りだね。僕も正直キツイ物があるよね、あれは」


 弓の本数を数えるふりをしながら、リオウが首を横に振る。三十を過ぎた男二人は殆ど泣きそうな表情をしていた。制服に身を包んだ瞬間、それが死に装束だと言うことを誰もが覚悟していた筈なのに。アマミチの死は、大きな喪失感を産み、ナナセイの導術の音だけが何度も反響した。


「え? 聴こえません。うっ、俺が行くんですか? ったく、おい! 何の騒ぎだ!」


 その爆発音に打ち勝とうと、男がトーンの高い声で叫ぶ。声のするメイン倉庫の南側の入口では、両手を頭の上で振って自己アピールをするヒトゥシと、その様子を見て笑うノブナリの姿が有った。シーへは更にその後ろで呆れている。

 最初は空気が爆ぜる音に吹き飛ばされたヒトゥシの声だったが、ノブナリに尻を蹴られる度に声量が上がって行く。最終的に爆心地であるナナセイの耳にもその声が届き、「八つ当たりタイムも終了か」と恐ろしいほど冷静な声で囁き、ナイフをサヤに戻した。全員が取り敢えずナナセイの横に並んでノブナリの到着を待つ。

 倉庫の中はすっと静かになったが、度重なる爆発によって全員は耳鳴りを起こしていた。


「楽な戦いだからと言って! そうやって導術の無駄使いをして遊んではダメです!」


 そんな中、ヒトゥシの叫びが聞こえ、「やかましいわ、ボケ」とノブナリがその頭をハルバートの石突きで小突いた。コントをしながら、中央府のガードはゆっくりとアサヒのバスター達に近寄って行く。


「待たせたな。アサヒのガード達」顔が完全になくなってしまったグラウンドワイバーンの腕に腰を下ろすノブナリ。ハルバートを肩に担ぎ、周囲を改めて見渡して驚きを口にする。「様子を見るに、随分と暴れたようだな。中から大型のクリーチャーが三体……よくもまあ、勝てたもんだな」


 ノブナリの言葉に、この中に勝者はいないとアサヒのガード達が顔を暗くする。この戦いの立役者である人間が闇に消えてしまったのだから。


「あれ? 俺が褒めてるんだから喜べよお前ら」


 反応の薄い今回限りの部下の顔を眺めて、ノブナリがつまらなそうに頬杖をつく。そしてすぐに異変に気が付いた。口と瞼を大きく開けて身体を捻って前後左右の確認を念入りにした後に呟く。「アマミチの野郎はどうした?」

 問いに、倉庫の空気が凍りつく。その質問に答えるには、今まで誰も口にしていなかった言葉を吐き出さなくてはならない。アサヒのガードは互いに視線を交わし、認めたくない現実に向き合った。


「私を庇って、あの大穴に落ちて行きました」


 答えたのはナナセイ。ノブナリに一番近い個所にいた彼女が感情を殺して答えた。


「それで? アマミチは?」


 そんなナナセイにノブナリがわかり切ったことを訊ねた。ナナセイは何度も口を開閉して言い淀んだ。他の誰かが代わりに答えようとすると、それを制止するように「死んだわ」と短く吐き捨てた。


「私のせいで、アマミチは死んだ」


 受け止めきれない現実に、倉庫内が何度目かの静寂に包まれる。しかしそれも一瞬。


「あいつが簡単に死ぬわけがないだろ?」


 大袈裟に噴き出したノブナリの言葉が軽々と重苦しい空気を壊した。大口を開けて哄笑し、膝を叩いてその言葉に喜ぶ。


「お前等、あいつの何を見て来た? この程度の修羅場で死ぬくらいなら、とっくの昔にアキラの野郎に殺されているさ」


 悲痛な表情をするアサヒの面々を前に、ノブナリが「面白い冗談だ」と笑う。


「いや、ノブナリ様。こっから落ちたら確実に絶対に間違いなく死にますって」


 それが冗談じゃあないことを読み取ったヒトゥシがツッコミを入れる。どれだけアマミチを信頼しているか知らないが、通夜のような空気を目の前にしてよくもそんなことが言える物だ。

 しかしノブナリも頑固と言うか、「アマミチが死ぬなんて、雪が止むより考えづらい」と譲らない。その口調は何処までも冷静で、感情によって否定したのではなく、理性によって否定したのだとわかる落ち着きようだ。

 その信頼は本来であれば美しかったり素晴らしかったりするのだろうが、実際にアマミチが墜ちていった瞬間を目撃したナナセイ達には、ノブナリの言葉の一つ一つが、呆然と見殺しにした自分達の無力を嘲笑っているようにも聞こえた。

 八つ当たりだと思いながらも、ナナセイはその言葉に明らかな嫌悪を示す。

 眉根を寄せて歯を食いしばるナナセイの表情とは対照に、ノブナリは愉しそうに笑う。顎鬚を撫で、口の端を片方だけ上げるその笑い方は、アマミチが彼を嫌っていた理由が良く分かるものだった。

 それ以上互いに何も言うことはないと、二人の会話が途切れるが、今度は静寂とはならない。怒気を膨らませるナナセイと、皮肉気に笑うノブナリとの一触即発の睨み合いが、重々しい雰囲気を生み出し、確かに大気をざわつかせている。感情の高ぶりによってフロギストンが集まりだし、それが風を生んでいるのだ。


「ノブナリ様。お戯れもそれまでにしてください」


 文字通りの意味に爆発寸前であったノブナリとナナセイの間に入って来たのは、最年長者であるシーへ。うっすらと疲れの見える顔で、老術師はしわがれた声で世話のかかる自分の弟子の肩を背中から掴む。


「ナナセイさんも、アサヒのガードも、申し訳ありませんね。この馬鹿弟子に代わって私が謝りましょう」

「誰が馬鹿だ、じーさん。アマミチを探しにも出かけず、こんなところでウジウジしてる奴の方が馬鹿だっつーの」

「貴方ですよ。ノブナリ様」かけらも敬意の籠っていない様付けに、ヒトゥシが笑いを堪える。「さっさとアマミチ君が生きていると教えてあげれば、無意味に空気が悪くなることは有りませんでした」


 本当に、貴方はいつまでたっても子供です。と、呆れて付け足したが、ナナセイ達はその言葉が耳に入らない。マミチが生きていると言う言葉に、ノブナリとシーへ以外の人間は驚愕を顔に出し、それどころではないと言葉の続きを待つことしかできなかった。


「ナナセイさんならできると思いますが、地下のフロギストンの偏りを探って下さい。アマミチ君の反応があるでしょう?」


 言われた通り、ナナセイが目を閉じて深く息を吐き出す。他のガード達は、その様子を黙って見守る。「……本当だ」と呟くまでにさして時間はかからなかった。


「ノブナリ様は普通の導術だけはからっきしですけど、探索だけは得意なんですよ」

「だけって言うな」子供のように唇を尖らせるノブナリ。「兎にも角にも、お前ら、やる気は出たか?」


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