19.アントニスの悲劇
リゲルとアルファルドが戻ってきたのは、パーティーが終盤のころだった。
「アントニス殿に勝ってきたよ」
リゲルは嬉しそうに俺たちに向かって駆け寄ってくる。
「これで俺がアルを守る。護衛」
アルファルドも満足げに頷く。
「あれは無効です!」
俺は叫んだ。
「え?」
「何が?」
二人はきょとんと首を傾げた。
嗚呼、もうコイツら、揃いも揃って同じ反応しやがって。
やっぱり仲良しだろ!
何がじゃねえよ。
お前たちのやってたことは全部見ていたんだからな。
「確かに……ちょっと見ていたけど、二人とも狡いよね」
俺の代わりにレグルスが頷きながらそう言った。
「そう、レグルス様の言う通りです。いくらアントニスとはいえ、ズルを重ねた上に、リゲルとアルファルドの二人を相手に勝てるはずがないでしょう」
俺は二人をきっと睨みつけた。
コイツら二人は、アントニスのところに向かうと、勝負を挑んだのだ。
そこまではよかった。
しかし、アントニスは酒を飲んでいた。
というか、無理矢理、リゲルたちに飲まされていた。
侯爵令息と伯爵令息の勧める酒を断れるほどアントニスの意思は強くなかった。
それに、アントニスは美味しいものが好きだし、お酒自体、お母様やお父様もアントニスに飲んでいいと許可していたものだから勧められるままに飲んだのだ。
そう。
そこから、アントスには二人と戦う羽目になったのだ。
アントニスだって貴族の子どもたちの遊びに付き合ってやるくらいの気持ちだったに違いない。
二人は、アントニスにはその勝負が俺の護衛という役目を掛けてのものだということも、二人がかりで行くということも知らせなかった。
結果、アントニスは見事に酒がまわってヘロヘロになっている上に、油断しているところを二人がかりで転ばされ、木剣で殴られたのだった。
あれを勝利と呼べるのか。
どう考えても狡すぎるだろう。
「護衛というのはいつ狙われるか分からないものなんだ。油断していたアントニス殿が悪い」
「それに相手が複数人であることを視野に入れるべき」
「もしも、俺たちよりも強い相手が複数人でやって来る可能性もあるよ」
「同感」
二人は顔を見合わせて頷きあう。
アントニスを倒したときといい、今の言い訳といい、息の合った行動。
コイツら、ビジネス不仲なんじゃないのか?
実際は仲がいいのを隠しているんじゃないのか?
いや、何に向けてのビジネスなのか分からないけどさ。
「とにかく、倒すなら正々堂々とやらないと意味がありません」
俺はため息を吐いた。
二人ははっとした顔をしてから顔を見合わせた。
「今、認めたよね」
「俺も聞いた」
「あれは正々堂々とやって勝てば護衛になれるということだよね」
「そういうことになる」
「なりません! なりませんから! いいようにとらないでください」
俺は慌てて首を横に振った。
二人はきょとんとした顔をする。
「え? 違う?」
「そうだよね?」
「違います! 大体、リゲルはレグルス様の護衛でしょう? 貴方は一人なのにどうやって二人も護衛するつもりですか」
「いや、レグルスが王になれば、両方とも護衛しなければならなくなるから、結果的に二人ともできるようになると思うんだよね!」
「何年先の話ですか。やっぱり護衛はアントニスに……」
「つまり、チャンスは俺だけにある」
アルファルドは拳を握ってぼそりと呟く。
何、勝ち誇ったように拳握っているんだよ。
お前が護衛に決定したわけじゃないんだからな。
「あ、でも、最終的にアルキオーネを守るのはわたしだから、そこは任せてほしい」
急にレグルスは挙手をしてそう言った。
誇らしげに胸を張るようにしているのがちょっとムカつく。
俺はできることなら誰にも守られたくねえんだよ。
リゲルやお母様のように護衛なしでも行動できるぐらいになるつもりなんだ。
それなのにコイツら何を言っているんだ。
特にレグルス。
知らねえぞ。
意味の分からない爆弾をブチ込みやがって。
リゲルもアルファルドもきっと怒って詰め寄ってくるぞ。
俺はため息を吐いてレグルスを見つめた。
案の定、二人は食いつくようにすごい早さでレグルスに詰め寄る。
「護衛は俺」
「いやいや、アルキオーネを守るのは俺で充分でしょ? レグルスも、アルキオーネも俺が守ればいい話なんだから」
「いや、確かに護衛は二人でもいいんだ。そこは譲るよ。でも、物理的にも精神的にも最終的に守るのはやっぱり婚約者であるわたしだと思うんだ。だから、二人は安心して護衛になるといいよ、ね?」
レグルスはとてもいい笑顔で答える。
毒気を抜かれて二人は声も出ない様子だった。
「やっぱり婚約者は強いわね……」
ミラは呟いた。
「本当。お兄様もアルファルド様もお可哀想」
ミモザも頷きながら呟く。
俺ははっとする。
今のアルファルドを癒せるのはミモザなんじゃないのか。
ミモザに婚約者がいるのはもう分かっていたが、お父様曰く「恋愛と結婚は別」らしいからな。
アルファルドとミモザをくっつけるチャンスだ。
「ミモザ様。アルファルドに声を掛けてあげてください」
「え? 私が?」
「そうですよ。チャンスです」
「チャンス?」
ミモザは不思議そうに首を傾げる。
「嗚呼、もういいから、声を掛けてください!」
俺はじれったくなってミモザの背中をグイッと押した。
ミモザは俺の方を見ながらアルファルドに近づく。
そうそう、早く優しい言葉をかけて癒してやるんだ。
傷心中が一番口説きやすいって聞いたことがあるし、今がチャンスだ。
「あの、アルファルド……様?」
「何?」
「よく分からないんですけど……今回は残念でしたね」
「そうだね」
これでいいのかしらと言わんばかりにミモザが俺の方を向く。
いや、違うだろ。
そこはアルファルドを見つめるところだろ。
「あの……アルキオーネ」
ミラは声を潜めて俺を呼ぶ。
「どうしたんですか、ミラ?」
「ひょっとして、ミモザ様がアルファルド様のことを好きだと思っていたり……する?」
俺は驚いたような顔をして固まる。
何でバレたんだ。
いや、バレバレか。
「そうです。ミモザ様はなかなか相談してくださらないんですけど、アルファルドのことが好きなんだと思うんです」
「嗚呼、そう。そういうこと」
ミラはふふふと小さく声を上げて笑う。
「でも、どうして?」
「別に。興味があっただけよ」
ミラだし、色々と噂の種になりそうなことが聞きたかったのだろうと勝手に納得することにした。
そうだ。一応、口止めしておかなくては。
「あ、他の人には言わないでくださいね。ミモザ様だって婚約者がいる身。噂になってはいけませんから」
「そうね、秘密にしておくわ」
「お願いしますね」
俺の言葉にミラは頷く。
「それに、こんな面白いこと言ったらつまらなくなっちゃうし……」
そして、さらに小さく呟いた。
「え?」
「こっちの話よ」
ミラは唇に人差し指を添えて微笑んだ。




