17.やっと開催できました
レグルスの誕生パーティーでは散々な目に遭った。
アダーラとかいうご令嬢に目をつけられ、絡まれた上に、アダーラから命令されたご令嬢にトマトジュースをかけられたのはご存知のことだろう。
その後、ドレスの染み抜きに奮闘し、無事、染みになることは免れた。
しかし、アダーラに命令されて俺にジュースをぶちまけてくれたご令嬢が真っ青になり、過呼吸になって倒れたり、そのご令嬢を介抱したり、一連のことに責任を感じて何故か泣くミモザをあやしたりとなんだか忙しくしている間にパーティーは終わってしまった。
本当はレグルスにくっつけられそうなご令嬢も探したかったんだけど、それどころじゃなかった。
嗚呼、ミラとも話がしたかったのに、顔すら見ることができなかったということも併せて言っておきたい。
全く不本意な結果である。
いや、良かったこともあったな。
アルファルドルートのライバル令嬢であるベガと話せたことだ。
きつい顔なのに柔らかい物腰だと思わせておいて、やっぱり毒を吐くなんて一周まわって正統派毒舌キャラだということが知れたのは、収穫があったと言ってもいいだろう。
自分のパーティーくらいは落ち着いて楽しめたらいいのだけど。
俺は髪を結われながらそんなことを考えた。
「できました。いかがでしょうか?」
メリーナは手鏡を渡してくれる。
満足げなメリーナの表情を見れば、鏡を見なくても出来栄えは分かるのだが、俺は素直に鏡を手に取る。
鏡を覗くと、薄化粧に、アップの髪のご令嬢が微笑む。
いつもよりも三割増ぐらいに可愛いじゃないか。
流石は俺のメイドさんだ。
「ありがとう、メリーナ。すごく素敵です」
「よかった。あとはネックレスを……」
ノックの音が響く。
「お嬢様、お友だちが到着しました」
メイドの声がした。
慌てて俺は鏡をメリーナに返すと、椅子から立ち上がった。
「それじゃあ、いってきますね」
「待ってください。ネックレスを……」
メリーナは赤い石のついたネックレスを差し出す。
「ありがとう!」
俺はそれをひったくるように掴むと俺はドレスの裾を摘まんで走り出した。
***
「ミラ!」
俺はミラを見つけると叫んだ。
ミラと会うのはミラの屋敷以来だろうか。
とにかく長いこと会っていなかった気がする。
「お誕生日おめでとう、アルキオーネ。この度はお招きいただきありがとう」
ミラはドレスの裾を掴むとちょこんと頭を下げた。
久しぶりのミラはいつも通り巨乳だった。
ついつい目が重厚感あふれる胸の方にいってしまいそうになる。
流石に女性同士とはいえ胸ばかり見ているのはまずいだろう。
俺は床に目線をずらしてから微笑みを作る。
「あ、こちらこそお越しいただき嬉しいです。ありがとう、ミラ」
そして、ドレスの裾を掴んで挨拶をした。
「あら、アルキオーネ、ネックレスは?」
「嗚呼、そうでした。慌ててきたからまだつけていなかったんでした」
「手伝う?」
「あ、いえ、自分でできますので大丈夫です」
俺は握りしめていたネックレスを取り出す。
赤い石はガーネットだろうか。
小さなダイヤモンドが三つ並び、その下で雫型の赤い石が揺れるデザインのネックレスだった。
ひょいっと俺の手からネックレスが取り上げられる。
「あ!」
「つけるんだろう? わたしに手伝わせてくれ」
目の前で金髪の少年が微笑む。
「レグルス様! そ、それは結構です。大丈夫ですから!」
俺は突然のレグルスの登場に焦った。
「遠慮しないでくれ」
レグルスはそう言いながら、ネックレスの金具を外す。
お前、余計なことをするんじゃねえよ。
一人でできるって言ってるだろうが。
そう思うが言えない。
アルキオーネはそんなこと言うキャラじゃない。
「あの、本当に大丈夫なんです」
俺はネックレスを取り返そうと必死だった。
実は、アクアオーラに首を絞められて以来、首回りが弱くなってしまったのだ。
ギリギリ髪をいじるくらいなら大丈夫なのだが、首や肩、人に触られると鳥肌が立ってしまう。
できることなら触ってほしくないのだ。
説明しようにも、ミモザ誘拐事件の話やアクアオーラの話をすると、レグルス誘拐事件のことを説明しなければいけなくなる。
レグルス誘拐事件は一応、世間的にはなかったことになっている。
俺から漏れたとなってはまずいだろう。
それに、ミモザ誘拐事件で俺がリゲルに協力したことを知ってるのは、ミラとアントニス、ジェード家の人くらいはずだ。
知っている人たちは皆黙っていてくれているが、他の人に話して、万が一お母様やメリーナにバレてしまったら恐ろしいことになる。
首回りが弱いことは絶対に隠さなければいけない弱点なのだ。
「ほら、後ろを向いて?」
レグルスはネックレスを持ちながらにじり寄る。
嗚呼、もう、こういうときに紳士っぷりを発揮しないでいただきたい。
大丈夫だと言ったら素直に引いてくれ。
俺は少し泣きそうだった。
「おーい、なにしてるの?」
そう言いながら、リゲルが駆け寄って来る。
後ろにはミモザがいた。
来た! 救世主!
俺はリゲルの登場に泣いて喜びそうになった。
リゲルはレグルス誘拐事件も、ミモザ誘拐事件も知っている。
だから、リゲルにだけは首回りの弱点のことを話していて、何かあったらフォローしてほしいと前々から言ってあったのだ。
「リゲル、あの、ネックレスをレグルス様がつけてくれると仰って……」
「え! あ、それはよくないよ。女の子の体に触れていいのは許しを貰ったときと緊急時だけだよ」
「そ、そうなのか? いや、でも、わたしは婚約者……」
「あら、レグルス様。お姉様の気持ちを考えてあげてくださらない? レグルス様に触れられたらきっと緊張して卒倒してしまいそうになるからなの。そのくらいレグルス様が好きなんだわ」
リゲルの後ろからミモザがさらに付け加えてくれる。
単純なレグルスにはその攻撃はとても有効なように感じた。
ただ、その攻撃だと、俺はレグルスを大好きみたいになってしまうのだが、今は仕方ない。
「そこまで思ってくれていたのか! すまない」
やっぱり、レグルスは単純だった。
レグルスはそう言うと、俺の掌にネックレスをそっと置く。
「分かっていただけて嬉しいです」
俺は大きく頷いてから、ネックレスを自分でつけた。
よし、これでもう安心だ。
「王子に侯爵令息と侯爵令嬢……私だけ場違いみたいだわ。いていいのかしら」
ミラが呟く。
「何を言っているんですか。ミラはわたくしの最初のお友だちなんです。お祝いしてもらえるだけで嬉しいんです。どうか一緒にいてください」
「ありがとう」
ミラは力なく微笑む。
嗚呼、もう、そんなこと思わないでほしい。
ミラは俺にとって安心して話せる最初の女友だちなのだ。
それだけで特別なのに、引け目を感じてほしくない。
「あ、もしかして貴女がミラ様?」
「え、ええ」
「お姉様から伺っているわ。いろんなお話を知っているんでしょう? よかったら仲良くしてくれないかしら?」
ミモザが食い気味にミラに話しかける。
そういえば、ミモザも俺と同じ、女友だちのいない子だった。
そうか。お友だちになりたいんだな。
「ええ、私なんかでよければ」
「良かった! 貴女は害虫じゃなさそうだし、仲良くできそうな気がするの」
「害虫? あ、嗚呼、確かに貴女の兄上に興味はないわね」
ミラは頷く。
おいおい、本人を目の前に何を言っているんだ。
当の本人ことリゲルは、「何だかよく分からない話をしているなあ」という感じでにこにこと笑いながら、ミモザとミラのやり取りを見ていた。
「嗚呼、お兄様のことは勿論だけど……」
ミモザは言い淀む。
ミラははっとしたような顔をして頷く。
「私はノーマルよ」
「やっぱり! じゃあ仲良くしてください!」
「その代わり、色々とお話を聞かせてくれるなら」
「いいですわ!」
二人はしっかりと握手を交わしていた。
何の話をしているのかよく分からないが、どうやら友達になれたようだ。
俺は兄になったような気持ちでリゲルと一緒に頷きながら二人の様子を見つめた。




