12.お父様は恋愛至上主義
夕食中、化け物の件で動揺して酷いことを言ったことをお父様に謝った。
お父様は笑って、「良かれと思って黙っていたことで不安にさせてしまったのかもしれない。悪かった」と逆に謝ってくれた。
本当にお父様はできた人間である。
それなのに俺はどうしてこんな性格なのだろう。
前世の記憶を思い出す前はお淑やかだったように思う。
明らかに「月島昴」の記憶が悪影響を与えている。
本当に俺がアルキオーネでいいのだろうか。
引き続き、自己嫌悪に陥る。
「嗚呼、そう言えば先日、ユークレース伯爵に会ったよ」
お父様は赤ワインを片手にそう言った。
「……え、あ、アルファルドのお父様にですか?」
流石は貴族、ワインが似合う。
そんなことを考えていたので危うくお父様の言葉をスルーしそうになった。
「嗚呼、本当は直接アルキオーネに会いたがっていたんだがね。ちょうどアルキオーネのいないタイミングだったんだ。会えずにすまないと言っていた」
お父様の忙しさを見る限り、伯爵というのは結構忙しい仕事のようだ。
向こうも伯爵だから忙しい所の合間を縫ってお父様に会いに来たのだろう。
一番忙しくないはずの俺のスケジュールが合わず、申し訳ない限りである。
「それは残念です」
「それから、アルキオーネに安心してくれと伝えてほしいと言われたんだ。アルファルドくんの母上はもう戻って来れないところに行ったらしい」
「戻って来れないところ……ですか?」
それって、地獄とか天国的なところじゃないよな。
俺は少し引き気味に話を聞く。
「嗚呼、私の紹介だから、怪しいところじゃないんだ。善良な施設だからきっと大丈夫。元々、戻って来れない人たちが行くところだし」
お父様のコネということだからおそらく他国にある「善良な施設」なのだろう。
それにしても「善良な施設」って何だよ。
戻って来れない人が行くところって何だよ。
逆に怪しいよ。
「は、はあ……」
俺はため息のような返事をする。
なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がした。
「これでユークレース伯爵も安心してご令息の社交界デビューができると言っていたよ」
嗚呼、そうか。
そういえばアルファルドはまだ社交界デビューしていないんだった。
そりゃあ、あんな母親がいるとなっては縁談の話もこないだろうし、社交界デビューしたことがバレれば待ち伏せや襲撃など色々な危険も増えるし、悪いことばかりだ。
当たり前といえば当たり前か。
「それはよかったです。社交界デビューすれば、また会える機会もできますし、わたくしも嬉しいです」
俺は笑顔を作った。
心の底から嬉しいというわけではないが、アルファルドが社交界デビューをすれば護衛になりたいなんて寝言もすっかり忘れてくれるかもしれない。
いや、手紙の返事をくれないから、俺の存在なんてもう忘れているかもしれない。
その方が俺としてはありがたい。
普通の友だちならまだしも、同い年の男に護衛してもらうなんて嬉しくない。
お父様は俺の顔をじっと見つめる。
そして、何か考えごとをしているのか、ワインを一口含んだ。
ゆっくりと喉が動く。
俺も喉が渇いたな。
水でも飲むか。
そう思い、グラスに口を付けた。
「アルファルドくんが婚約者の方が良かったのかい?」
「ぶっ!」
俺は盛大に水を噴き出した。
目の前のテーブルクロスに水溜まりができる。
いけない、いけない。ご令嬢らしくないことをしてしまった。
「あ、リゲルくんの方が仲がいいんだっけ?」
「お、お父様! 不敬です! わたくしはレグルス様の婚約者ですよ! そんな他の男の方がいいなんて言うわけないでしょう!」
俺は口を拭きながら叫んだ。
何を言い出すんだ、このおっさんは。
俺がレグルス以外を好きになったらこの家がどうなるのか考えて物事を言ってくれ。
大体、婚約の話を断れないと言ったのはお父様じゃないか。
「いやいや、今ここには私たちしかいないじゃないか。それに、恋愛と結婚は別だろう?」
「お父様のような恋愛結婚の方に言われたくないです! 恋愛も結婚も一緒じゃないですか!」
「勿論、それはそうだけど……思う気持ちは自由だと思わないかい?」
クソ。お父様は恋愛が絡むと意外と面倒な性格をしているようだ。
お母様を落とすために何度も戦いを挑んだだけのことはある。
とんだ恋愛至上主義者だ。
「正直、恋愛なんてよく分かりません。リゲルもアルファルドもお友だちです。お友だちは恋愛対象外です!」
男との恋愛なんて分かってたまるか!
俺は女の子と恋愛も結婚もしたいんだ!
「は! まさか、この前来ていたミモザちゃんが……! そう言えば、プレイオーネも昔、女の子にやたらとモテていた!」
待てよ、おっさん。
男がダメなら女って娘をどんな奴だと思ってるんだ。
確かに俺は女の子が好きだし、女の子と恋愛したいけど、ミモザだって妹みたいな友だちだ!
どんだけ娘を恋愛させたいんだ!
「あの? お父様はわたくしをどうしたいのですか?」
俺は苛立つ気持ちを抑えながらそう答えた。
「お父様は娘の健全な成長のため、恋愛も大切だと考えている。だから、結婚は仕方ないが、恋愛は応援しようかと……」
「あのですね。そういう割り切ったお付き合いより、もっと婚約者を大事にしろって言うのが親なのではないのですか?」
「それは、建前はそうだ。本音は恋愛はいいものだからして欲しいなと思っているんだ」
そりゃあ、お父様とお母様はこんなにすれ違っててもラブラブでいるからそんなことが言えるんだ。
前世で振られ続けた俺に恋愛の良さはイマイチ分からない。
振られた分の喪失感しかない。
それでも、女の子に告白するのだから、俺の不屈の精神を褒めて欲しい。
とはいえ、今は恋愛のれの字もない。
「わたくしはレグルス様だけで充分です。恋愛も今のところ、する気はありません」
お父様はしゅんとした顔で目の前のお皿の肉を食べる。
そんな顔されたって俺は好きな人がいないんだから仕方ないだろう。
せめて、メリーナが俺を恋愛対象として見てくれれば話は別だが、どうやらその様子もない。
こればかりはどうしようもない。
「じゃあ、せめて、王子との恋愛を……」
「恋愛できるかどうか分かりませんが、少なくとも大切にするつもりはあります」
レグルスだって大切な友だちだ。
今のレグルスは嫌いじゃない。
結婚はしたくないし、レグルスの子どもを産むのは無理だけど、困っていたら助けるし、幸せになって欲しいと思う。
でも、現実問題、結婚しなきゃいけないのは事実だ。
未来が憂鬱すぎる。
死にたくないけど、スピカと結婚してくれないかな。
いや、この際、スピカじゃなくてもいい。もっとレグルスを大切にしてくれる人と結婚してくれないかな。
俺ははっとする。
それだ! レグルスがスピカと俺以外の人を好きになればいいんだ。
そうしたら、俺は死ななくても済むんじゃないか?
だって、俺が死ぬのって、シナリオ上、レグルスとスピカがくっつくのに邪魔だからなんだろう。
俺が生きていたら、スピカの性格上、友情が壊れるのを恐れてレグルスと付き合ったり、結婚したりできないはずだ。
確か、アルキオーネとスピカが喧嘩するのも、スピカがレグルスに惹かれているのにアルキオーネに遠慮していて、それがバレて「遠慮するな」ってキレるところから始まったんだ。
だったら、俺が婚約者でも遠慮しない、略奪愛上等なご令嬢を新しい婚約者にしてやればよいのだ。
なんで今まで気づかなかったんだよ、俺!
ということはだ。
レグルス好みの心が清らかで、優しくて、お父様のような恋愛至上主義者なご令嬢を探せばいいわけだ。
悩み続けて約一年半、希望の光が見えてきたぞ!
「お父様! わたくしお父様のおかげで漸く分かりました。ありがとうございます!」
俺はテーブルに手をついて頭を下げ、お父様に土下座する勢いで礼を言った。
急に礼を言い出す娘にお父様は動揺する。
「あ、嗚呼、何だか分からないけど、良かったよ」
そう言いながら大きく頷く。
よし。レグルスの誕生パーティーでご令嬢を観察するぞ。
いい子がいたらさりげなくレグルスに紹介しよう!




