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転生するならチートにしてくれ!─ご令嬢はシスコン兄貴─  作者: シギノロク
四章 十四歳、田舎生活謳歌してます。
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10.化け物の噂

 屋敷に帰ってからも、俺はどうしても化け物の噂が気になって仕方なかった。

 本当に化け物なんているのだろうか。

 もしも化け物がいるのだとすれば、領主としてお父様は何らかの行動をしなければならないはず。

 でも、お父様がそんな話をしていた覚えはない。


 本当に討伐隊が出るのだろうか。

 出るとしたらお父様も参加するのか。

 お母様に一瞬勝ったとはいえ、お父様はそんなに強くない。

 そんなものに参加してお父様は無事に戻って来れるのだろうか。


 いや、お父様一人で行くわけではない。他にも腕の立つ人も行くだろう。

 きっと大丈夫なはずだ。


 嗚呼、他人のことになると、どうしてこんなに心配になるのだろう。

 ダンスのレッスン中だというのになかなか集中できない。


「お嬢様、時間は早いですが、今日はこの辺にしておきましょう。集中していないときに練習しても意味がありません」

 集中できていないことがダンスの先生にバレたようだ。


 そう言われて俺は酷く落ち込んだ。

「すみませんでした」


「いえ、それでは、次は今日の復習から始めますのでよろしくお願いします」

 ダンスの先生は別れを告げて扉から出ていく。


 来週までダンスのレッスンはないのに時間を無駄にしてしまったな。

 俺はため息を吐いた。


「お嬢様、今日はなんだか落ち込んでいるようですが、どうしたんですか?」

 メリーナが不安そうな顔をして聞く。


 心配性のメリーナのことだ。

 いないかもしれない化け物の話をして無駄に怖がらせなくてもいいだろう。

 俺は噂のことは伏せておこうと思った。


「いえ、ちょっと疲れてしまったみたいです」

 俺は微笑む。


 メリーナは訝しむように目を細める。

「本当ですか?」

「ええ」


 メリーナはじっと俺を見つめた。

 表情から何かを読み取ろうとしているように思えた。


 俺はさっと横を向いた。

 何だか見透かされているような気がして黄みがかったグレーの瞳を見ていることができなかったのだ。


「次はお勉強の時間ですよね」

 俺はメリーナの顔を見ないようにしながら問う。


 メリーナの視線を横顔に感じた。

 そんなに見ても俺は絶対メリーナの方を向かないぞ。

 今、メリーナの目を見たら何でも全部言ってしまいそうだ。


「はい。その通りです」

「少しだけ時間はありますか?」

「ええ。お休みになられますか?」


「ええ。そうさせてください」

 俺はなるべくメリーナを見ないようにしながら、自分の部屋に戻った。

 勿論、メリーナも部屋に入ってくる。


 俺は「一人で休みたいから」と言って、メリーナを部屋から追い出した。

 やっと落ち着ける。


 ドレスのまま、ベッドに飛び込む。

 お行儀が良くないことは分かっていたが、着替えるのも面倒だ。

 俺はベッドの中をゴロゴロと転がった。


 うーん、もやもやする。

 やっぱり、噂についてお父様かセバスティアンに聞こう。それが早い。


 でも、メリーナにバレたくないんだよな。

 もしも、化け物の件がバレたら、「化け物がウロウロしてるかもしれないときに!」なんて言われて農家にお手伝い行くのも反対されるだろう。


 そうだ。部屋を抜け出してこっそり聞きに行こう。


 俺は廊下をこっそりと覗く。

 どうやらアントニスは席を外しているようだ。

 近くにメリーナもいない。俺の休む時間を作るために家庭教師のところに行っているのかもしれない。


 俺は見つからないように身を低くして、走るようにお父様の書斎の方へ向かった。

 今日はお父様は出かける予定もなかったはず。

 だから、書斎にいるはずだ。


 俺は扉をノックする。

 なかなか返事がない。

 待っている間にメリーナに見つかってしまうような気がして気持ちが落ち着かなかった。

 早く返事をしてくれよ、お父様。


 メリーナに見つかったらなんて言われるか分からない。

 もしかしたら、嘘を吐いたことで怒ったり、泣かれたりするかもしれない。

 俺が悪いんだけど、やっぱりメリーナのそういう顔は見たくない。

 メリーナにはいつも笑っていてもらいたいのだ。


「お父様」

 待ちきれず俺は扉に向かって声を掛けた。


「おお、アルキオーネ」

 部屋の中でお父様の声がした。


 俺はその返事を開けてもいいという許可と捉えて、扉を開けた。

「失礼いたします」

 そう言って滑り込むようにお父様の書斎に入った。


 これでメリーナに見つかることはないだろう。

 一先ず安心だ。

 俺は安堵のため息を吐いた。


 久しぶりにお父様の書斎に入る。

 お父様の机の上には山積みになった書類があった。

 お父様はその向こうで一つ一つの書類に目を通しているようだ。


「お父様、お話があります」

 俺はお父様の顔がはっきりと見える位置まで歩いていく。


 俺の言葉にお父様が顔を上げる。

 そして、お父様はにこやかに微笑んだ。


 優しげな顔のお父様。

 体つきも細く、筋肉があるようには見えない。

 アルキオーネの華奢で細身な体系はお父様譲りだった。

 せめてお母様に似ていれば、もう少し筋肉もつくのだろうか。

 俺はため息を漏らす。


 もしも、化け物退治に行くのならどちらかといえば腕の確かなお母様の方が向いているだろう。

 お母様だって見た目は確かに強そうには見えないのだが、見えないところにはしっかりと筋肉がついているのを俺は知っている。


「アルキオーネ、どうしたんだい?」


 俺はぐっと拳を握った。

「実は、先日領地に化け物が出たという噂を聞きました。お父様はご存知ですか?」


「勿論、知っているとも。確か、目がたくさんあって、手足のたくさん生えていて人を襲うという怪物の話だろう」

 お父様の言っていることは、俺の聞いている話と少し違うが、同じものを指しているようだ。


「それでは、討伐隊が出るという話は本当なんですか?」

「討伐隊? 嗚呼、それか。結論から言うと、討伐隊は出ない。ただし、怪物の調査はすることになっている」


 一先ず俺はほっとした。

 良かった。

 お父様が化け物退治に出て怪我をすることは今のところなさそうだ。


「それはお父様は化け物がいないと思っていらっしゃるということですか?」

「いないとは言い切れないが、その存在は怪しいとは思っているね。噂があるのに目撃者が名乗り出ないんだ。でも、噂がある以上、放っておくわけにはいかない。領民を守るのは領主の務めだからね。豊穣祭前に調査だけはきちんとしておこうという話にはなっているよ」


 どうやらお父様も俺と同じように「化け物の存在は疑わしいが、いないという根拠も薄い」と考えているらしい。


 そうか。だから、お父様は化け物の話をしなかったんだ。

 いないかもしれないものを話して無駄に怖がらせても仕方ないもんな。

 俺がメリーナにした配慮と一緒だ。


「もしも、調査で化け物がいるとなったら、どうするんですか?」

「そうなれば、討伐隊を組むことは勿論、怪物がいなくなるまで豊穣祭は延期だ」

「お父様は?」

「私も勿論、討伐隊に加わるだろうな」


 目眩がした。

 結局、安心できないんじゃねえか。


 いや、今の段階では化け物がいない確率の方が高い。

 全ては調査の結果次第だ。


「もしも……もしも、討伐隊なんて組むようなことがあれば、ぜひ、わたくしも参加させてください」

 俺はお父様の腕にしがみついた。


 お父様はびっくりしたような顔をしてから首を横に振った。

「それは無理なお願いだよ」


「そこをなんとか!」

 俺は目を潤ませて、お父様を上目遣いで見つめた。

 必殺、うるうる攻撃。


 ほら、こんなに愛娘が可愛い顔をしてるんだ。

 頼むから首を縦に振ってくれ!


「無理なものは無理なんだ。分かっておくれ」

 お父様は困った顔で俺の頭を撫でた。

 お父様の手は大きくて、気持ちがいい。安心する。

 そっか。頭ポンポンとか頭撫で撫でされる女子の気持ちがちょっと分かった気がするぞ。


 いや、そうじゃない!

 安心している場合かよ!

 俺はお父様を守らなきゃならないんだ!


「分かりたくないです。わたくしだってお父様の力になりたいんです」

 俺は駄々っ子のように首を振った。

 ご令嬢らしくない行動だが、お父様に怪我を負わせたくない一心で首を振る。

 あんまり振るもんだから、首からギシッと嫌な音がしたくらいだ。


「それなら、アルキオーネは屋敷とプレイオーネを守っておくれ」

「でも、もしも、お父様が怪我をしたら!」

「嗚呼、心配をしてくれているんだね。大丈夫。怪物がいると決まったわけではないし、お父様はアルキオーネより強いぞ」

 お父様はくしゃりと笑う。


 大丈夫じゃないんだよ。心配なんだよ。

 俺が見ていない間にもしものことがあったら、俺は助けに行けないじゃないか。


「お父様の分からず屋!」

 俺はそう叫んでお父様の部屋を飛び出した。


 そして、自分の部屋まで走る。

 俺は扉を閉め、呼吸の整わないうちにベッドに身を投げた。

 布団に身を埋める。


 こんな歳にもなって癇癪を起こすなんて恥ずかしい。

 でも、そうせずにはいられなかった。

 どんなにお願いをしてもお父様はきっと聞いてくれないのが分かっていた。

 分かっていたけど、諦められなかった。

 大切な人を守れないことほど怖いことはないように思えた。


 もしも、俺が女じゃなくて、男だったらお父様についていけたのかもしれない。

 どうして、俺がアルキオーネなんだ。

 世の中に転生したい奴なんてたくさんいるだろう。

 そういう奴がアルキオーネになれば……


 いや、もしもそうだったら、レグルスもデネボラもミモザもアルファルドも誰が助けるんだ?

 自惚れでなければ、俺だったから助けられたんだ。

 デネボラが死に、レグルスが暴君俺様で自分の心を傷つけ続け、ミモザは誘拐されたまま、アルファルドはあの女に傷つけられて……本当にそんな世界で良かったのか?

 俺は本当にそれを望んでいるのか?


 ダメだ。頭の中がぐちゃぐちゃだ。


 誰か、大丈夫だって言ってくれ。

 いもしない誰かに縋るように布団を握りしめた。


 俺は俺のままで、アルキオーネとして生きていて、本当にいいのだろうか。

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