8.やってみたいことがあるんです
数日後、ミモザからリゲルと仲直りできたと手紙が届いた。
それから、失くしてしまった手紙の内容はミモザも忘れてしまったとのことで、思い出したらまた書くと書いてあった。
あの手紙、何が書いてあったのだろう。
気になるけど、本人が覚えていないんじゃ仕方ないよな。
それとは別に更に数日後、リゲルからも手紙が来た。
内容は「心配し過ぎて喧嘩をしてしまった。度々済まない」というものだった。
ミモザとのお泊り会は楽しかったが、毎回、喧嘩の度に仲裁しなきゃならないとなると面倒だ。
豊穣祭までに色々とやりたいこともあるし、暫く静かにしていてほしい。
まあ、どうやら反省しているようだし、暫くは喧嘩はしないだろうけど。
「お嬢様、今日はお出かけをしますか?」
手紙を読む俺にメリーナが声を掛けてくる。
「いえ、今日はもう出かける予定はないですね」
俺はそう答えると手紙を丁寧に畳んで、引き出しにしまった。
メリーナの言うお出かけというのは、先日、フランクにお願いしたことと関係していた。
俺がフランクにお願いしていたこととは、フランクが言っていた「旦那さんが腰を痛めていて収穫が間に合っていない」という農家のところに行って、収穫のお手伝いをさせてもらえないか聞いてほしいというものだった。
そして、フランクの仲介もあって、この度めでたく、俺は農家のところで収穫のお手伝いをさせてもらえることになった。
筋トレを兼ねての行動だったのだが、向こうも人手が欲しかったらしい。ウィンウィンの関係だ。
「あれ? 毎日お願いされているのでは?」
「今日はもう行ってきたので」
メリーナはきょとんとした顔をする。
「もう?」
「ええ。今日は馬でアントニスと行ってきてさくっとお手伝いしてきました」
「え?」
「あれ? 言いませんでしたっけ?」
「聞いてません!」
メリーナの体はわなわなと震えていた。
顔を見る。
メリーナの可愛らしい顔は歪み、眉間には皺が寄っている。
あれ? メリーナ、怒ってる?
「いつも! お嬢様、いつも私に何も言ってくださないんですね」
メリーナの顔からふっと力が抜ける。
眉がハの字になった。
これはヤバい。泣く。
「あ、アントニスがメリーナに言ってくれたとばかり思ってました」
俺は慌ててアントニスのせいにした。
メリーナはそれを聞いた瞬間、無表情になる。
くるりと扉の方へ向かう。
そして、勢いよく扉を開けた。
「アントニス!」
メリーナの大声に廊下に待機していたアントニスが飛び上がった。
「な、何かしましたか、俺?」
「何かじゃありません! もう、貴方という人はなんで大事なことを言わないんですか!」
「大事なこと?」
「そうです! お嬢様はもう諦めましたが、貴方は大人ですよね? 報連相って知らないんですか!」
メリーナはアントニスに詰め寄る。
「えっええ、なんのことだか……」
何の話なのか分からず、アントニスは困惑していた。
メリーナはため息を吐いた。
「お嬢様、少しアントニスをお借りします。この後は魔法のお勉強ですので、絶対に抜け出したりしませんようお願いします」
メリーナは一気にそう言う。
俺はメリーナの勢いに圧倒され、ただ頷くことしかできなかった。
「アントニス、貴方はお説教です」
メリーナは目をすっと細めた。
有無を言わさぬ威圧感があった。
「え、ちょっと……」
アントニスは戸惑いながらも、メリーナの表情に俺と同じく圧倒される。
「行きますよ」
そして、メリーナが手を引く方に大人しくついて行った。
アントニスとメリーナだとメリーナの方が強いんだな。
あれ? そういえば、メリーナの奴、リゲルやレグルスに顔を近づけられるだけで真っ赤な顔をしていたはずなのにアントニスの手を触っても普通だったな。
メリーナ、男性への免疫ができたんだな。
俺は扉の外に身を乗り出すようにして二人の背中を見送りながらそんなことを思った。
「お嬢様、今日は何のお勉強をしますー?」
突然、俺の背後から陽気な声がした。
「ディーナ!」
俺は驚いて声を上げた。
振り返ると魔法の教師であるディーナが笑っていた。
ディーナは本を数冊抱えている。本はどれも重く、人が殺せそうなくらい分厚い。
華奢な体つきなのによく持てるな。
「まずは、椅子に座って、それから考えましょ?」
ディーナは俺の背中を押した。
俺はどさりと椅子に座る。
「で、どうします?」
「それなら、やってみたいことがあるんです」
俺はディーナに向かって微笑んだ。
ディーナはにんまりと口角を上げる。
魔女らしい悪巧みの似合う笑顔だ。
魔女というのは使用人たちがディーナを讃えて呼ぶ異名だった。
勿論、魔法を巧みに操る教師であるからなのだが、他にも理由はある。
ディーナは顔がとても若く見えるのだ。
メリーナよりも十も二十も年が上のはずだったが、見た目は若く、メリーナとさほど変わりない歳のように見えた。
前世でもこういう人を美魔女と呼んでいたことを思い出す。
何処に行っても年が若く見える人のことを魔女と呼ぶんだな。
「お嬢様の持ってくるお話はとても面白いものばかりですもの。聞きましょう!」
そう言いながら、左手で眼鏡のつるに指を掛けると、クイッと上げる。
キラリとレンズが輝いた。
「実はね、花火を打ち上げてみたいんです!」
ディーナは優秀すきる魔法教師だ。
多少の無茶振りも聞いてくれる。
このくらいのことならきっと俺でもできるように教えてくれるに違いない。
「花火……と言いますと、夜の空に輝くアレですよね」
ディーナは顎の下に手を持っていく。
そして、考える人の像のようなポーズをとった。
「そうです。夜空にぱっと光るアレです」
「魔法で?」
「はい! 魔法です。それっぽいものでもいいんですが、できませんか?」
「光の魔法か炎の魔法ならできますね。難易度を下げて、安全にやるなら光の魔法かな?」
「じゃあ、それを教えてください!」
「いいですよ。いつまでにできるようになりたいんですか?」
ディーナは本をめくりながら俺に問う。
「豊穣祭までにできると嬉しいんですが……」
俺の言葉にディーナはにやりと笑う。
頭のいいディーナにはそれだけで俺が何をしようとしているのかが分かったらしい。
「嗚呼、なるほど。それなら派手な奴がいいですね。いくつかパターンも考えてみましょうか」
ディーナは楽しそうに笑った。




