7.ジャムづくりと手紙
俺は周囲を見回す。
厨房の中の皆は相変わらず忙しく動いていて俺たちの様子を誰も見ていないようだ。
こんなときになんで誰も見てないんだよ。
このままだと本当に浮気者だと誤解されてしまう。
女の子と噂になるのはちょっと嬉しい……けど、それじゃあ、両親を悲しませてしまう。
それだけは、ダメ。絶対にダメ!
今世では親孝行するって決めたんだから!
俺は焦りに焦った。
誰かこの状況何とかしてくれ!
その時だった。バシリオスが振り返る。
お、もしかして、こっちの様子に気づいたのか?
バシリオスがこちらに向かって歩いてくる。
「はいはい、ミモザ様、お嬢様、寝っ転がってないでください。はい、フランク、今日もありがとう。野菜はいつものところに置いといてー」
バシリオスはフランクの持っていた紙にさっさとサインをして突き返した。
ミモザはバシリオスの言葉に慌てて立ち上がる。
いやいや、フォローしてくれないのかよ!
俺は寝転がったまま、じっとバシリオスを見つめた。
バシリオスはその目線に気づいたようでニヤリと笑う。
「あ、転んだ拍子に落とした花びらは使えないから捨てておいて下さいね」
バシリオスはそう言いながら手を振って持ち場に戻った。
あのハゲ、やっぱりちゃんと見てたんじゃないか。
もっと早く誤解を解いてくれれば良かったのに!
そう思うものの、この状況を変えてくれたのはやはりこのハゲに違いないので、俺は素直に感謝しておくことにした。
ありがとう、バシリオス。
今日の頭は後光のように一層光って見えるぜ。
「え? 転んだ?」
フランクは動揺したように俺とミモザを交互に見つめた。
「だからそう言っているでしょう」
そう言いながら俺は立ち上がった。
全く失礼な話だ。
俺のアルキオーネは浮気者なんかじゃないって。
優しくて穏やかでレグルスに一途な乙女なんだよ。
最近、俺のせいで周りからお転婆だと思われてるけど。
「そいつはすみませんでした」
「いえ、もう大丈夫です」
俺はいつも通り微笑んでみせる。
フランクは気まずそうに笑う。
「じゃあ、わたしはこれで……」
そして、野菜の入った箱をよっこいせと持ち上げて、倉庫の方に向かおうとする。
ふと、野菜に目が行く。
「あら? 今日は野菜がいつもより少ないようですね」
「嗚呼、ここ数日、野菜の仕入れ先の農家の旦那が腰を痛めたらしくて、収穫が間に合ってないものがあるんです。だから、料理長に言って少しだけ野菜を減らしてもらったんですよ」
フランクは困ったように笑う。
つまり、人手が足りないってことか……
「ねえ、フランク。お願いがあるんですけど、よろしいですか?」
俺は思わずそう呟いた。
***
フランクが帰ってから、俺たちは改めて花びらを丁寧にちぎるところからジャムづくりを始めた。
フランクは誤解した代わりにお願いを聞いてくれると言ってくれたので、俺は嬉しくて鼻歌交じりに花びらをちぎった。
上手くいったら、いいなぁ。
全ての薔薇を花びらにし終えたころにはもう朝食の時間になっていた。
俺たちはさっさと朝食を済ませ、すぐに薔薇ジャム作りを再開した。
薔薇の花びらを洗ったり、砂糖をまぶして、よく揉みこんで色のついた薔薇の汁をつくる作業をする。
暫くすると、手が空いたのか、バシリオスがこちらの手伝いに来てくれた。
俺とミモザは、お喋りをしながら、バラの花びらと砂糖、水を鍋に入れ、火をかけた。
焦げ付かないようにかき混ぜ、薔薇汁をさらに足して煮る。
そうして、やっと薔薇の花びらでジャムが完成した。
ミモザのジャムは予定通りしっかりとできたし、俺の黄色の薔薇のジャムは花びらの枚数が少なくなってしまった分、オレンジで量を補うことにしたので瓶に二つ分くらいの量ができた。
味見をしてみたが、中々の出来栄えで納得いくものが仕上がった。
俺たちはそれを瓶に詰めると自分でラベルを貼ったり、リボンを掛けたりしてみた。
俺のは白いラベルに薔薇ジャムと書いただけの簡素なもので見るからに面白味のないものだった。
一方、ミモザのはコーヒーでわざと茶色くした紙に薔薇のスタンプを押したものをラベルとして貼り、赤いリボンを掛けるという手の込みようだ。
気合の入れ方が違う。
「お姉様、ありがとう! これでばっちり仲直りしてくるわ」
そう言って、嬉しそうな顔をしてミモザは帰っていた。
さて、俺も念押しの意味を込めてリゲルに手紙でも書くか。
ミモザを見送ってから、俺は自分の部屋に戻ると、ペンと手に取った。
内容はシンプルに、「妹を人形やペットのように扱うんじゃない」とでも書いておこうか。
いや、それだけだと、リゲルが落ち込むよな。
やり方が悪く、ミモザの心を傷つけたが、リゲルは純粋に心配していただけなんだから、もっと優しい言葉も書いてやらなきゃな。
俺は便箋を目の前に何度か唸った。
よし、決めた!
俺は手紙に「ミモザ様が泣いてうちに来ました。どうやら、自分の話を聞かず、リゲルが色々と決めつけてしまったことで傷ついたようです。勿論、心配するリゲルの気持ちは分かりますが、落ち着いてお話を聞いてあげてください。また、考えを押し付けると反発したくなるお年頃です。寂しいとは思いますが、そういう反発を経て人は成長していくものだと本に書いてありました。妹さんの成長を喜んであげてください。リゲルが手紙に書いていたミモザ様のご病気の件ですが、一過性なものだと思います。特に効く薬はないですが、重症でない限り放っておいても大丈夫です。何も言わず、見守ってあげてください」と書いた。
お医者様でも草津の湯でも恋の病は治せないって言うしな。嘘は言ってないぞ。
リゲルへのフォローも十分してるし、こんなものだろう。
俺は便箋を畳むと、封筒の中に入れた。
そうだ。ついでにミモザに貰った手紙の返事も書いておこう。
今日別れたばかりだけど、今、手紙を書かなければ後々手紙を出すタイミングを逃しそうな気がする。
そう思って、手紙を探す。
いつも手紙を入れている引き出しの中には、ない。
何処に行ったんだろう。
手紙がまさか逃げていくわけでもないだろうに。
記憶を遡る。
ミモザが来たとき、テーブルに置いて、それから片づけた覚えがない。
ということは、テーブルの上?
いやいや、ジャムの瓶をデコレーションしてたのはあのテーブルだった。
そのとき、手紙はなかった。
やっぱり手紙は行方知れずだ。
せっかく貰ったものなのになんてことをしてしまったんだ。
俺は少し、いや、かなり落ち込んだ。
「メリーナ、手紙見ませんでした?」
「手紙……昨日お渡ししたものですか?」
「ええ」
「申し訳ありません。お渡しした後はちょっと見てないですね」
メリーナは首を傾げる。
仕方ない。
俺はミモザに謝罪の手紙を書くことにした。
メリーナに頼み、便箋と封筒を用意してもらうと、すぐに手紙を失くしたことへの謝罪と、リゲルと仲直りができますようにという内容の手紙を書き上げる。
俺は二通の手紙をメリーナに渡した。
嗚呼、本当に何やっても締まらないなぁ。
俺はため息を吐いた。




