22.アルファルドの気持ち
「でも、お母様たちの言う通り、危ないことはお互い控えましょう」
調子に乗らせているのも癪なので俺はそう言った。
「危ないこと?」
「そうです。わたくしを助けるために硝子の降る中を突っ込んでいったり、貴方の実母に対峙したり……そういうことは危険です」
「でも、アルの方がもっと危険なことをした」
「それはそうなんですけど、危ないんです。特に貴方、最後にペンダントを踏みつけたでしょう? あれはあの方の大切なものだったみたいじゃないですか。あんなことをして、もしも相手が刃物を持っていたら、逆上して刺されたりしてもおかしくないですよ」
アルファルドは首を傾げた。
「大丈夫」
「でも……」
「大丈夫。心を折ったから」
「え?」
今度はこちらが首を傾げる番だ。
どう言う意味だ?
「師匠が言っていた、『傷は復讐を生む。でも、折ってしまえば恐怖や無気力に変わる』って」
師匠というのはおそらく、お母様のことだろう。
確かにお母様の剣は初手を大切にしていた。
最初に相手を圧倒し、敵わないと思わせ、そうして無気力になった相手とは無益な争いをしないような戦い方をする。
そんなことを言うなんて、流石はお母様だ。
「だから、徹底的にやった。大丈夫」
アルファルドはそう言って何度も頷いた。
「いや、でも……」
「それに、あの人は大切なものを全て失くしてしまったほうがいい」
「それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味。諦めた方が生きていける」
俺もね、とアルファルドは悲しそうに笑った。
そうか。
あの女は「アルファルド」という自分の息子の幻想に囚われていた。
だから、いつまでも頑なで、ひたすら、いもしない幻想の息子を求めていたんだ。
アルファルドは幻想の息子を諦めさせるために、あえて死んだといい、ペンダントを壊したのだろう。
でも、そんなやり方で、あの女が諦められたとして、アルファルド本人の気持ちはどうなるのだろう。
ほんの少しでも期待して、あの女の情を一瞬でも求めたんじゃないのか?
だから、ペンダントを見せて反応を見たんじゃないのか?
「でも、そんなの寂しすぎるじゃないですか」
「寂しい?」
「手に入れたくて、手に入れられなくて、諦めて、寂しくないんですか? 貴方も、あの人も」
アルファルドは首を傾げた。
自分でも言っていることがよく分からなかった。
そんなことを言ったって、ただアルファルドを責めるだけなのに。
「俺にはアルも、父さんも母さんもいるよ? あの人は要らない。生きてくために必要なものだけでいい」
アルファルドの瞳は力強い光を宿していた。
それは今のアルファルドにはあの女が不要だという意味なのだろうか。
いや、あの女にアルファルドが不要だという意味なのだろうか。
もしかしたら、両方の意味なのかもしれない。
どちらにしても、アルファルドはユークレース伯爵夫妻と生きることを選んだ。
そして、それが正しいときっと確信しているのだろう。
今日のアルファルドは饒舌だ。
良く喋るし、急に大人びたことを言っている。
まるで知らない奴みたいだ。
俺はほんの少し寂しいような気持ちになった。
「きっと記憶が無くなったのは要らないものに執着したから。大切なものを間違えた罰だったんだ」
アルファルドは笑う。
悲しいことを言いながら笑うもんだから、俺の胸はぐっと苦しくなる。
「罰じゃない。貴方が溺れたり、記憶を失わなかったら、わたくしたちは会うことはなかったでしょう?」
「そうだね」
「だから、そんなこと言わないでください。わたくたちはきっと会うべくしてあったんです」
きっとアルファルドが記憶を失ったことに意味はない。
でも、もしも意味があるなら、俺たちが出会うためだったのだと思いたかった。
その方がずっと前向きで、幸せだ。
「ごめん」
アルファルドは俯いた。
「違います! こういうときはありがとうでしょう?」
俺はアルファルドの頬を両手で挟んだ。
パチンという弾けるような音がした。
アルファルドは驚いたような顔をしてから顔を綻ばせる。
「ありがとう」
美少女のような笑顔だ。
俺は微笑みながら、安堵のため息を漏らす。
「アル!」
いいことを思いついたと言わんばかりにアルファルドは俺を呼んだ。
「何か?」
「アルのこと、これから俺が守ってあげる、ね」
アルファルドは強請るように甘い声を出す。
さらりと銀の長い髪が揺れた。
抱きしめられたときの柔らかな匂いを思い出す。
「いえ、わたくし、自分の身くらい守れますので……」
「ダメ。控えようと言ってもアルは危ないことにすぐ首を突っ込むから」
その言い方だと、まるで俺が好き好んで危険に首を突っ込んでいるみたいじゃないか。
違うんだよ。
俺が望まなくても勝手に危険が近づいてくるんだ。
俺は首を大きく何度も振った。
「違います! 危ないことの方がわたくしに近寄ってくるんです」
「なおさら護衛は必要でしょ?」
アルファルドはきょとんとした顔をする。
「護衛はアントニスだけで十分です」
すると、アルファルドは途端に瞳を潤ませる。
「俺、要らない?」
うっ。その美少女顔で泣きそうな顔をするのはやめてくれ。
俺の胸に罪悪感がじわじわと湧く。
そんな顔されたら俺は折れるしかないじゃないか。
「……そんなことないです」
嗚呼、この野郎。
自分の可愛い顔を人質にして俺を脅すのはやめろよ。
絶対コイツ分かってやってるだろ。
汚いぞ、アルファルド!
「じゃあ、護衛」
「いや、あの、護衛ではなくてお友だちでお願いします」
そう言った途端、アルファルドの顔が輝く。
「いいの?」
「いいのと言うか、もうお友だちですし……」
「そう、嬉しい」
アルファルドが納得したようで俺はほっと胸を撫で下ろす。
これ以上、アルファルドとややこしい関係になるわけにはいかない。
アルファルドはミモザとくっつける予定なのだ。
ミモザと言い合いになるのは面倒だしな。
「でも、アルのこと守りたい」
もういいよ。
護衛は必要ないって言っているのに執拗いんだよ。
いい加減怒るぞ。
俺はぐっと堪えて微笑む。
「ありがとうございます。気持ちだけ受け取っておきます」
俺はご令嬢らしく口元を隠しながらコロコロと笑ってごまかす。
俺の言葉にアルファルドはむっとした表情をする。
「もっと強くなるから。そしたら考えてね」
そう言うとアルファルドはソファーにごろりと横になった。
「アルファルド?」
「喋り過ぎ。疲れた」
そう言うとアルファルドは眠そうに目を擦った。
そうだな。今日はいつもの十倍以上喋っているもんな。
眠くなるのも無理はない。
お母様たちに目をやる。
二人の話はまだまだ続きそうだ。
俺は直ぐにメリーナにひざ掛けを持ってくるようにお願いした。
ひざ掛けが届くころにはアルファルドは寝息を立てていた。
本当に可愛らしい寝顔ですこと。
「お疲れ様」
俺はひざ掛けを広げながら、アルファルドにそう声を掛けた。
次は次章に入る前に番外編が入ります。
アルファルドが自分の家に帰るときの話です。
よろしくお願いします!




