21.今日も今日とてお説教
女はユークレース家の馬車でどこかに運ばれた。
俺たちが落ち着いて、居間に戻れるようになったころにはすでにお茶会は終わって、お客様は帰った後だった。
「お茶会メンバーは皆黙って帰っていったものの、きっとそれぞれ何か思うところはあるでしょう。まあ、上手いこと言い訳を考えておくわ」とお母様は言った。
話を大きくしてしまったようで正直申し訳ない。
俺は深く反省した。
そして、今日も今日とてお説教タイムが始まる。
流石に何かをやらかして怒られることに慣れてきたとはいえ、お母様とユークレース伯爵夫人の両方からお叱りを受けるのは、俺でも結構堪える。
しかも、泣きながら諭す担当のお母様と、怒りを露わにしながら叱る担当ユークレース伯爵夫人のタッグは強力だった。
ああ言えば泣かれ、こう言えば怒られる。
言い訳がほとんど通用しない。
俺とアルファルドは頭を垂れ、反省のポーズをしながら二人に叱られていた。
「何でも相談すると言ったじゃない」
大粒の涙をハンカチに吸い込ませてそう言ったのはお母様だった。
「そうなんですけど、出来なかったと言うか、お客様の安全を考えたらこのようなことに……」
「子どもがそんなことを考えるんじゃありません。助けていただいて言うのもなんですど、もう少し自分のことを考えて行動するべきです」
ユークレース伯爵夫人は目を細め、怒ったような表情で俺を見つめた。
「一応、剣とか習ってますし……」
「あんな無茶苦茶なのは私の教えた剣ではないわ。挑発して怒らせて危ない目に遭うなんて!」
「そうです! アルファルド、貴方も聞いているんですか? 私を置いてあの部屋に戻って……あの女の狙いは貴方だったんですよ」
「だから、戻った」
「だからじゃありません!」
ユークレース伯爵夫人は苛々とテーブルを叩く。
「ごめん、母さん」
ユークレース伯爵夫人はため息を吐いた。
「それから、貴方の場合は他にも色々と聞きたいことがありますからね。いつから記憶が戻ったのかとか」
「今日。さっき」
「じゃあ、貴方が誘拐されたときのことを覚えているというのですね」
ユークレース伯爵夫人の言葉にアルファルドは頷く。
そして、ゆっくりと話を始めた。
無口なアルファルドの言うことを分かりやすく要約と補足をすると次のようになる。
アルファルドは「本当の母親に合わせてあげる」と言われ、メイドに連れられ、例の母親の家に行った。
メイドは離れ離れになった親子を対面させると、直ぐにお屋敷の仕事があるからと一旦、その場を離れた。
しかし、母親はアルファルドを息子と認めず、家から追い出した。
ペンダントが息子を証明するものだからとメイドに言われていたから、見せたのだが、母親は見向きもしなかったそうだ。
箱入り息子のアルファルドは全く知らない場所においてけぼりになり、彷徨う。
途中、街のクソガキに見つかり、いじめられ、ペンダントが奪われる。
アルファルドは追いかける。
そして、クソガキはわざと川にペンダントを投げ入れた。
アルファルドはそれを取りに川に入る。
ペンダントを見つけたころには寒すぎて力尽きて倒れる。
倒れた拍子に何かに頭をぶつけた。
どうやら、そこを俺が発見したということらしい。
おい、誰だか知らねえけど、面倒なことをしてくれたな、クソガキ。
見つけたらただじゃおかねえぞ。
「アルファルド、今度そのお子様を見かけたときは言ってくださいね。わたくしがお仕置きをして差し上げますので」
「アルキオーネ、危ないことはしない約束よね? 泣くわよ?」
お母様は涙で重くなったハンカチを顔の前に出した。
やっぱり、女の涙はずるい。
そう思うが、悪いのは俺だ。
何も言えずに黙る。
「よろしい」
お母様は剣を手にしたときのように威厳のある顔つきになって頷く。
「ごめんなさいね。貴方がそこまで本当の母親に会いたかったなんて思っていなかったから」
アルファルドの話をじっと聞いていたユークレース伯爵夫人は重い口を開いた。
「違う」
「じゃあ、なんで母親なんかに会いに行ったの?」
「言いたかったから」
「何を?」
「今、俺は幸せだって。だから、心配しなくていいよって。会いたいってそういうことでしょ」
アルファルドはじっとユークレース伯爵夫人を見つめてそう言った。
その後、「結局、聞いてくれなかったけど」と小さく呟くのを俺は聞いた。
きっとユークレース伯爵夫人にも聞こえたのだろう。
ユークレース伯爵夫人は膝の上の両手をぎゅっと握る。
「やはりあの女の元にはアルファルドは返せないことがこれではっきりと分かりました。オブシディアン家には大変なご迷惑を掛けましたが、あの女の処遇は私たちに任せてもらえないでしょうか」
お母様は一瞬考え込むようなポーズをとる。
「ええ、娘に危険が及ばないように配慮していただけるなら。オブシディアン家としてはことを荒立てたくないと考えております」
そう言って大きく頷く。
そして、お母様とユークレース伯爵夫人は小さな声で話し始める。
どうやら、俺たちには積極的に聞かせたくないことを話しているらしい。
よし。どうやら俺たちのお説教から意識が逸れたようだ。
俺はにやりと笑う。
「アル?」
アルファルドが首を傾げた。
「何ですか?」
「怪我、大丈夫?」
「ええ、アルファルドが守ってくれたおかげです」
「良かった」
アルファルドは微笑む。
愛らしい笑みに俺の胸はきゅんと高鳴りそうになる。
危ない。コイツは男だって。
俺は首を振った。
「アル?」
「いえ、なんでもありません。アルファルドの方こそ大丈夫ですか?」
「大丈夫って?」
「おでこですよ」
俺はアルファルドの額を指す。
「これ?」
アルファルドは前髪を掻き揚げて見せる。
丸み帯びた白く透き通った額には不格好な絆創膏が一つあった。
じんわりと血を吸ったそれは赤く色づいている。
「平気。魔法使ったし」
「魔法?」
「そう。いくらなんでも何もしないわけない。ガラスを防ぐ魔法を使った」
アルファルドは頷く。
コイツ、そこまで考えて行動していたのかよ。
無口なくせに頭の回転だけは速いようだ。
「と言うか魔法なんて使えたんですか?」
「簡単なものはできる。得意なのは水とか温度操作。氷とか熱湯とかすぐ出せる」
氷だと……
俺ははっとする。
知っていれば木剣で頭打ったときにすぐに冷やせたじゃないか。
「何で教えてくれなかったんですか!」
「記憶がなかった」
「そこまで忘れないでください! ナイフとフォークの使い方は覚えていたくせに!」
俺の突っ込みにアルファルドはしゅんと下を向いた。
嗚呼、なんだかいじめたみたいになっている。
そんなつもりは全くないのに。
「嗚呼、怒ってないですから。いや、魔法を使って怪我しないようにしていた時点で素晴らしい判断力です。グッジョブです!」
「ほんと?」
「本当です。流石アルファルド!」
俺の言葉にアルファルドは嬉しそうに頷く。
表情が明るくなって本当に良かった。
コイツの悲しそうな顔は俺の罪悪感を上手く煽ってくれるな。




