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転生するならチートにしてくれ!─ご令嬢はシスコン兄貴─  作者: シギノロク
三章 十三歳、子育て始めました。
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19.般若とご令嬢

「この部屋に入ったら、ただじゃおきません」

 俺は凄んでみせる。

 しかし、所詮、可憐で華奢なご令嬢。


 女は俺を突き飛ばす。

 身長はそこまで大きく違わないはずなのに、女の力は強かった。

 俺はよろけて強かに体を扉に打ち付ける。

 鈍い痛みが肩に走る。

 内出血ぐらいはしているかもしれない。


 肩を押さえ、痛みを堪えながら、俺は笑う。

 暴力を振るってくれたから、こっちも漸く実力行使ができる。

 俺は本を振り上げて投げるモーションに入る。


「アル?」

 後ろから声がした。


 俺は投げるのをやめて振り返った。


 薄く開いた扉の向こうで、青い顔をしたアルファルドがこちらを見ていた。

 一瞬、時が止まったかのような錯覚に陥る。


「ア、アルファルド……」

 思わず俺はそう呟いてしまった。

 慌てて口を本で隠すが、漏れた言葉は戻らない。


 女は俺をもう一度突き飛ばした。

 今度は床に尻もちをつく。

 痛みを感じる余裕なんてなかった。


「アルファルド!」

 掠れた声がアルファルドを襲う。


 俺は女の足にしがみつこうと手を伸ばす。

 しかし、それよりも早く女の足は動いていた。

 俺の手は空を切る。


「何処? アルファルド!」

 女は目の前のアルファルドを突き飛ばす。


 ごろりとアルファルドは転がった。


 女はそれを無視して中へと進む。

 目の前にいるのは求めていた自分の息子だというのに何故だ。

 そう疑問に思ったのだが、アルファルドを見て、直ぐに理由が分かった。


 今日のアルファルドは女装している。

 だから、アルファルドのことをアルファルドだと認識できていないんだ。

 でも、以前、連れ去ったときもアルファルドはドレスを着ていたはずだ。

 もうすでにアルファルドの女装は見ているはずなのに、何故気づかないんだ。

 まさか、連れ去ったのはこの女じゃないということなのだろうか?

 しかし、ユークレース伯爵たちが嘘を言っているようにも見えなかった。

 どういうことなんだ。

 俺は新たな疑問を抱く。


「プルーラ、なんてことを!」

 部屋の真ん中にいたユークレース伯爵夫人が小さく叫びながら、アルファルドに駆け寄った。


「お前は、ユークレースの!」

 女はユークレース伯爵夫人を見つけると、ものすごい勢いで体当たりをした。


 ユークレース伯爵夫人の体は強かに床に叩きつけられる。


「アルファルドを隠したのはお前か!」

 そう言って女はユークレース伯爵夫人に覆いかぶさる。


 女のやせ細り、頬骨の目立つ顔は光の加減でその凹凸がやけに強調されていた。

 血走った眼は見開かれ、ぎらぎらと憎しみに輝く。

 唇は左右に大きく裂かれ、そこからは鈍い白が覗いた。

 嫉妬や恨み、憎しみに満ちた女の顔。

 般若の面にそっくりだと思った。


 カサカサとした艶のない指が白いユークレース伯爵夫人の首に絡みつく。

 ユークレース伯爵夫人は女の両手を握り、必死に抵抗する。

 しかし、女の指はどんどん白くなるばかりで、けして力を緩めることはなかった。

 ユークレース伯爵夫人の唇からは曇った音が漏れた。爪を立て、女の腕を掻き毟る。

 それを見て、女はうっとりと笑った。


 自分が絞められたときの記憶が蘇る。

 背筋が凍る。


「やめろ!」

 俺は叫んだ。


 俺は女に蹴りを入れた。

 ご令嬢とか、何だとかそう言うのを構っている暇なんてなかった。

 このままだと死んでしまう。


 しかし、女は動かない。

 ぐっと力を込めたままだ。


 俺は後ろから女を取り押さえようとする。

 力が強い。御せない。


 何のために今まで色々してきたんだよ、俺。

 考えろ。何かあるはずだろ。


 そうだ。アルファルド。

 この女はアルファルドをまだ見つけていない。

 アルファルドの名前を出せば、何らかの反応があるはず。


「アルファルドになんてものを見せるんだ!」

 俺は叫んだ。


 女ははっとしたように手を離す。

 そして、顔を上げ、きょろきょろと辺りを見回す。

「アルファルド? いるの?」


 今だ。俺は女の両腕に自分の腕を絡めた。

 そして、女を引き剥がす。


「ユークレース伯爵夫人! あの子と早く逃げてください!」


 新鮮な空気に噎せこみながらユークレース伯爵夫人は何度も頷く。


 女は俺の腕の中で暴れまわる。

 本当に力が強い。

 こんなとき、俺が男のままだったら、もう少し上手く抑えることができるのに。


「早く! お願いします!」


 ユークレース伯爵夫人は立ち上がると、アルファルドを連れて部屋から出ていく。


 良かった。

 その後ろ姿を見て、僅かに気が緩む。


 女は俺の顎に後頭部をぶつけた。

 視界が歪み、意識が遠のく。

 奥歯を噛みしめていたおかげで舌を噛み切ることはなかったが、頭へのダメージは相当なものだ。

 俺は床に仰向けになって倒れる。


「アルファルド! アルファルド!」

 女の叫び声が遠くに聞こえた。


 違う。

 白く滲んだ視界の中に女の足が目の前にあった。


 早く立たなきゃ。

 この女を止めなきゃ。

 そう思うもののぼんやりとした意識と吐き気が邪魔をする。


 本当に役立たずだな。

 なんでこんなときに上手く動けないんだ。

 いつも誰かに助けてもらって、それが当然でたまるか。

 俺は身も心もお姫様になったつもりはねえんだよ。

 こんなの我慢できるだろうが。

 俺は吐き気を堪えて、ふらふらと立ち上がった。


「貴女は、何も分かっていない。アルファルドが、目の前にいても気づかないくせに」

 俺は女を睨みつけた。


 女の目に殺意の色した憎悪が宿る。


 俺は笑った。


「ふざけるなよ。そんな顔ができるならなんで分からないんだ。そんな奴にアルファルドは渡さない」

「お前に何が分かる!」

「何度も何度も言わせるなよ。知らないし、分かりたくもない。俺は一生お前のことなんか理解しねえ!」

「うるさい!」


 女は俺に掴みかかる。


 俺は隠し持っていた靴下を取り出す。

 ビー玉を詰めた例の靴下だ。

 頭はさすがにまずいから、腕を狙ってそれを振り抜く。


 嫌な音ともに手に伝わる衝撃。

 たぶん、骨にひびぐらいいったと思う。

 最初からこれを使っておけばよかったな。


 女は腕を押さえ、よろめくように後ろに二、三歩下がる。


「お嬢様!」

 扉の向こうからメリーナの声がした。


 派手に暴れたもんな。

 漸く誰かが気付いてメリーナを寄越したってところか。


「メリーナ、アントニスを呼んでください。お仕事がたくさんありますよとでも言えば喜んでついてきてくれるでしょう!」

 俺は叫んだ。


「分かりました、すぐに」

 ただならぬ気配を感じたのか、メリーナの足音が遠ざかる。


 良かった。

 これでアルファドをこの女から守ることができる。

 俺は安堵のため息を吐くところだった。


 え? 影が俺の目の前に迫る。

 俺は驚いて後ろに下がった。

 ゴツンという音がした。

 背中に壁が当たる。

 壁? いやこの明るい光は窓だ。


 俺は目を瞠る。


 影は女が投げた椅子だった。

 造りはしっかりとしていて、重さだってそれなりにあるはずなのに、やけに高く飛んでいた。


 俺の遥か上にそれは吸い込まれていき、音を立てて何か壊れた。

 キラキラと頭上に輝くものが見えた。

 ゆっくりと落ちてくるそれはとても美しくて、俺は目を細めた。

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