17.体調不良と侵入者
アルファルドは緩慢な動きで階段を上る。
時折、崩れそうになるアルファルドを支えながら歩く。
なんでこんなになるまで我慢していたんだ。
いや、違う。
俺が我慢させてしまったんだ。
もっとアルファルドに注意を払ってやればこんなことにはならなかったはずだ。
俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ごめん」
アルファルドが小さく呟く。
「いえ、わたくしがもっと気遣うべきでした」
アルファルドは首を振った。
「アルはわるくない」
以前、リゲルとアルファルドが同時に言っていた言葉だ。
ほんの少し前のことなのになんだか昔のことのようだ。
それほど、アルファルドがいることが当たり前のようになっていた。
「ありがとう」
俺は泣きそうになりながら微笑んだ。
コイツ、健気すぎる。
女だったら嫁にしたいくらいだ。
何で神様はコイツを男、俺を女にしたんだ。
逆なら全てが上手くいきそうなものを。
俺は思わず神様に舌打ちしてやりたくなった。
そうこうしている間に漸く、アルファルドがいつも寝泊まりしている客室に辿り着く。
ベッドの準備はもうすでに整っているようだ。
「大丈夫ですか?」
そう言いながら、客室のベッドにアルファルドを寝かせる。
アルファルドはごろりとベッドに横たわると、腕で目を隠した。
そして、大きく二、三度息をすると、首を振った。
「色んなにおい。頭、いたい」
アルファルドは呟く。
なるほど。
あんなに女性がいたのだ。香水の匂いで酔ったのだろう。
アルファルドはぐったりとしている。
「暫くここで休んでいてください。お水でももらいましょうか?」
「おねがい」
アルファルドは力なく頷いた。
俺は顔を上げた。
この時間、メリーナはお茶会で忙しく動き回っているはずだ。
アルファルドに付き添っていたかったが、仕方ない。取りに行くか。
部屋の中では、ユークレース伯爵夫人は困った顔をして落ち着かない様子で、右に左にうろうろと歩いていた。
ちょうどいい。
アルファルドのことを見ていてもらおう。
「ユークレース伯爵夫人」
俺はユークレース伯爵夫人に声をかける。
ユークレース伯爵夫人ははっとした顔をしてこちらを見た。
「あの、アルファルドが何か?」
「少し、匂いに酔ってしまったようです。わたくし、今からお水を取って参りますので、ここにお掛けになってアルファルド様の様子を見ていてくださいませんか?」
俺はベッドの脇に椅子を用意した。
ユークレース伯爵夫人は青い顔のまま頷く。
「大丈夫です。わたくし、すぐに戻ってきますね」
俺はユークレース伯爵夫人が椅子に座ったのを確認すると、すぐに廊下に出た。
階段の下からはお茶会の賑やかな話し声が聞こえた。
俺はお水をもらいに階段を降りた。
アルファルドのあの様子ならば、医者を呼ぶ必要はない。
休めばなんとかなるだろう。
そうは思うが、医者でもないので確証はなかった。
一応、お母様に相談するか。
そう思い、俺はお水を貰う前にお茶会の会場に向かった。
トイレから戻ってきたところなのだろうか。
お茶会の会場である居間の前で女性が一人立っていた。
暫く立っているようなので俺は不思議に思い、足を止める。
女性は扉を薄く開き、中を覗いているようだった。
一体、何を見ているのだろう。
俺は不思議に思って声を掛けようとした。
そこではっと気づく。
女の髪の色がアルファルドと同じ銀髪であることに。
あの会場に、銀髪はアルファルドしかいなかったはずだ。
ということは、この女は招かざる客ということになる。
侵入者なのはすぐに分かったが、どうするべきか。
ここで俺が取り抑えてもいいのだが、万が一、変に刺激してお茶会に参加している人たちに何かあっても困る。
それにこれはオブシディアン家のお茶会なのだ。
何かがあればオブシディアン家の責任になる。
兎に角、一旦誰かを呼ぼう。
そう思い、ゆっくりと後退りをする。
音を立てずに動くのがこんなにツラいだなんて。
俺は焦る気持ちを抑えながら静かに足を後ろに動かした。
一歩一歩、階段の方に近づいていく。
あと数歩で気づかれずに階段にたどり着く。
確かに、音はしなかったはずだった。
しかし、女は、ゆっくりと、俺の方を向いた。
淡い青の瞳がこちらを見つめる。
アルファルドと同じ、冬の空のような澄んだ青だった。
しかし、同じ色のはずなのに、アルファルドと違い、瞳は爛々と輝いて充血している。
昔は美しかったであろう顔は、疲れきっており、肌や髪の毛もぱさぱさとしていて艶がない。
目の下には溝のように濃いクマがあり、瞳だけがやけに目立っている。
髪や瞳の色から、直ぐにアルファルドの母親であるということが分かった。
「アルファルドは……」
女は呻くように呟く。
酒やけだろうか、酷く掠れた声だった。
俺は一瞬、戸惑った。
上に逃げれば、アルファルドたちの居る部屋にたどり着いてしまう。
俺は無意識のうちに上を見ていた。
「上なのね」
掠れた声が確信したような色を帯びる。
しまった。アルファルドが危ない。
俺は慌てて、階段を駆け上がった。
叫んで助けを求めることも出来たが、そうなると不審者の侵入を許したことがバレてしまう。
そうなっては、オブシディアン家の恥だ。
なんでこんなときに限ってアントニスは近くにいないんだ。
俺は苛苛としたが、どうしようもない。
俺はアルファルドのいる部屋に駆け込むと、鍵をかけた。
「どうしたんですか?」
部屋に駆け込んできた俺に驚いたようにユークレース伯爵夫人が立ち上がる。
俺はユークレース伯爵夫人に近づく。
「何も話さないでください。一先ず、夫人とアルファルド様は何処かに隠れていただけませんか?」
俺は早口でそう告げる。
ただならぬことが起きたのだとユークレース伯爵夫人は察したようで、すぐさまアルファルドを抱き締める。
「アル?」
アルファルドはこちらを見つめながら首を傾げた。
「大丈夫です。わたくしにお任せ下さい」
そう言ったときだった。
扉を激しく叩く音がした。
アルファルドは泣きそうな顔をする。
こんな顔を見て、誰があのクールで寡黙なアルファルドだと思うのだろうか。
俺は微笑んだ。
いや、コイツがあのアルファルドだろうが、そうでなかろうが、どうでもいい。
今はコイツを守ってやらなければならない。
「もう時間がありません。少し狭いとは思いますが、ベッドの下に隠れて」
俺はユークレース伯爵夫人の背中を押した。
ユークレース伯爵夫人は頷くと、ベッドの下に隠れた。
昨日もアルファルドと一緒に雑巾がけをしたんだ。
ベッドの下も埃っぽくないはずだ。
さて、アルファルドたちを隠してからが問題だ。
どうやって、お茶会のメンバーにバレずに相手を排除するか。
帰ってこない俺たちを探しに誰かが来てしまえばアウト。
帰ってこない俺たちに気づかなかったとしても、敵がやけを起こして暴れ回ってもアウト。
早く上手く処理する必要がある。
この部屋に剣なんてものはない。
となれば、代用できるものを探そう。
俺は片っ端から使えそうなものを集める。
本、ぶつければ怯ませることくらいはできる。
壺、これも当たれば痛い。
枕は要らないな。
椅子、投げられればこれも痛いだろう。
カーテンタッセルなんか相手を縛るのに使えそうだな。
そういえば、靴下に砂やコインを詰めると武器になると聞いたことがあるぞ。
砂もコインもないけど、ビー玉ならこの前アルファルドと遊んだときにアルファルドがとても気に入っていくつかあげたはずだ。
俺はビー玉を探し出すと靴下を脱ぎ、中に詰めた。
上手くいくか分からないが殴打用の武器も一応出来た。
あとは魔法で何とかするしかない。
アルファルドの母親だからできるだけ怪我をさせたくないので、勿論武器を使わないことに越したことはない。
どうか穏便に済みますようにと祈りながら、俺は覚悟を決め、激しく叩かれている扉を開いた。




