4.手紙のやり取り始めました
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突然の訪問から数日後、レグルス王子から手紙が来た。
手紙の内容は「薔薇を母親に見せたところ、とても喜んでくれた」ということと感謝の言葉、そして、「また早く会いたい」と書かれていた。
俺は薔薇の香りのする便箋に「勿体ないお言葉ありがとうございます。是非、またお越しください」と手紙に書いて、庭園の写真を入れて返した。
すごく伯爵令嬢っぽい手紙を認めてやることができて俺は満足だった。
それからというもの、週に二、三度くらいの頻度で、レグルス王子から手紙が来るようになった。
内容は短く取り留めもないことばかりで、最近の都の様子だとか、乗馬が上手くなったとか、剣の練習をしすぎてマメが潰れたとかそんなものばかりだった。
俺からの手紙はいつも薔薇の香りのする便箋に「素敵なお手紙をありがとうございます。レグルス様の生活を知ることが出来て大変嬉しく思います」と書いて入れるだけという素っ気ないものだった。
それが俺の嫌われるための精一杯の行動だった。
そもそも、普通は愛される努力をするもので、思いもよらず嫌われることはあっても、嫌われたいから嫌われるような行動をすることなんてないだろう。
それに、今までアルキオーネが築いてきたご令嬢のイメージを崩したくないし、不敬を働いたからと殺されたくもない。
アルキオーネの優しい性格に、俺のヘタレな性格が加わったおかげで、なかなか、直接、嫌われるような言動がなかなかできないのが現状だ。
それでも、ずっとチヤホヤされてきた王子のことだ。
素っ気ない手紙を出せば、嫌われなくとも興味をなくすかと思っていた。
なのに、毎回、送られてくる手紙には必ず「君と会うことができたらどんなに嬉しいだろう。会える日を楽しみにしている」と締められていた。
お世辞にしても手紙の頻度が多い。どうやら本心なのだろう。
何故、こんなにもこの男は俺に情熱的な好意を向けてくるのだろう。
まさか、素っ気なく書いているつもりだったが、文面からアルキオーネの奥ゆかしさが滲み出てしまっているのか?
いやいや、中身は俺だぞ? 男だぞ?
それともなんだ。そういうプレイだと思われてるのか?
手紙を貰う度、そんな自問自答が浮かんでくるのだった。
ある日、レグルス王子から届いた手紙の中には、女性の写真が入っていた。
それはレグルス王子の母親の写真だというのだが、何処かで見たことのあるような姿をしていた。
「ねえ、メリーナ。この方、どなたかに似ていると思わない?」
散々考えたのだが分からなかった俺はメリーナを頼ることにした。
「お嬢様に少し似ていらっしゃいますね」
メリーナは考えた様子もなく、写真を見るとすぐさまそう答えた。
「そうかしら?」
俺は写真をじっと眺めた。
ブルネットに透き通るような白い肌、瞳の色は深い赤。やや下がった目尻の女性は写真の中で穏やかそうな笑顔を浮かべていた。
アルキオーネはといえば、黒い髪に透き通るような白い肌、瞳の色はヘーゼルで、やはり目尻の下がった穏やかそうな顔つきをしている。
似ているといえば似ているが、髪や瞳の色がまるで違う。
「お嬢様、その写真はどなたなんですか?」
「嗚呼、レグルス様にいただいた写真なんだけど、どうやらレグルス様のお母様らしいんです」
「そう言えば、噂で聞いたことがあります。レグルス殿下が初めてお嬢様を見たとき、ご自身の母上にそっくりで驚いたと」
「でも、髪や瞳の色がまるで違いませんか?」
「いえ、顔がというより、笑い方や声、仕草が似ているようですよ」
なるほど。容貌というより風貌が似ているということか。
アルキオーネに似たレグルス王子の母親の写真。
俺は写真を眺めていると、はっと気づく。
これだ!
もしかして、俺との婚約がレグルス王子の母親が関係してるんじゃないか?
大抵の男はマザコンって言うし、可能性はある。
しかし、ゲームの中でのレグルス王子からはそんな雰囲気がなかった。
寧ろ、嫌っているくらいだったように思う。
俺が一人で考え込んでいると、メリーナはハッとした顔をする。
何か思い出したようだ。
「でも、殿下の母上は亡くなっていると聞いたことが……」
「え?」
「詳しくは知りませんが、今の王妃は別。……つまり、継母であるはずですよ。この写真はどちらのお写真でしょうか」
メリーナの言葉に俺は何も言えなくなった。
死んだ実母と生きている継母。
継母に虐められる子どもってのは昔話でも現実でも聞いたことがある話だ。
しかし、以前の手紙の様子からだと、生きている方の母親に薔薇を見せたってことだよな。
となると、レグルス王子と継母の関係は決して悪くはない。
継母が好きで単に自慢したくて写真を入れた?
いや、死んだ実母を恋しがって面影のある俺を重ねているということも考えられる。
その場合だと、死んだ実母のようになってくれというアピールなのか?
どっちの写真だ?
レグルス王子とアルキオーネの婚約に繋がりそうな写真だという予感はするのに、それ以上分かることはない。
俺はそんなに頭が良くない。
良ければもっといい大学入ってるだろう。
考えても仕方ないな。
「メリーナ、お願いがあるの」
俺はメリーナに薔薇の香りのする便箋を持ってきてもらうよう頼んだ。
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それから数日して、レグルス王子が屋敷にやってきた。
手紙を読んでいてもたってもいられなくなったらしい。
確かに会って話した方が楽だからと、俺は手紙に「手紙だけでなく、今度お茶でもしながらゆっくりとお話がしたいです」と書いた。
でも、物事には順番があって、「じゃあいつ会いましょう」とか「ご都合いかがですか?」という段階を経てから、なんじゃないのか?
いや、この王子のことだからそういうことより自分の都合が先なのだろう。
そういうところはレグルス王子っぽいんだよな。
「会いに来たぞ、アルキオーネ」
レグルス王子は俺を見つけると、はしゃいだ様子で俺の元に駆け寄る。
「お久しぶりです、レグルス様」
俺はスカートの裾を摘み、恭しく礼をする。
「君の手紙を貰ってからというもの、どうしても会いたくて来てしまった!」
レグルス王子は無理矢理俺の手を奪うと、そのまま握りしめた。
俺は「少し馴れ馴れしすぎやしないか」と苛立つが、すぐにアルキオーネの部分が「まあ、殿方とはこんなものよ」と呟く。
自分のことなのだが、伯爵令嬢はこんなとき心強い。
「わたくしもですわ」
最大級の笑顔で俺はレグルス王子を迎え撃つ。
「そうか、同じ気持ちでいてくれて嬉しいぞ」
レグルス王子は眩い笑顔で返す。
クソ。間違えた。
また好感度を上げるような返事をしてしまったんだ。
俺は自分の伯爵令嬢っぷりを呪う羽目になる。
「レグルス様、お茶を用意致しました。レグルス様が宜しければ、天気も良いですし、庭園でお茶を飲むのはいかがでしょう?」
気を取り直して、俺は早々と庭園に行くことにした。
今は、レグルス王子に嫌われる作戦よりも、レグルス王子がアルキオーネと何故婚約したいのか探ることを優先しよう。
「そうだな。そうしよう」
レグルス王子は俺にさらに眩い笑顔を返した。
アルキオーネとレグルス王子の笑顔対決はレグルス王子の勝ちだな。
そう独りごちて俺はレグルス王子を庭園に案内した。