3.美少女の正体?
※ちょっと下品な表現があります。
メイドに案内されながら廊下を進むと、ガタガタと騒がしい部屋があった。
まさか、あの部屋に入るんじゃないだろうな。
そう思っていると、案の定、メイドが扉の前に立った。
「こちらです」
嫌な予感がする。
この音、中で誰かが暴れまわっているようにしか思えない。
まさか、あの子が暴れまわっているんじゃないだろうな。
俺たちが中に入ることを躊躇していると、ミラがさっと前に出た。
ミラが扉をノックした。
「大丈夫? 何の音なの?」
返事の代わりに大きな音がした。
その後、乱暴にドタドタと走る音がした。
音が扉の方に近づいてくるのが分かった。
「ミラ! 下がって!」
言い終わる前に扉が開く。
突然何かが飛び出してきてミラにぶつかった。
「きゃあ!」
ミラの体は軽く飛ばされる。
俺は咄嗟に手を伸ばすが、それより先にメイドがミラを支えた。
「お嬢様! お怪我はないですか?」
「え、ええ、何ともないみたい」
俺は安堵のため息を吐いた。
「きゃあああああ!」
メリーナの叫び声がした。
振り返ると、メリーナが顔を隠してへなへなと床に崩れていた。
「は、裸です!」
メリーナは真っ赤になって指をさす。
俺はメリーナの言う方向を見た。
げ、あれは裸じゃないか。
そこには裸に腰にタオルを巻いた子どもの後ろ姿があった。
背中には痛々しい白く肉の盛り上がったような痕がある。
ということは、あれが俺の助けた子か。
アントニスもぽかんとその背中を見つめるばかりだ。
ということはこの中であの子を追いかけられるのは俺しかいない。
「待ちなさい!」
俺は慌てて裸の少女を追いかけた。
身長は俺より小さいはずなのにやたらすばしっこい。
なかなか追いつけない。
少女は階段を駆け上る。
こうなったら魔法でとっちめてやる。
えっと、こんなときはどんな魔法を使えばいいんだ。
風? 火? 水は違うだろ?
うーんと、思いつかない。
魔法の不便さはこういうときにある。
反射的に目的に応じた手段を選ぶというのは、なかなか難しい。
さらには使い方もその人次第となると、咄嗟に出てくるものに偏りが生まれるし、こんなときはあの魔法を使えばよかったのだと後悔することも少なくない。
その点、剣なら振ればいいし、拳なから握って動かすだけなのだからシンプルで分かりやすい。
手段はある程度決まっているからあとは使い方を考えるだけだ。
まあ、剣だって頭を使うのだけど、瞬発力という面ではやはり剣の方がある気がする。
とはいえ、ここに剣はない。
あっても裸の少女に振るうわけにもいかない。
少女は階段を上りきると、まっすぐな廊下を走る。
俺もすぐに廊下に差し掛かる。
えーい、やけくそだ。
「待ちなさいって言ってるのが聞こえないんですか!」
俺は目についた花瓶を掴むと、投げた。
投げてからはっとする。
やばい、人様の家のものを投げてしまった。
弁償できるよな?
高価なものでありませんように。
そう祈りながら、花瓶を見守った。
花瓶は水と花を撒きながら飛んで行く。
後ろに目でもあるのか、少女は花瓶を難なく避ける。
花瓶は鈍い音を立てて転がった。
どうやら割れてはいないらしい。
セーフだ。
少女は床に転がった花瓶を避けようともう一度、跳躍した。
その瞬間、はらりと腰に巻かれたタオルが床に落ちる。
少女のお尻が丸見えになってしまう。
これって大丈夫なのかよ。
童貞のまま死んでしまったので、妹以外の生尻を見たことがない。
妹の生尻だって小さいときに風呂に入ったとき見たくらいで、遠い記憶の話だ。
これが巷で噂のラッキースケベというやつか。
これで一生分の運を使い果たしてしまったな。
俺は混乱しながら、そんなことを考えた。
羞恥心があったのか、タオルを拾おうと振り返って少女は手を伸ばす。
しかし、勢い余って少女は前転をするように転がった。
「捕まえましたよ!」
俺は床に転がる少女の頭を軽く叩いた。
少女の髪から水滴が落ちる。
うわ、びしょびしょじゃないか。
湯浴みの後、体をきちんと拭かずに暴れていたのだろう。
早く体を拭かないと風邪引くぞ。
俺はタオルを拾うと、頭の上にタオルを乗せてごしごしと拭いてやる。
思い出すなあ。
妹も小さいときは体を拭くのを嫌がって濡れたままリビングに来て母さんに怒られていたっけ。
俺がこうやって拭いてやったら「痛いからやめてよ」って言うんだよな。
少女はタオルの隙間から俺を見上げる。
真珠のような水滴が長い睫毛から零れ落ちた。
少女の容姿は儚く、アルキオーネやスーと同じくらい美しかった。
ドキッとした。
そうだ。ちょうどこんな風に見上げて言っていたんだ。
俺は少女の言葉を待った。
しかし、少女は妹と違い、何も言わずに俺を見ていた。
少女?
俺は違和感を感じて頭からつま先まで往復して見た。
ついてる。
今の俺についていなくて、前世の俺についていたアレが股間についていたのだ。
つまり、少女じゃなくてこの子は少年ということになる。
「貴方、男だったんですか!」
俺は真っ青になって叫んだ。
しかも、結構立派なアレじゃないか。
クソ。負けた。
前世の俺、ダメダメだな。
俺は密かにショックを受けていた。
俺の言葉に少年は頷く。
確かに気絶していたから性別を聞くことができなかった。
少女だと思ったのは、ドレスと綺麗な銀の長髪だったからだ。
嗚呼、まずい。
こんな素っ裸の男をメリーナやミラに見せるわけにはいかない。
男に免疫のないメリーナや、生粋のご令嬢であるミラが卒倒してしまうかもしれない。
まあ、卒倒せずとも、普通のご令嬢ならパニックで顔を真っ赤にして困惑したり、叫んだりするところだろう。
しかし、俺はそうはいかない。
前世では自分にもついていたものだ。
見慣れている。
「早くタオルで隠してください」
俺は冷静に少年にタオルを差し出した。
少年はタオルをじっと見つめた。
一向にタオルを受け取ろうとしない。
コイツ、全く隠す気がないな。
俺はため息を吐いた。
「立ってください。タオルを巻いて差し上げます」
俺の言葉に少年は頷いて立ち上がった。
本当に自分でやる気はないのかよ。
俺は呆れながらしゃがみ込んで、少年の腰にタオルを巻いた。
大事な部分は隠せた。
これで一先ず安心だ。
少年も安心したのか、また、逃げようと構える。
俺はがっしりと足首を掴んだ。
「何度追いかけられたら気が済むんですか? 捕まったら一度で観念しなさい」
俺は下から少年を睨んだ。
少年は俺を見下ろすと小さく頷いた。
全く、油断も隙もあったもんじゃない。
俺はため息を吐いた。
「で、元の部屋に戻ってもらってもいいですか?」
少年は横に首を振った。
嫌だということか。
コイツ、やる気もなければ、喋る気も全くないのかよ。
俺は心の中で毒づいた。
「分かりました。仕方ないですね。ミラに頼んで別の部屋を用意できないか聞いてみますから、一緒に来てください」
俺は立ち上がると、少年に手を差し出した。
これ以上逃げられては困る。
手でも握ってなければ安心できない。
少年はじっと俺の手を見つめてから、俺に視線を移す。
少年の瞳は淡い青をしていた。
冬の澄み切った空のようだと思った。
「大丈夫ですよ。わたくしたちは危害を加えたりしません。わたくしはアルキオーネ・オブシディアン。レグルス王子の婚約者です。レグルス王子の婚約者が身分を明かした上で、悪いことをすると思いますか?」
少年は首を傾げた。
「わからない」
小さく澄んだ声がした。
声変わり前のそれは少女のようだった。
「確かに肩書きだけでわたくしの人となりは分かっていただけないとは思いますが……」
「わからない」
少年は自分の頭に手をやる。
その手は震えているように見えた。
少年は感情の抜け落ちたような顔をしていた。
「何が分からないのですか?」
俺はそっと少年の手に自分の手を重ねた。
少年は横に頭を振ってから、俺を見上げた。
男と分かっているのに俺の胸は跳ねる。
銀色の長い睫毛に縁どられた瞳が揺れる。
不安や怯えの色が見えた。
「ぜんぶ」
少年はそう言い切った。
怯えとは逆の確信めいた響きがあった。
「全部?」
俺は少年の言葉を繰り返した。
じっと少年を見つめる。
青い青い空に飲み込まれるような錯覚がした。
「そう。だれなのか。なまえもぜんぶ。わからない」
少年の瞳の中にはアルキオーネが映っていた。




