28.四日目の朝
ガランサス四日目。
今日はレグルスとリゲルとの約束の日だ。
俺は朝から準備ばっちりだった。
が、気分はあまりよくなかった。
逆に、今日のメリーナは気分が良いようで鼻歌を歌っていた。
そりゃあ、そうだろう。
俺はメリーナの言う通りに、綺麗に髪を結い上げられ、パステルカラーのオレンジのドレスを着ていた。
くそ。「エスコートしてくれる王子に恥をかかせてはいけません」「オブシディアン家のためです」なんて言われたら、男の子みたいな恰好なんてできない。
俺は涙を呑んで全力で可愛らしい恰好をしてやった。
そんなわけで可愛い恰好をした俺は、アントニスと一緒に待ち合わせ場所の噴水の下で待っていた。
恥ずかしい。
パステルカラーのドレスは寒色が限界だ。
どんなにアルキオーネが美少女であっても、暖色のパステルカラーは厳しい。俺はもっと地味な色が好きなんだ。
いや、パステルカラーでもまだパンツだったら耐えられるが、ドレスだぞ?
俺は泣きそうだった。
早く来いよ! 男ども!
俺は祈るようにじっと辺りを睨んでいた。
「アルキオーネ!」
最初に着いたのはリゲルだった。
「リゲル?」
一緒に居るのはミモザと、ベラトリックスだろうか。
リゲルは一人で来ると言っていたはずだが、どうして二人がここに?
そう思いながら、俺はドレスの裾を摘んだ。
「おはようございます、ベラトリックス様、ミモザ様」
「おはようございます、アルキオーネ様」
ベラトリックスは優雅に会釈をした。
ミモザは黙ったまま、ベラトリックスとリゲルの陰に隠れる。
え、俺、なんかした?
「ほら、何か言うことがあるんだろう? そのために母さんがここまで来たんだぞ?」
リゲルはミモザの背中を押す。
ミモザは嫌がるような素振りを見せるが、リゲルの馬鹿力によって俺の前に出てくる。
ミモザは顔を真っ赤にして、ふるふると頭を振って隠れようとしていた。
言いたいことがあるのか、ないのか分からない。
別に俺はどっちでもいいんだけどな。
俺は黙って兄妹の攻防を見ていた。
「ミモザ!」
リゲルは叱りつけるように叫んだ。
ミモザは観念したように俺の前に恐る恐る出てきた。
「アルキオーネ様、先日はありがとう」
そう言って頭を下げる。
沈黙。
まさか、これだけじゃないよな?
俺はミモザの言葉を待った。
ミモザは頭を上げるが、下に目線をやったまま、黙りこくる。
おいおい、そのまさかだったりするのかよ。
「ミモザ!」
リゲルが叱咤する。
ミモザの体が飛び上がった。
その目にはじわりと涙が浮かんでいた。
やばい。ミモザの奴、泣く。
俺は咄嗟に身構えた。
「そうよ。私が悪いのよ。お兄様と色の似た服をアルキオーネ様が来ていたからって癇癪起こして飛び出していったの! 迷惑をかけてごめんなさいいいい」
そう叫んでミモザは泣きだした。
やっぱりな。こんな道の往来で泣くなよ。
俺は動揺してミモザの周りを回った。
「あの……迷惑なんて全然。一昨日も謝っていただきましたし、怪我もないですし」
嘘だった。
首の辺りには、首を絞められたときに外そうとして自分でつくった小さなひっかき傷があったし、掴まれた腕は青あざになっている。
あのクソ野郎。女の子の体になんてことをしてくれる。
俺の腸は煮えくり返っていた。
でも、泣いている女の子の前でそんなこと言えるわけがないだろ?
俺はひたすらミモザのご機嫌取りをするしかなかった。
「本当に大丈夫ですから!」
「本当?」
「本当です。一昨日も言いましたが、わたくしは怒ってません」
「ア、アルキオーネ様あああ。本当にごめんなさいいいい」
ミモザはくしゃくしゃな顔で泣き叫びながら俺に抱きついた。
俺は呆気にとられて、ミモザにされるがままになった。
もう好きにしてくれ。
「俺からも礼を言わせてほしい。実は、あの後、ミモザと会話をしたんだ。俺のせいでミモザを不安にさせていたみたいだね。それでミモザが怒って、あんな誘拐事件になってしまったらしい。全部話してくれたのは、アルキオーネが助言してくれたおかげなんだろう? 妹を助ける手伝いをしてくれた上に気を回してくれてありがとう、アルキオーネ」
リゲルが頭を下げた。
嗚呼、もしかして、ミモザは「リゲルの中で自分の存在が小さくなってしまうのではないか」と不安になっていたことをきちんと伝えられたのか。
ちゃんと話し合えたのなら良かった。
「いえ、上手くいったのなら良かったです」
でもな、リゲルよ。
そんな礼なんていらないからミモザを何とかしてくれよ。
俺はぐったりとしながらリゲルを横目で見た。
「ミモザ、お兄ちゃんとアルキオーネ様はこれから遊びに行くのです。そろそろお暇させていただきましょう」
ベラトリックスがそう言ってくれた。
レグルスが来るまでこのままかと思ったわ。
ありがとう、ベラトリックス!
俺の目にはベラトリックスが女神のように見えていた。
まるで後光が差しているみたいだ。
眩しいぜ。
「いやよ!」
ミモザは俺に必死にしがみつく。
俺は木で、お前は蝉か。
もっと可愛くできないのか。
「いやじゃありません! 行きますよ!」
「やだ! やだ!」
「貴方の我儘にみんなを付きあわせるのではありません。行きます!」
ベラトリックスは俺からミモザを剥がす。
そして、暴れるミモザを抱えた。
「じゃあ、アルキオーネ様、この度は本当にありがとうございました。今日は簡単なご挨拶程度にさせていただきますが、日を改めてお礼させていただきますね」
「あの……お礼なんて……」
「いえ、お礼させていただきます。では!」
そう言って二人は嵐のように去って行った。
「なんだったんですか?」
アントニスは口を開けたまま呟く。
「さあ?」
俺もアントニスと同じような顔をしてアントニスと顔を見合わせた。
レグルスに会う前から疲れた。
俺はため息を吐いた。
「変な顔をしてどうしたんだ?」
レグルスの声がした。
そちらを振り返ると、案の定、レグルスがいた。
どうやらミモザとベラトリックスのことは見えていなかったようだ。
首を傾げている。
良かった。
もしも見られていたら一昨日のことを説明しなきゃいけなくなる。
一昨日のことを説明していたら、なかなか遊びに行けないじゃないか。
「なんでもありません! 早く美味しいものが食べたいです。ね、リゲル?」
「え? あ、そうだね」
リゲルはにこにこと笑う。
「お? おお、さっそく行くぞ!」
そう言うレグルスの背中を俺は押した。
リゲルやアントニス、レグルスの護衛がそれに続く。
そういえば、ちらりと俺は後ろを覗いた。
レグルス護衛を二人連れていた。
どちらも俺の知らない顔だった。
「ランブロスは?」
俺はこっそりとレグルスに耳打ちした。
確か、アクアオーラが失脚してから、レグルスの護衛の責任者はランブロスになったはずだ。
「嗚呼、ちょっと家の……弟のことでゴタゴタがあったようでな。二、三日、家に帰りたいということで許可をしたんだ」
「そうなんですか」
「あ、でも、ランブロスがいなくても大丈夫だ! この二人だって強いんだぞ? なあ!」
レグルスは立ち止まると、急に叫ぶ。
護衛二人は驚いたように飛び上がった。
本当に大丈夫なのか?
じっと二人を見た。
二人は顔を赤くする。
「強いのは本当なんだ! な、ディオン、エリック!」
「恐れ入ります」
「そういうことにしておいてください」
どうやら二人の名前はディオンとエリックというらしい。
二人は小さく頭を下げる。
控え目な性格のようで好感が持てた。
「そう言えば、まずは何処に行くの?」
リゲルが問う。
そう言えば行く先を決めていなかったな。
「まずはドーナツ!」
「パイも食べたいです」
「あと、お肉!」
「俺はお菓子も食べたいです」
思い思いのものを叫ぶ。
自由すぎる。
てか、最後にお菓子と言ったのはアントニスだよな。
今日はお前は仕事に来ているんだぞ?
分かっているのか?
振り返るとアントニスがとってもいい笑顔を浮かべていた。
まあ、寄ってやってもいいか。
「あ、そう言えば最後でもいいから雑貨屋も見たいんだが……」
レグルスが控え目にそう言った。
珍しいこともあるもんだ。
「雑貨屋ですか?」
「母上に贈り物を……」
レグルスは言いづらそうにそう言った。
許せないと言っていたのに。
漸く許せるようになったのか。
「心の整理が?」
俺はレグルスを見つめた。
「いや。母上の体調……お加減が良くないようで」
レグルスは首を振った。
どうやら、まだレグルスの心は整理がついていないらしい。
そんなすぐに割り切れるものではないよな。
「そうですか……じゃあ、元気になるように一緒に素敵なものを選びましょう! ね、リゲル」
「勿論! 一緒に見よう」
俺たちの言葉にレグルスは微笑んだ。
「ありがとう」
さて、今日は始まったばかりだ。
「デネボラ様の贈り物は探しますけど、その前に遊び倒しますよ!」
俺はレグルスの手を取った。
それを見てリゲルも俺の手を取る。
俺たち三人は仲良く、店に向かって走り出した。
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リゲルメインのガランサス編はここまでです。
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