23.リゲルの本性
外が騒がしい。
チラリと窓から外を見ると、憲兵らしき者たちが廃教会を囲んでいるようだった。
嗚呼、アントニスたちが追いついたのか。
思ったより遅かったな。
俺はリゲルから包みを奪うと、帽子とコートを取り出した。
帽子をミモザに被らせる。
ミモザの格好といったら、リゲルに飛びついたせいでドレスは血で汚れていたし、髪だってこんな埃っぽいところにいたせいでなんだか白く汚れていた。
こんな格好で外に出す訳にはいかないだろう。
「アルキオーネ様?」
ミモザが俺の行動を不思議そうに見ながらそう呟く。
「お貸しします。今のミモザ様の格好……少しばかりお外に出るのに向きませんから」
そう言ってミモザの後ろに回り込むと、コートを着せた。
ミモザは自分のドレスに目を落とす。
少し黒ずんだ赤のシミが胸元にべっとりとついていた。
ミモザの顔が少し青ざめる。
気付いてなかったのか。
俺はそれを隠すようにコートのボタンを留めていった。
赤紫のコートに黄色のドレス。
色合いはあまりよくないが、服に血がついているよりマシだろう。
「そういうことだったのね。ありがとう」
ミモザは青ざめていたが、気丈にも微笑んだ。
生粋のお嬢様であるミモザは血を見ることがあまりなかったのだろう。
ショックを受けているようだ。
待てよ。
このまま外に出ようとするとあの血だまりの中を歩かなければならないことになる。
俺だって吐いたんだ。
大丈夫なはずがない。
「申し訳ございません、ミモザ様。少々リゲルと作戦会議をさせてください」
俺は手を挙げて作戦会議を要求する。
「え、ええ。作戦会議? よく分かりませんがどうぞ」
ミモザは不思議そうに首を傾げながら掌を差し出す。
「ありがとうございます」
俺はすぐにリゲルを捕まえると、腕を引っ張り、ミモザに背を向ける。
リゲルは話についていけない様子でオロオロとしていた。
「ア、アルキオーネ?」
「リゲル、申し訳ないのだけど、ミモザ様を外に連れ出すとき、周りを見せないようにしてくれませんか? あの凄惨な光景を見てしまったらミモザ様のトラウマになると思うんです」
俺は声を低くしてリゲルにこっそりと言った。
リゲルは一瞬考えるが、自分のしたことを思い出したようにはっとした顔で俺を見た。
忘れていたのかよ。
お前があんな暴れまくらなければこんな面倒なことにはならなかったのにと思ったが、リゲルが暴れたおかげで俺は傷一つなくここまで来れたのだ。
リゲルが悪いわけではない。悪いのはミモザをさらった奴らだ。
奴らは自業自得だったのだ。
そう思い直す。
「お願いしますよ」
俺は念を押すようにそう言った。
「そうだったな。ミモザは意外と繊細な性格をしているからあんなもの見たら失神してしまうだろう」
リゲルは頷く。
「わたくしだって気持ち悪くなったんですからね」
俺はじろっとリゲルを睨んだ。
「それは悪かったよ。我を忘れてつい。ミモザがいなくなったことで自分が抑えられなくなって……」
リゲルは項垂れた後、俺を見上げる。
そんな雨に濡れた子犬みたいな顔したって困る。
ここはリゲルに同情なり、甘酸っぱい恋心を抱くなりする場面なんだろう。
俺が女ならフラグの一本や二本立ったかもしれないが、生憎と俺は男だ。
ときめきもなければ、フラグの立ちようもない。
俺にフラグを立てたいのならさっきのミモザのような可愛い女の子になって涙の一つでも見せることだな。
冷静にそんなことを考えた。
しかし、アルキオーネはご令嬢である。
リゲルにキュンキュンせずとも多少の同情は見せるべきだろう。
「そう……誰しも大切な人がいなくなったら焦りますものね」
俺は深刻そうにそう呟いた。
「そうなんだ。焦ってしまって……」
「でも本当に怖かったんですよ、いつものリゲルじゃないみたいで」
俺の言葉にリゲルは驚いたような顔をした。
なんか変なことでも言ったか?
俺はごく普通の感想を言っただけなのに。
まさか、「いつものリゲルじゃないみたい」って言ったのが気に障ったとか?
俺は思い当たることもないまま、不思議そうに首を傾げた。
リゲルは意を決したように拳を握りしめた。
「実は……最近、剣を握ると異常なくらい興奮して相手を立ち直れないくらい叩きのめしたい気持ちになるんだ。勿論、俺がおかしいことは分かっている。でも、人を斬ったとき、相手の悲鳴を聞いたとき、異常なくらい気持ちが昂ぶって、歓喜に震えながら、俺は夢中で剣を振っていたんだ」
きたー! 突然の告白。
漫画とかにありがちな、急に自分の性癖や過去を告白してくるやつだ!
お前、いい奴だと思っていたのにゲーム通り特殊な性癖持ってんじゃねえよ。俺の純情返せ。
頭が痛い。
レグルスの方がまともな気がしてきた。
俺は何を言っていいのか分からず、頭を抱えた。
「さっき、ミモザに泣かれたときもそんな自分を見透かされたような気がして怖かった。やっぱりおかしいよな?」
リゲルは縋るような目を向ける。
そんな目で見るな。
急に友人の性癖を知った俺の気持ちにもなってみろ。
どうしたらいいのか分からねえよ。
分からねえけど……
「本当に変態だな」
思わず俺はそう呟いていた。
リゲルがポカンとした顔でこちらを見る。
あ、言っちゃいけないこと言ったな、俺。
でも、事実だ。
俺は開き直ることにした。
「リゲルの性癖はよく分かりました。貴方は変態です。どうしようもありません」
リゲルは顔を歪めた。
ああ、泣きそうだ。
「でも、変態だからなんですか。変態だろうとリゲルはリゲルです。友であることは変わりません」
「え?」
「だから、わたくしは貴方と友だちであることは変わらないといっているのです」
「いいのか?」
「当たり前です。大体、わたくしが貴方を許すことが分かっていてそんなことを言っているのでしょう? 今更何言ってるんですか」
「いつかアルキオーネをボコボコにするかもしれないんだぞ?」
「それは……御免こうむりますね」
おい、お前、友だちをボコボコにする予定があるのか?
そこまで節操なしの戦闘狂なわけはないよな?
俺はじっとリゲルを見つめた。
「勿論、そうする気はないよ」
リゲルは慌てて首を振った。
当たり前だ。馬鹿野郎。
俺はため息を吐いた。
「もしも、万が一そうなっても、やられないくらいわたくしが強くなればいいんでしょう?」
「いや……でも……」
「四の五の言わない! 貴方はワタクシの友、リゲル・ジェードでしょう? 貴方がその力を使いたいのならわたくしだって貴方の力の使いどころを考えてあげますよ。それではいけないんですか?」
俺は叫んだ。
「ア、アルキオーネ様?」
背中にミモザの声がした。
忘れていた。
俺は慌てて振り向く。
「あ、ミモザ様、喧嘩をしていたわけではありませんよ」
ミモザはほっとしたような顔をする。
「そう、それなら良かった……」
リゲルは俺の肩にそっと手を乗せた。
俺だけに聞こえるように何かを言うと、リゲルはさっとミモザの方に向かう。
「ごめんな、ミモザ。迎えが来たようだから外にでよう」
リゲルはそう言うとミモザを優しく抱き上げた。
『ごめん。ありがとう』
リゲルが俺の肩に手を乗せたとき、そう呟いた声がずっと耳に残った。




