2.神様、なんか間違えてないか?
とまあ、婚約破棄を決意したのだが、結局、その場では婚約の話を断ることはできず、そのまま進めることになってしまった。
親孝行ってこんなに身を削るものなんだな。
俺の場合、親孝行する前に死んじまったもんだから知らなかったよ。
俺はふらふらと自室に戻ると、紙とペン、インク瓶を用意した。
勿論、思い出したストーリーをメモするためだ。
今まで妹の影響で色々な漫画や小説を読んできた。
その知識から言えば、男が転生するなら、前世の記憶をつかって勇者とか賢者とか魔王とか英雄になるとか、或いはチート能力を持って隠遁生活するのが普通だろう。
と、いうかそれが普通であってほしかった。
俺の場合、「男が女に転生! 乙女ゲームのライバルキャラだよ」とか誰得なんだよ。
しかも、妹の推しキャラの婚約者。
そんな設定の小説あるか?
誰が読むんだよ。
俺だって出来ればチート能力を持って無双したかったわ。
そっちの方が絶対楽しいだろうに。
いや、チートが無理ならせめて攻略対象にしておいてくれよ。
そうしたら、スピカも、アルキオーネも幸せにしてやれるのに。何故だか無駄にそんな自信があった。
しかし、今の状況でもしもを考えるのは無意味だ。
兎に角、今できることは少しでもストーリーを思い出して先回りして不利なフラグをへし折っていくことだ。
このまま行くと、俺はあの性悪と結婚するか、死ぬかの二択しかない。
どちらにしても地獄だ。
俺は心底嫌だけど、レグルス王子について思い出すことにした。
レグルス王子の性格は一言で表現するなら女嫌いで暴君。
女が近付くだけで不機嫌になり、アルキオーネに当たり散らす。
アルキオーネはそれを泣き言一つ言わずに静かに受け止める。
それをいいことにレグルス王子はアルキオーネを「陰険だ」「根暗だ」「人の心がない」などと蔑む。
はい。恋人をいびるクソ野郎決定。
妹の恋人だったら速攻ぶっ殺しに行くわ。
この世界に金属バットってないよな。鉄パイプでもいいけど。
あんな感じの鈍器でスイカ割りならぬ、レグルス割りしてやりたいわ。
一方で、レグルス王子はヒロインに対しては優しく、ちょっと意地悪く揶揄う程度で止めている。
自分だけ特別に優しいというところが萌えポイントらしい。
プレイ中、「全ての女に優しくしろとは言わないが、恋人や婚約者に辛く当たるならいっそ別れてしまえよ。そして、アルキオーネを俺にくれ」とゲーム画面に向かって何度呟いたことか。
そんなレグルス王子の攻略ルートはこうだ。
スピカが学校の中庭を歩いていると、男の大きな怒鳴り声が聞こえる。
ここで「様子を見に行く」を選択すると、レグルス王子に酷く詰られているアルキオーネに出会う。
スピカは持ち前の正義感からアルキオーネを庇う。
優しく正義感溢れるスピカとアルキオーネはそれををきっかけに仲良くなるのはほのぼのとしていいエピソードでもある。
しかし、それをきっかけにレグルス王子はスピカを気に入り、ちょっかいを出し始めるのだ。
レグルス王子が登場する度、「お前はいらねえよ。スピカとアルキオーネのほのぼのとした場面を返せよ」「俺のアルキオーネを傷つけやがって」とキレそうになったのを思い出す。
結局、学園生活の二年目にはレグルス王子を巡って、二人は仲違いをしてしまうのだが、物語の最後の辺りで、仲直りをする。そのシーンなんか涙が出るほど感動した。
もう、「二人のGLでよくないか?」と思うほどだった。
そんな邪魔者以外の何物でもない、レグルス王子なのだが、俺の妹は彼を溺愛していた。
妹曰く、「婚約は自分で決めた訳ではないし、トラウマや弱さを隠すために粗暴に振舞っているだけだ」「女嫌いなのにヒロインだけに優しいのは心を許している証拠」とのことだが、俺からすれば恋人の親友に恋をする最低のDV野郎だ。
しかも、実際はレグルス王子が婚約を希望してたと分かったわけだしな。
全然、共感できねえ。
何でお前が俺の妹の推しなんだよ。
王子で妹の推しじゃなかったら、有無言わさずぶん殴りに行ってるわ。
アルキオーネの両親と俺の妹に感謝しろよ、クソ王子。
俺は殺意を堪えて、ペンを走らせた。
記憶の限りでは、レグルス王子の攻略ルートのエンドの種類は、大きくわけてトゥルーエンドとハッピーエンド、バットエンドの三つがある。
最後の事件でスピカを庇ってアルキオーネが死んで、レグルス王子と結婚するのがトゥルーエンド。
その前にアルキオーネが黒幕に気付いてしまい殺され、スピカが仇を討ち、その後レグルス王子と結婚するのがハッピーエンド。
バットエンドはアルキオーネの代わりにスピカが死ぬか、アルキオーネが黒幕に殺された上に最後の事件も解決できずにスピカは卒業するというものだ。
つまり、レグルスルートにおいては、バッドエンドでスピカが死ぬ以外全てのエンドでアルキオーネは死ぬことになる。
因みに俺はレグルス王子ルートのバッドエンドしか迎えたことがない。
トゥルーエンドとハッピーエンドは妹から聞いただけの情報。しかも、プレイの楽しみが減るからと、肝心の最後の事件の黒幕を妹は教えてくれなかった。
だから、黒幕を見つけて死なないように先回りすることはほぼ無理に近い。
俺が黒幕を知った時点で即座に死亡フラグが立つということになる。
まさか、スピカを殺すわけにもいかない。
そうなると、俺はレグルス王子ルートだと死ぬしかなくなる。
いやいや、俺は絶対死にたくない!
生きるのを諦めるつもりは全くないからな!
では、スピカをレグルス王子以外のルートに誘導するとしよう。
レグルス王子以外のルートは四つ。
お兄さんキャラのリゲルルート、双子でかわいい弟キャラのカストルとポルックスルート、クールキャラのアルファルドルート、最後に全てのキャラのトゥルーエンドをクリアすると出てくる隠しキャラのルートである。
この隠しキャラは通常の物語には全く出てこないキャラらしい。
この世界に存在しているかもあやしい。
となると、隠しキャラルートは無理だ。
実質、リゲル、カストルとポルックス、アルファルドの三つのルートにスピカを入れてやることによって俺の生存は確定することになる。
なんだ。普通の悪役令嬢ものより生き残るの簡単じゃんと思ったアナタ。
そうは問屋が卸さないんだよ。
レグルス王子以外のルートだとアルキオーネはレグルス王子と結婚するらしい。
生きていても、レグルス王子と結婚することだけは絶対に避けたい。
あんな奴と結婚するなんて死んでも嫌だ。
ということは、俺の目指すハッピーエンドは「レグルス王子と婚約しないこと」しかない。
しかし、こちらから身分の高い王子が希望する婚約を断ることは出来ない。
そうなってくると、 答えは一つだ。
とことん嫌われて婚約破棄。そして、距離をとってレグルス王子の人生に関わらないようにすることだ。
どうやって嫌われよう。
今のレグルス王子は女嫌いじゃないようだし……
そういえば、女嫌いのはずのレグルス王子がなんでアルキオーネとの婚約希望しているんだ。
ゲームの作中でもそうだ。何故、嫌いなアルキオーネに構うのだろうか。
何か深い事情でもあるのかもしれない。
そう言えば、妹がレグルス王子には何かトラウマがあるとか言ってた気がする。
俺は思い出そうと散々考えてみるのだが、さっぱり思い出せない。
せめて、トゥルーエンドかハッピーエンドをちゃんとプレイしておけば、そういう情報があったかもしれないな。
俺は真面目にプレイしてこなかったことを後悔をしていた。
まあ、当面の目標は情報収集と王子に嫌われることだから、その辺は追々考えていくことにしよう。
俺は書き出したことを眺めると、深くため息をついた。