15.花降るパレード
俺たちはアントニスのオススメの美味しいものをいくつか食べた。
お肉の入ったサンドイッチに、とろりと溶けるチョコレートの入ったドーナツ、花びらの入ったお茶……などなど。
お腹も膨れたころ、パレードの始まる時間が近付いてきたことに気づく。
せっかくだ。俺たちはパレードの行われる通りへと急いだ。
幸いなことに今回はトラブルに巻き込まれることなく、目当ての場所に辿り着く。
パレードはまだ始まっていないというのに、既に人集りができていた。
俺とスーは無理矢理体を押し込んで、ロープ前の最前列に滑り込む。
どちらかというと細身のルネはぎりぎり俺たちの後ろを陣取ることに成功したが、大柄なアントニスは入れず、遥か後ろで見守ることになった。
「どんなパレードなんでしょうか?」
スーがわくわくした顔でこちらを見る。
昨日の遠慮がちで控えめな態度とは違うスーに俺は思わず微笑みを浮かべた。
昨日は知らない土地に一人だったせいか酷く警戒していたというのにすっかり俺に慣れたようだ。
キラキラとした瞳とあどけない笑顔を俺に向け、明るく話しかけてくる。
思わず、頭を撫でてしまいたくなるが、せっかくのこの笑顔を警戒心で壊したくない。
そう思って、俺はきゅっと自分の手を握った。
「確か、音楽に合わせて踊る人とお花や花びらを撒いて歩く人がいるらしいですね。カラフルな衣装が見どころだそうですよ」
俺はガイドブックに書いてあったことを思い出しながらそう答えた。
「お花? この季節に?」
「ええ。国中の温室という温室からかき集めてくるんです。このとき用にわざわざ花を栽培しているところもあるみたいですね」
これもガイドブックに書いてあったことだった。
「そう、楽しみだわ!」
「そうですね。あと、このパレードで撒かれたお花や花びらを地面に落ちる前に捕まえることが出来たら幸せになれるとかいいことがあるとか言われているみたいです」
俺の言葉にスーの瞳が煌めく。
「もしも、捕まえたら交換しない?」
「ええ、いいですよ」
俺はくすくすと笑った。
スーの口調が敬語交じりのものからすっかりタメ口に変わっていたことに気づいたからだった。
本当に気を許してくれているんだな。
「何色の花が取れるかしら? いっぱい取れたらルネとアントニスさん、お留守番のメリーナさん……お土産用にもとっておかなきゃ」
スーはそう言いながら指を折る。
向こうの方から音楽が聞こえた。
「さあ、パレードが始まりますよ」
俺の言葉にスーが顔を上げた。
暫くすると、赤や青、黄色に緑、ピンク、紫といった極彩色の衣装を身につけ、音楽に合わせて踊る人、それに合わせて花を撒く人が俺たちの前を通る。
夢のように美しい光景に俺はぽかんと口を開けて見入ってしまった。
「アルキオーネ! ほら、お花!」
俺ははっとして目の前の花を落ちていく花びらや花を捕まえようと手を伸ばした。
「きゃっ!」
横で少女の声がした。
この人集りだ。
後ろの人に誰かが押されたのだろう。
横を見ると、パレードに突っ込んでいく少女の姿が見えた。
俺は手を伸ばした方向を変え、少女を抱き締めるようにキャッチした。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
そう答えた後、少女は目を大きく開いた。
俺もびっくりして身体を硬直させた。
「「アルキオーネ?」」
スーとリゲルの声が同時に聞こえた。
リゲルの声ということは、やっぱりこの少女は他人の空似などではない。
「ミモザ様?」
俺は怖々と少女の名前を呼んだ。
ミモザはばつの悪い顔をしてから、すっと表情を消す。
「ありがとう」
冷えたような声色だった。
そして、ミモザは素早く俺から離れると、不快そうな顔をして俺を上から下まで嘗め回すように見た。
全くありがとうの「あ」の字も感じない態度だな。
そう思うもスーとリゲルの手前何も言えず、俺は微笑みを湛えた。
「お友だち?」
スーが無邪気な声を出す。
「え、ええ」
俺が頷くと、スーは明るい顔をする。
「こんにちは。私、アルキオーネの友だちのスーです」
屈託のない笑顔に毒気を抜かれたのか、ミモザはぽかんとした顔をする。
「ミモザ……」
リゲルが肘でミモザをつつく。
ミモザははっとして笑顔をつくった。
ご令嬢の条件反射と言ってもいい早さだった。
「ご機嫌よう。私はミモザ。ミモザ・ジェードです」
「俺は兄のリゲルです」
ミモザは黄色のドレスを着ていた。
昨日と色は似ていたが、形がどうも違うようだった。
リゲルはと言えば、俺のコートと同じような濃い青のパンツとベスト、ネモフィラのような淡い水色のシャツ、タイは淡い黄色のものを着けていた。
「今日は二人でデート?」
リゲルは冗談のように言う。
一気にスーの顔が真っ赤になった。
「デート……なんですか?」
俺の方を向いてスーが呟く。
「……お出かけです」
俺は表情筋を殺しながらそう答えた。
デートだよ!
嗚呼、勿論、デートに決まってるだろうが!
前世ではモテない上に今世では女になってしまった、この俺が罰にかこつけて誘ったデートだよ。
可愛い女の子とデートして何が悪い。
でも、恥ずかしがってるスーの前でデートなんて言えない!
恥ずかしがるスーは確かに可愛い。そんなスーを見たい。
しかし、可愛すぎて俺以外の誰にも見せたくないという謎の男心の方が強かった。
俺は煩悩を打ち消すため、頭の中でひたすらサッカー日本代表の名前を五十音順に唱えていた。
「じゃあ、これはお出かけなんですか?」
スーの潤んだ瞳が俺を見上げ、桜色の唇が柔らかく動く。
この可愛すぎるこの生き物はなんだよ!
「お、お出かけです!」
俺は動揺しながら必死に頷いた。
どうやら、俺の煩悩はサッカー日本代表だけでは収まらないらしい。
次はなんだ、Jリーグのチーム名をJ3まで唱えればいいのか? それとも侍ジャパンの選手名でも唱えるか?
俺の心の中はパニックになっていた。
俺を助けてくれたのはリゲルでも、スーでも、ルネでもない。
ミモザだった。
「そう、なら邪魔しちゃ悪いわ、お兄様。せっかくのお出かけなんですもの」
ミモザはニヤリと笑う。
話を切り上げると、リゲルの腕に自分の腕を絡ませた。
「あ、ああ、そうか。悪いな、アルキオーネ」
リゲルはミモザに目を落とすと苦笑する。
そして、ヒラヒラと空いた方の手を振った。
「さ、パレードに集中しましょ?」
ミモザはそう言って俺に背中を向けた。
よかった。
俺は内心ほっとしていた。
スーの赤面をこれ以上リゲルに見せなくてよかったことは勿論、ミモザが暴れることがなかったからだ。
スーの前で掴みかかられなくてよかった。
前みたいな調子で掴みかかられたら、スーはびっくりしてしまうもんな。
いや、百歩譲って俺に掴みかかるまではいいとしよう。
ミモザの場合、リゲルに近づいたと判断されたら、スーにまで噛み付く可能性だってある。
スーにそんなことされたら許せる気がしない。
俺はスーの方を向いた。
スーはきょとんとこちらを見ていた。
「あの……あの二人とは一緒に見なくてもいいの?」
「ええ、気を使ってくれたみたいです」
「そんな! 私のことは気にしなくていいのに……」
スーは悲しそうな顔をする。
俺はこそっとスーの耳元に顔を近づけた。
「いえ、わたくしがそうしたいのです。せっかくのデートですから、わたくしたちも楽しまなきゃ」
スーは途端に真っ赤な顔になる。
本当に可愛いんだから。
それを見て俺はくすくすと笑う。
スーは耳を覆い、ふるふると顔を振った。
「意地悪!」
「そんなの分かっているでしょう?」
俺が意地悪をするのはメリーナとスーだけだ。
そんな言葉を飲み込んで俺はニヤリと笑った。
「さて、どちらがたくさん花びらをとれるか競争しましょう」
俺はそう言うと、花びらの方へ手を伸ばした。




