13.異国の少女と護衛と処罰
スーは渡されたコートに目を落とし、考え込むような素振りを見せる。
ちょっと無理矢理だったか。
困らせてしまったな。
俺は自分の強引さに少し反省しながら、スーの反応を待った。
沈黙が続く。
それを破ったのはメリーナだった。
「申し訳ございませんが、私の主はとても頑固なんです。ボランティアだと思って良ければ着てください」
お母様の頑固がうつったのだ。
仕方ないだろう。
俺は苦笑した。
スーは小さく頷く。
「分かったわ。ありがたく着させてもらうことにします」
スーはそう言うと、白いコートを脱いで赤紫のコートを着る。
ほんの少し大きいようだが、ぶかぶかということもなく、着ることができた。
スーはくるりと回ってみせる。
ふわりと甘い花の香りがした。
スーの髪は光を浴びてきらきらと輝く。
まるで花の妖精のようだと思った。
「良くお似合いですよ」
俺は眩しいものを見るように目を細めた。
俺の言葉にスーははにかんだように笑う。
「ありがとう」
「これで街を歩いても大丈夫ですね」
「ええ。あとは、連れの者が見つかればよいのだけど……」
スーは急に悲しそうな顔をする。
そうだよな。
知らない異国の地に一人だなんて心細いよな。
俺だってきっと寂しくて辛くなってしまうと思う。
早くスーの連れを探してあげなければ。
俺はメリーナにそう言おうとした。
それよりも早くメリーナが声を上げる。
「嗚呼! それなんですけど、もしかして、スー様、お泊まりの宿を覚えていらっしゃいますか?」
「ええ。多分。近くに行けばわかると思います」
スーは少し首を傾げて考え込んでからそう答える。
それを聞いてメリーナの顔が明るくなる。
「良かった! それなら私たちが宿までお送りしましょう。きっと、お連れの方もスー様を探しているなら最後に宿に着くと思うんです。宿で待っていれば、きっと会えるはずですわ。ね、お嬢様」
流石は俺のメリーナ。
頭がよく回る。
無闇矢鱈と歩き回るより、その方が確実に出会えるはずだ。
「名案だわ。是非とも送らせてください」
俺もメリーナに賛成するように手を叩いた。
「そんな! そこまでしてもらったら悪いわ」
スーは慌てて叫んだ。
「お一人では、また変な男に絡まれますけど、本当に大丈夫ですか?」
俺は笑顔でそう言ってやった。
意地悪なことを言った自覚はあった。
いや、でも、このお嬢様は少し自分の価値を見誤っているんじゃないか?
他国の貴族のご令嬢となれば、誘拐されたり、殺されたりしてもおかしくない。
警戒心が欠如しているわけでもなさそうなのに、なんでそんなことを遠慮するのだろう。
スーは先ほどのことを思い出したのか真っ青な顔をして勢いよく首を横に振った。
「それは困ります!」
「もう、お嬢様、意地悪なことを言ってはいけません」
メリーナは頬を膨らませて可愛らしく俺を窘める。
俺の可愛いメイドさんはいつ見ても、本当に可愛いな。
「冗談ですわ」
俺はニヤニヤするのを隠すように笑いながらそう答えた。
「スー様、やはり、一緒に行きましょう。その方が私たちも安心です」
メリーナはスーの方を向きなおり、優しい顔で笑った。
「そう言ってくださるのならよろしくお願いします」
スーははにかみながらメリーナに笑顔を返す。
なんという癒し空間。
可愛い女子だけのにこにこと笑い合うこの空間、最高だ。
神様、初めて女子に生まれてよかったと思える。
ありがとう。ありがとう。ありがとう!
俺は心の底で、土下座する勢いで神に感謝を捧げていた。
***
宿までの道すがら、パレードに使ったであろう、花びらや花が至るところに散らばっていた。
「嗚呼、そう言えば、パレード見損なってしまいましたね」
メリーナが思い出したように呟く。
その表情には悲しみなどは一切なく、本当に思い出したから言っただけの言葉のようだった。
「そうですね」
俺も単にその言葉をそのまま受け取り、返した。
そう言えば、パレードを見に行こうとしてスーに出会ったんだっけ。
「私のせいで、ごめんなさい」
スーは俺たちの言葉を聞いて、慌てて頭を下げた。
「嗚呼、すみません。そういう意味ではなくて……」
メリーナはそう言うが、スーは頭を上げようとしなかった。
メリーナはその様子にオロオロと当てどなく手を動かす。
その様子は可愛いけど、何だか可哀想だ。
俺は助け舟を出すことにした。
「スー、聞いてください。パレードは毎日行われますし、わたくしたちはまた明日も来ます。ですから、大丈夫なんです。顔を上げてください」
俺はそう言って、スーの肩に手をかけた。
そのときだった。
「お嬢様に何を!」
急に何処からともなく声がした。
振り返る。
殺気。
俺は慌ててスーを抱き締めるようにして後ろに避けた。
風切り音がした。
栗毛の髪に茶色い瞳の男が先ほどまで俺の居た場所に剣を滑らせていた。
間一髪、胴体と首が永遠におさらばしなくて済んだ。
風圧で帽子が飛ぶ。
しかし、帽子に構っている暇などなかった。
男は恐ろしいまでの殺気を放っていた。
「お嬢様!」
メリーナが真っ青になって叫ぶ。
怖い。体の奥からカタカタと震えが止まらなかった。
怖いけど、ここを逃げ出すわけにはいかない。
俺はスーを後ろに隠してその男を睨んだ。
「何者ですか!」
俺は腰につけていた護身用の剣に手をかけた。
男は俺を睨みつけると、剣を構え直した。
なにこれ、やばくない?
隙のない構えに、「死」という文字が頭に浮かぶ。
二度目も親より先に死ぬのか。
お母様、お父様、前世の母さん、父さん、親不孝者でごめんなさい。
俺、ここで死ぬみたいです。
「ルネ! やめなさい!」
スーが叫んだ。
「スー?」
「アルキオーネ、ごめんなさい」
そう言うと、スーは俺を庇うように前に出た。
「お、お嬢様……?」
男は驚いたような顔で俺たちを見つめる。
「ルネ、あなたはなんてことをするの。この方は危ないところを助けてくれた方です。その方を問答無用で切り捨てようとするなど、恥を知りなさい!」
淡く可憐な印象のスーだったが、凛とした声で目の前の男を叱責した。
男は驚いたように目を開く。
「知らなかったこととはいえ、申し訳ございませんでした!」
男はそう叫ぶと、すぐさま剣をしまい、左足を立てて跪く。
くるっとスーは振り返る。
俺と目が合うと、スーは申し訳なさそうに下を向いた。
「アルキオーネ、こんなことをしてしまった従者を許してくれとは言わないわ。どう処罰してくれても構わない。でも、私を思って行動したことなの……処罰するならどうか私も……」
どうやら目の前の男はスーの護衛らしい。
スーは従者の恥は主の恥と思っているようだ。
スーは顔を上げ、懇願するように俺を見つめた。
「処罰?」
「ええ。どうとでもしてください」
「どうとでもって……」
「然るべきところに突き出すなり、切り捨てるなり自由にして良いということです」
ぞっとした。
スーが言っていることは、あまりにもキツい罰だった。
憲兵に渡すなり、ここで殺すなり好きにしろだなんて、そんなことできるはずがない。
「何を言ってるのですか! そんな恐ろしいこと、わたくしにはできません」
俺は慌ててスーの肩を掴んだ。
「ですが……」
「主思いのいい方ではないですか。わたくしに怪我は無かったのですからどうかそんなことを言わないでください」
「お嬢様!」
メリーナが納得いかないような顔をして俺を呼ぶ。
「メリーナ、貴女がわたくしを心配してくれるのは分かっています。でも、わたくしが危ない目に遭ったらメリーナだって同じようなことをするかもしれないでしょう? わたくしにとってメリーナが大切なように、スーにもこの方が大切なんです。そういう方に処罰など、わたくしは求めません!」
「……それは分かります……でも……」
メリーナは眉を下げ、泣きそうな顔をする。
「彼女の言う通りです。私もその言葉一つで許されるようなことをしたとは思えません。何か、何か償いを……」
スーは俺を見つめてそう言った。
俺は少し考え込んでから微笑む。
いいことを思いついた。
「では、こうしましょう。罰として、スー、貴女は明日、わたくしと一緒にガランサスを回るのです。疲れたと言ってもやめません。わたくしの気の済むまで一緒にいてもらいます」
「しかし、それでは償いになりません」
スーは頭を何度も横に振った。
スーの言葉に俺は微笑む。
「どう処罰してくれても構わないんでしょう? 罰の方法を委ねたのはスーですよ」
「しかし……」
「四の五の言わない。わたくしは頑固なんです。ね、メリーナ?」
俺はスーの唇に人差し指を近づけながらそう言った。
メリーナは呆れたようにため息を吐く。
「そうです。譲ったように見せかけても、お腹は違う。自分の意見を通すまで曲げない頑固者です」
「と言うわけですから、よろしくお願いしますね」
俺はスーの手をとってもう一度、微笑んだ。




