11.少女を助けろ!
※男性注意。
痛い表現があります。
「マリア!」
俺は少女に向かって声を掛けた。
少女はびっくりとした顔でこちらを見た。
可哀想に涙目でふるふると震えている。
ふと、その顔が妹の面影に重なった。
途端に怒りの炎が勢いを増す。
こんな可愛い子を泣かせるなんて、どんなとんでもないやつだ。
俺は睨みつけたい気持ちを堪え、少女の元へと駆け寄った。
「探したよ、マリア。一人で行ってはダメと言ったでしょう」
俺はそう言うと、少女と男の間にさっと入る。
そして、少女を後ろに押しやると、男と少し距離をとった。
いつもご令嬢のふりをしているから演じていることには慣れていた。
俺は咄嗟にマリアの従姉妹で、姉妹で街を案内するはずだったのだが、はぐれてしまったという設定を創り出し、演技してみせる。
勿論、姉はメリーナ、妹は俺だ。
あとはメリーナが上手く演技に乗ってくれると助かるのだが、打ち合わせをしていない。
そこだけが不安要素だった。
「あ、あの……っわたし……」
少女は首を振る。
うんうん。混乱してるよな。
その反応を見る限り、マリアって名前じゃなさそうだもんな。
少し落ち着かせてあげよう。
「ねぇ、マリア。姉さんだって心配していたのよ」
俺はさっと少女の手をとり、少女の耳元にそっと顔を寄せた。
そして、小さい声で囁く。
「悪いようにはしないから、少し黙って付き合ってくれませんか?」
少女は驚いたような顔をしてから、俺の言わんとすることが分かったのか、こくりと頷く。
「分かってくれたのね。ありがとう」
俺は満足そうに微笑んで見せた。
「おい、お前、この子の知りあ……」
「あら、親切なおじ様、マリアを見つけてくれてありがとう!」
俺は男の言葉をぶった切って、満面の笑みで振り返る。
男はびっくりしたような顔で硬直した。
なんだコイツ。
そう思いながら、笑顔とは裏腹にじりじりと男から離れるように少女と後退りをした。
「姉さん、マリアをみつけたよ!」
俺はメリーナに向かって手を振る。
メリーナは一瞬、怪訝そうな顔をするが、すぐに俺の意図に気づいたようで、笑顔を作った。
そして、メリーナは慌てたように息を切らして駆け寄ってくるふりをする。
「嗚呼、ご親切にありがとうございます!」
メリーナは満面の笑みを浮かべ、お辞儀をした。
メリーナの奴、ノリノリじゃないか。
さてはこういうの嫌いじゃないな。
俺はにやにやしそうになりながらメリーナを見つめた。
「お……おお、この子の保護者が姉ちゃんか?」
男は少し引き気味で尋ねる。
「ええ。なにかご迷惑を?」
男はニヤリと笑う。
「迷惑も何も、この子がぶつかってきたんだよ! 慰謝料貰おうか? 払えないなら姉ちゃん、分かっているだろうな……」
女ばかりで調子に乗ったのか、そう言いながら、男はメリーナの肩にぐっと手をのせた。
嘘つけ。
ずっと見てたからこっちは分かってるんだ。
少女はただ立っていただけ。
ぶつかってきたのはお前の方だ。
ふざけるな。
俺は男を睨みつけた。
「あの……っ、分かっているとは?」
メリーナはそう呟きながら、驚いたような顔で硬直していた。
目にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見える。
涙?
貴様、その汚い手はなんだ。
こっちは穏便に済ませてやろうとしてやったのに。
犯罪者がメリーナを触るなんて許せん!
俺はついカッとなって、男の股間を蹴り飛ばす。
バシリオス直伝のきっついやつをかましてやったぜ。
バシリオス曰く、「男でこれの効かないものはいない」とのこと。
効果の程は、前世が男であった俺もない玉がヒュンとなりそうなくらいよく分かっていた。
というか、分かっているからやってやった。
「うっ!」
男は股間を押さえ、飛び跳ねたかと思うと、ゆっくりと地面に膝をつける。
そして、男はぶるぶると震えたと思いきや、地面に倒れ込み、転げ回り、悶え苦しんでいる。
あれは入ったな。
滅茶苦茶痛いヤツだ。
自分のせいなんだから甘んじて受け入れろ。
「アントニス!」
俺が叫ぶと、慌てたようにアントニスが現れる。
護衛のくせに肝心な時にどこにいたんだよ。
そう怒ってやりたいのをぐっと堪える。
「こいつ、メリーナに暴力を振ろうとしました。突き出してやってください」
俺はそう冷たく言ってやる。
「俺は……まだなにも……」
男は息も絶え絶えになりながら股間を押さえ、涙目で俺を睨んだ。
うるせえ、クズ。
お前に人権などない。
俺は男を睨むようにして見下ろした。
「ずっとみてたんだよ。いたいけな少女に自分からぶつかったくせに、何しれっと、金品要求してんだよ、クズ野郎!」
ふざけやがって。
メリーナは気安く触っていい人じゃないんだよ。
俺とアルキオーネの大切な人なんだ。
絶対に許さない。
メラメラと怒りの炎は燃え上がる。
「お嬢様……」
メリーナが呆気にとられたように呟く。
俺はハッとする。
ご令嬢らしくないことを叫んでしまった。
まずい。
「ほら、早く! アントニス! 捕まえて、憲兵を呼んでください!」
ごまかすように慌てていつものような敬語に戻すが、メリーナの表情は変わらない。
俺をぽかんとした顔で見つめる。
「あの……騒ぎに……」
少女が呟く。
その言葉を聞いて俺は周りを見回す。
気付けば、辺りはザワザワと騒がしく、俺たちを遠巻きに見ている。
やばい。このまま人が集まると、いずれ、俺がレグルスの婚約者のアルキオーネと知る人物が現れる可能性もある。
レグルスの婚約者がこんなことをするご令嬢だなんて噂になったら、レグルスの名誉にも関わる。
俺は焦り始めていた。
「嗚呼、メリーナ、しっかりしてください。ここはアントニスに任せて逃げましょう」
俺は真っ青になってメリーナに言う。
メリーナも事の重大さに気付いたのか青白い顔をしていた。
「あの……アルキオー……」
アントニスが俺の名前を呼ぼうとする。
コイツ、この状況が分かってないな。
俺はアントニスの胸倉を掴む。
そして、小さく囁いた。
「呼ばないの。とにかく、ここはアントニスに任せます。この男は憲兵に渡しておいてください。あとで、大広場で落ち合いましょう」
アントニスは俺の言葉に首をガクガクと縦に振る。
「じゃあ、よろしく! さあ、行きましょう」
俺はアントニスからぱっと手を離すと、メリーナと少女の手を引いた。
「え、ええ」
少女は戸惑うような顔をしていたが小さく頷く。
そして、その場を俺たちは逃げ出した。
とにかく、何処か静かなところへ。
俺はただひたすらそれだけを考えた。




