10.ガランサスを楽しもう
俺たちはそれぞれ、注文したジェラートを受け取った。
「んー美味しい! 黄色はレモン、赤はラズベリー、紫はブルーベリー、緑はピスタチオかしら?」
俺は四色のジェラートに舌づつみをうつ。
ジェラートの形は美しい薔薇の形をしていた。
内側から黄色、赤、紫、緑の順に花びらが並ぶ。
俺は形を崩さないように端っこからそっと食べ進めていた。
「こっちも美味しいですよ。召し上がってみませんか?」
メリーナが差し出すジェラートは淡いピンク、オレンジ、黄色の三色だった。
黄色はレモンだとして、オレンジはやっぱりオレンジ、淡いピンクはストロベリーだろうか?
俺はちょっとずつ全部の味をいただく。
うん。美味しい。
予想通り、黄色はレモン、オレンジ色のジェラートはオレンジのようだ。
爽やかな柑橘類の甘さが口に広がる。
予想外だったのは淡いピンクのジェラートだった。
口に入れた瞬間、こっくりとしたミルクの甘みと薔薇の華やかな香りが口に広がる。
すごい。
鼻の奥に薔薇が咲いたみたいだ。
俺は驚いたように目を見開き、メリーナを見た。
「ね? びっくりしますよね」
メリーナが俺の顔を見てくすくす笑う。
ジェラートを分け合う俺たちの横で、アントニスは二個目のジェラートに取り掛かっているところだった。
一個目は単色の白――おそらく、ミルクのジェラート。
二個目はレーズンの入ったものとチョコレート色の物だった。
どうやら、ミルクベースのものが好みの様子だ。
「美味しそう……」
俺がそう呟くと、アントニスはびっくりしたような目で俺を見る。
「これは俺のです。絶対に渡せません!」
アントニスは怯えるように叫ぶ。
いやいや、俺ってば、人のものを奪うような奴だとおもわれているの?
アルキオーネがそんなはしたない真似するわけないだろう。
俺はすっと目を細めた。
「要りません」
誰がおっさんの口をつけたジェラートなんて欲しがるんだよ。
メリーナみたいに可愛くて頭を撫で回したくなるような女の子ならともかく、おっさんだぞ?
お前、自分の体形と面を考えてから言えや。
そもそも、俺はご令嬢だぞ。分かってんのか?
そんな卑しい人間だと思われていることが許せない。
その腹、餅みたいに杵でついてやろうか?
という暴言を飲み込む。
アントニスを俺の顔を見て何となく察したらしい。
青い顔をして震えだす。
「いや、あの、すみません……」
そう言ってジェラートを差し出す。
「要りません」
「いやいや、そう仰らず……」
「せっかく購入したのです。ご自分でしっかり召し上がってくださいませ」
「いや、だから……」
「そろそろ、パレードの時間ですので」
俺は冷たくそう言うと、メリーナの手を引いた。
「あの……アルキオーネ様?」
アントニスは呆然と立ち尽くす。
俺はアントニスを置き去りにして、パレードが開かれるであろう、大通りに向かって歩き出した。
メリーナは「あらあら」と呟きながら、俺に手を引かれて歩く。
もう知らない。
メリーナとガランサスを楽しんでやる!
少しは反省しろ、アントニス。
そんなことを考えていると、歩く速度も速くなる。
「あら、あれは?」
手を引かれているメリーナがはたと立ち止まる。
「どうしたんです?」
「いえ、あの方……」
メリーナの目線の先には真っ白いドレスを着た少女がいた。
「あの方がどうしたんです?」
「異国の方でしょうか。ガランサスに全身白の衣装はタブーのはずなのに……」
「嗚呼、そういうことですか」
メリーナの言葉に俺は頷いた。
ガランサスは春の訪れを祝う祭り。
白は冬や雪を象徴する色とされている。
少し使うくらいならまだしも、全身真っ白というのはタブー視されてている。
この国の者なら子どもだって知っている。常識だ。
ただ、目の前の少女が他国の者なら話は違う。
ガランサスはこの国では春の訪れを祝う祭りのことだが、その名前には「ミルクのように白い花」という意味がある。
この「ミルクのように白い花」というのは街中に飾られているスノードロップのことだった。
他国では、ガランサスという言葉はスノードロップを指す言葉であるということの方が知られているだろう。
スノードロップを称えるお祭りと勘違いをして、スノードロップの白を着てくる可能性がある。
では、何故、春の訪れを祝う祭りをガランサスというのだろうか。
そう思う人もいるかもしれない。
それは、昔話に由来する。
昔、雪には色がなかった。
雪は色が欲しかったので、花々に「色を分けてほしい」と頼んだ。
しかし、冷たい雪に取り合わず、誰も色を分けてくれなかった。
スノードロップだけはそれを可哀想に思い、「わたしのでよければどうぞ」と一人だけ色を分け与えてあげた。
白を分けてもらった雪はとても感謝し、春に一番咲く栄光を約束したという。
そこから、スノードロップは春を告げる花と言われるようになり、元々あった春の訪れを祝う祭りのときにスノードロップを飾るという習慣が生まれた。
スノードロップを飾る祭りということで、この国では春の訪れを祝う祭りのことをガランサスと呼ぶようになったのだという。
しかし、白はスノードロップの色であると同時に雪の色である。
冬の象徴である雪のもつ白はスノードロップ以外ものに用いてはならないとされ、タブー視されている。
彼女はそれを知らない者――つまり他国の者ということということになる。
彼女にとってはガランサスはただのスノードロップだ。
間違うのも無理はない。
だから、彼女を見て「異国の方」と洞察するメリーナは正しいように思えた。
俺は彼女をじっと見つめた。
歳は十二、三くらいだろうか。
雪のように白い肌、ピンクブロンドに紫色の瞳。
とても淡い印象の少女だった。
服装は高貴な育ちであることを感じさせるが、周囲に護衛やお付きの者がいるような様子はない。
迷子だろうか?
「一人でいるみたいですし、迷子かもしれません。声を掛けてみましょう」
俺はメリーナにそう断ると、少女に向かって歩き出す。
表情がよく見えるところまでくる。
少女は困ったような顔で道行く人々の顔を見ていた。
「やっぱり迷子のようですね」
メリーナが呟く。
俺たちよりも先に悪そうな顔をした男が少女に近付く。
そして、少女に肩をぶつけた。
少女は倒れなかったものの、痛かったのか、肩を押さえて下を向く。
男は少女の肩を突き飛ばし、何か喚いているようだった。
少女はびっくりしたような顔をして首を振っている。
連れではないことは明らかだ。
どこの古典的なチンピラだ。
大体、あんな小さな女の子を突き飛ばすってどういうことだよ。
俺は怒りを感じずにはいられなかった。




