6.お母様襲来!
ミモザが消えてから俺たちは屋敷に向かった。
すっかり時間がかかってしまった。
俺は少し焦っていた。
おそらく、お母様は応接間にいるはずだ。
嗚呼、緊張してきた。
緊張しながら俺は応接間の扉をノックした。
中では、お母様とリゲルの母、お祖父様が和やかにお茶をしていた。
おお、お祖父様、リゲル母、足止めありがとう!
俺はお母様を相手する二人に感謝する。
その目線に気づいたのか、お祖父様は俺に向かってウィンクをした。
全く、お茶目な人だ。
「あら、アルキオーネ。ミモザ様はいらっしゃらないの?」
お母様は俺に無邪気に問う。
「え、ええ……」
そうだよなぁ。そこツッコミたくなるよな。
お母様は俺とミモザが親友だと思っているんだもの。
さっきまで言い合いの喧嘩をしてました。なんて言えない。
どうしよう。どうごまかしたらいいのだろうか。
俺は言い淀む。
「嗚呼、ミモザなら調子が悪いと部屋に戻ってしまったところなんです」
俺がなんと言っていいのか考えあぐねていると、後ろから声がした。
振り返る。
それはリゲルだった。
リゲルは走りでもしたのか、少し汗をかいているようだった。
「そう、そうなんです」
俺は助かったとばかりに大きく頷いた。
「あら、リゲル様。いつも父がお世話になっております」
リゲルに気づいたお母様は立ち上がると恭しく挨拶をする。
「いえ、こちらこそ、お世話になっております」
リゲルも負けじと恭しく挨拶をした。
「嗚呼、リゲル様にご挨拶できてよかったです。が、そうでしたか。ミモザ様にもご挨拶をしたかったのだけど……残念ですわ」
お母様は残念そうに下を向く。
「ええ、本当に残念です、オブシディアン伯爵夫人」
リゲルは残念そうな声で相槌をうつ。
流石は侯爵の令息。会話を合わせるのが上手い。
「お加減はどうでしょう?」
「少し休めば良くなると思います。ご心配をおかけ致します」
リゲルはにこやかに微笑む。
「そう、なら良かったです。最近は減りましたが、ウチの子もすぐ体調を崩すので……ご家族が体調悪いとなると心配でしょうね」
お母様は目を潤ませる。
お母様は少し涙腺が弱いらしい。
すぐに涙ぐむ。
「また、外で日光浴でもしていたのでしょう? そこまで心配することではないわ」
リゲルの母は笑う。
「そうかしら?」
お母様はハンカチで目の周りを拭いながら振り返る。
「そうよ」
リゲルの母は苦笑で返す。
「プレイオーネ、そろそろ……」
お祖父様がお母様に声を掛けた。
「嗚呼、もうこんな時間! そうだったわ。名残惜しいですが、ジェード侯爵夫人、ありがとうございました。久しぶりにお会いできて良かったですわ」
「いえ、こちらこそ。ふふっ、堅苦しい挨拶をするなんて貴女らしくないわ。今度はそちらの屋敷にも行かせてね、プレイオーネ」
リゲルの母の言葉にお母様の顔が緩む。
そして、女学生に戻ったような可愛いらしい笑顔を浮かべた。
「そうだったわね。待っているわ、ベラトリックス」
お母様とリゲルの母は別れの挨拶を交わしていた。
二人は元から親しい間柄だったので、和気あいあいと話していた。
これはもしかして、俺が顔を出さなくても良かったんじゃないか?
「嗚呼、そうそう、アルキオーネ。ミモザ様の体調が優れないのならあまり長居はしてはダメよ」
お母様はそう言い残して、名残惜しそうに退室した。
俺たちは廊下の窓に駆け寄る。
そして、お母様の馬車が屋敷の外に出るまでじっと見守った。
良かった。ちゃんと帰ったみたいだな。
お祖父様とリゲルと俺はふぅっと息を吐いた。
「アルキオーネ様、剣の稽古はどうですか?」
リゲルの母、ベラトリックスが尋ねる。
ベラトリックスは俺の協力者だった。
俺がお母様に剣の稽古をしていると言えないことも、ミモザと一緒にいるふりをしていることも全て知っていた。
実はこのベラトリックスは元女騎士だという。
今は結婚と同時に辞めてしてしまったが、軍の中でもとても強くエリートだったという。
そして、恐ろしいことに、お母様は学生時代、このベラトリックスよりも剣の腕前が良かったんだそうな。
お母様はベラトリックスとは違い、学園を卒業すると同時に結婚してしまったので、騎士にならずにいたが、そういうオファーもあったらしい。
じゃあ、お母様も剣を習うことを認めてくれるんじゃないかと思うだろう。
ところがどっこい。それとこれとは話が違うのだ。
アルキオーネの体は病弱だし、お母様はとっても心配性なのだ。
お祖父様もそれを認めていたし、絶対許さないだろうなと断言もしていた。
絶対、言えるはずがない。
ベラトリックスにそのことを伝えると、「プレイオーネは心配性で、見かけによらず頑固だものね」と笑って、自ら進んで協力を申し出てくれた。
ベラトリックス様様である。
「ええ、とても楽しいです。ジェード侯爵夫人。こんな機会を頂きありがとうございます」
俺はベラトリックスに頭を下げた。
俺にとって色んな意味で頭の上がらない人だ。
「ふふっ、私も両親に隠れて剣の稽古をしたものです。淑女たるもの慎みと教養を持って……なんてお小言言われたけど、私は大切なモノは自分で守りたい女性が居たっていいでしょう?」
ベラトリックスは微笑む。
「わたくしも同感です。レグルス様のお側にいるためにはそのくらいの気持ちがなければと思っております」
実際はレグルスと婚約破棄を目指している上に、「打倒レグルスを果たしたい」から剣を習い始めたのだけど、言えるはずもない。
騙しているようで心苦しいが、嘘も方便というやつだ。
俺はしれっと嘘を吐く。
「そうか、ありがとう! アルキオーネ!」
そう声を上げて扉から入ってきたのはレグルスだった。
レグルスは俺の嘘に甚く感動している様子だった。
キラキラとした目を俺に向ける。
どうやら、何処かに今まで隠れていたらしい。
なんで今頃出てくる? もう帰ったかと思ったのに。
そう思ったが、すぐに頭を振る。
変に動かれてお母様にレグルスが見つかっていたら話がややこしくなっていたに違いない。
レグルスが隠れていてくれて本当に良かった。
「嗚呼、王子、この度はお越しくださりありがとうございます」
「ジェード侯爵夫人、いつも心遣いすまないな! 今日も貴女のおかげで剣の稽古を終えることが出来た」
「恐れ入ります」
ベラトリックスが恭しく頭を下げた。
レグルスは満足そうに頷いてから笑顔を作る。
「すまんが、アルキオーネとリゲルを借りるぞ。少し話したいことがあるものでな」
そして、俺とリゲルの間に入り、肩を組んだかと思うと、足早に扉から出ていこうとする。
まだ、俺、ベラトリックスと話しているんだよ、レグルス?
俺は目でそう訴える。
レグルスは満面の笑みでその視線を返す。
分かってくれたか。
そう思ったのも束の間、レグルスの力は強かった。
俺は剣の稽古を頑張りすぎたせいか、踏ん張りが効かず、ずるずると引き摺られた。
「あの、ジェード侯爵夫人、お祖父様、本日はありがとうございました」
言いたいことは沢山あった。
しかし、俺はレグルスに無理矢理引き摺られ、それ以上言うことが出来なかった。




