0.ご令嬢の立ち回り
「およしなさい」
凛とした声が荒ら屋に響いた。
アデシン王国の王子であるレグルスは驚いて目を瞠った。
この令嬢は誰だ?
そう思わずにはいられなかった。
淑やかで控え目だったはずの自分の婚約者が自分の二倍以上もありそうな大男に対して少しも怖がらず、歯向かっているのだから。
「王子を解放しないと痛い目を見るのは貴方たちです。どうか、人質にするならわたくしを」
「いえ、王子でなければいけないんですよ」
ご令嬢の声に大男はオロオロと返す。
これではどちらが誘拐犯か分からない。
レグルスはなんだか可笑しくなってくすくすと笑い声をあげた。
「おい、人質! 笑うな!」
大男は大きなお腹を揺すりながら叫ぶ。
「いいですか? あなたがお話をしているのはわたくしです」
ご令嬢はピシャリと大男に言う。
大男はその大きな体を小さくすぼめるようにして下を向く。
「勘違いなさらないでください。貴方の雇い主はすぐに捕まるのです。だから、金貨は手に入らない。貴方たちのしていることは無意味です。ここから逃げるために必要な人質ならわたくしだけで十分です。どうぞ、わたくしを人質に」
あたかもすべてを見てきたかのようにご令嬢は静かにそう告げた。
ご令嬢の眼は底知れぬ深い色をしていた。
レグルスは背中に何かがゾクゾクと走るのを感じた。
「お前、何を、何を知っているんだ?」
男の声が上擦る。
「何? このあと起こる、おおよそのことでしょうか?」
「なんなんだよ、お前!」
男は喚く。
「わたくし? わたくしはアルキオーネ。アルキオーネ・オブシディアンと申します。」
ご令嬢は静かにそう呟いた。