17.リゲルの推理
リゲルは恭しく頭を下げる。
「では、お時間いただきますね。まず、最近、貴方の妹のカロリナ嬢が国王陛下の前をちょろちょろしているようなのですが、何故でしょう?」
「妹が、何をしているかなんて私は知らないぞ!」
アクアオーラは少し動揺しているようだった。
視線を忙しなく動かしている。
「おや? アクアオーラ卿は確か、兄と妹、二人だけの兄妹でとても仲が良いと聞いたことがありますが? 貴方の妹が陛下に猛アタックしていることは私も知っているのに何故、貴方が知らないのですか?」
どうやら、アクアオーラの妹が国王に迫っていることは王宮の中では有名な話らしい。
ランブロスもリゲルの言わんとすることが分かっているらしく、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて、リゲルの言葉をフォローする。
「知らないと言ったら知らないんだよ!」
「じゃあ、陛下の周りでちょろちょろと誘惑紛いなことをしていることはご存知ないということでいいです。では、妹君がご自身で、新しい側室に選ばれたと言っていたという話は?」
「知らないって言っているだろう!」
口ではそう言うものの、明らかにアクアオーラは動揺している。
俺も、リゲルの言っていることに聞き覚えがあった。
確か、ご令嬢たちが「陛下が新しい側室を迎えた」という話をしていたような気がする。
あれを流していたのがアクアオーラの妹だと言うのか。
その話をしていたご令嬢の顔を思い出そうとするが、なかなか出てこない。
王宮や社交界では誰がどんな噂をしていたかも重要になるのだな。
俺は心の内に密かにメモをした。
「ミモザ……俺にも妹がいるんですがね、異性の兄妹というのは可愛いですよね。守ってあげたいし、我儘もならべく聞いてあげたいと思います。でもね、妹が道を踏み外そうとしていたら止めるのが兄だと思いませんか?」
そうだ。
リゲルの意見に俺も賛成だった。
妹は確かに可愛い。
我儘だって可愛いもんだ。聞いてやれるもんなら全部聞いてやるさ。
しかし、間違っていたら諌めてやるのも兄の役目だ。
人を傷つけてまでして叶えたい我儘なんて悲しいじゃないか。
俺以外のたくさんの人にも愛される人でいて欲しいと俺は思う。
こんなふうに離れ離れになってしまったから、特にその気持ちは強くなった。
確かに妹を守るのは俺だとずっと思ってきた。俺以外がその役目を負うのはちょっとどころじゃなく許せない。
でも、俺が死んだらどうなる。
もしも、俺が守れなくなっても、誰かが愛していてくれれば妹を守ってくれる。
そうしたら、俺は安心だ。
愛されることに越したことはないのだ。
嗚呼、俺の妹も大丈夫なんだろうか。
ほんの一瞬だけでいい。
妹に会いたい。
俺の胸はぎゅっと苦しくなった。
「道を踏み外す? 違う! カロリナは純粋に陛下を愛していて、それで妃になりたいと……」
アクアオーラはまた口を押さえた。
このおっさん。アホだろ。
何度同じ手に引っかかるんだよ。
ほんの少し、同じ兄として同情しかけた部分もあったが、このおっさんにはほとほと呆れた。
「やはり……随分と妹思いなんですね。妃になりたい妹君のために側室よりは正室をと思ったのでしょう。デネボラ様を王子誘拐の黒幕に仕立て上げるつもりでこんな計画を立てたのでは?」
「それは……」
アクアオーラは真っ青になりながらもごもごを口を動かす。
「貴方の計画はこうだったのでしょう。まず、王子を誘拐する隙を作ります。貴方は王子の護衛責任者です。隙を作るなんて造作もないこと。そして、ごろつきとデネボラ様を使い、王子を誘拐します」
リゲルは得意げに推理を披露する。
アクアオーラは何も言えず、下を向いた。
リゲルは続ける。
「貴方は必死に探すふりをする。そして、暫くしてからこっそりと城を抜け出し、雇ったごろつきから王子を引渡してもらいに行くのです。その際、ごろつきは色々知っていて邪魔なので殺します。そして、王子にはさも自分が救ったように見せかけるのです。もしかしたら、そのときにデネボラ様が王子を誘拐して殺そうとしていたなどと吹き込むつもりだったのかもしれません。あとは王宮に戻ってから、デネボラ様が怪しいと言えば、デネボラ様は王子の命を狙った者として何らかの罪に問えるでしょう。デネボラ様が何を言っても、貴方は王子を助けた功労者。どちらの言うことを皆は信じるか……そして、正室の座は空くわけです」
なるほどな。
誤算だったのは俺――アルキオーネも一緒に誘拐してしまったこと。
そして、俺がごろつきを手懐けてしまったことだろう。
もしかしたら、俺も一緒に誘拐されていなければ、或いは俺がデネボラ黒幕説を疑わなければ、ゲームの設定通り、アクアオーラの計画通りにデネボラは処刑されていたのだろう。
そうなっていれば、レグルス王子のクソ王子化は待ったなしだったろうな。
いや、まだレグルス王子はデネボラを憎んでいる。
今後次第ではいくらでもクソ王子になる可能性は充分ある。
でも、少なくとも生きていれば、話し合うことが出来る。
話し合えば、レグルス王子だってデネボラの気持ちを共感できずとも理解することはできるかもしれない。
それに、この俺がいる。
もしも、クソ王子になったら、その横っ面叩いて、性根を直してやるのもよいかもしれない。
「なるほど。王子を救った功労者として評価されれば、上手く貴方の妹を空いた正室の座にと進言することもできるかもしれませんね。アクアオーラ卿、なんてつまらないことを考えていたのですか」
ランブロスは頷きながら、アクアオーラにじりじりと近づく。
そろそろ話も大詰めだな。
アクアオーラをここで捕まえてやれば終わりだ。
「妹の願いをつまらないなんて言うな!」
アクアオーラはそう叫ぶとナイフを取り出した。
コイツ、何本ナイフを持っているんだよ。
俺とレグルス王子は数歩、後ずさりした。
「何を言ってるんですか? つまらないのは貴方の頭の中です! 自分の名誉欲を満たし、諌めるわけでもなく妹の大それた我儘を叶えようなどと浅ましい! 同じ兄として恥ずかしいです!」
ナイフを持つアクアオーラにリゲルはカッとなったように叫ぶ。
「なんだと?」
「騎士の持つ力は全てお仕えする方のためにあるというのになんと愚かな! 貴方は騎士ではありません! 貴方がごろつきと蔑んだアントニス殿の方がよほど仕える者の心を持っています!」
リゲルの言葉にアントニスは照れたように頭を掻いた。
パラパラとフケが飛んだのは見なかったことにしてやろう。
「わたし、わたしがあああああ、騎士、騎士ではないとおおおおおおおお!」
リゲルの言葉にアクアオーラは激昂し、叫び声をあげた。
周囲はざわめき、空気が一気に張り詰めた。
兵士たちは剣を構え、アクアオーラを睨みつける。