16.テオの告白
テオは緊張したように唾を飲み込む。
「さあ、言ってくれ」
レグルス王子は催促するように手を動かした。
テオは頷くとアクアオーラを睨みつけた。
「僕の姉はこの男に脅されていました!」
アクアオーラも負けないようにテオを睨みつける。
「まあ、何故ですか?」
俺は白々しくそう聞いた。
***
実は、俺たちはお説教を受けるより前、護衛たちに姿を見せるより先にデネボラに会いに行っていた。
ちょっと気になることがあったからだ。
誘拐の実行犯と誘拐されたはずの人質が一緒に自分に会いに来たらどうする?
普通は自分の犯行がバレてしまうことを恐れて、俺たちを殺そうとするなり、逃げようとするなり、何かするはず。
なのに、デネボラはそうしようとしなかった。
デネボラは妙に冷静で、「嗚呼、寝返ったのね。まあ、仕方ないかしら」なんて言ってくる。
デネボラが普通じゃない可能性もあったが、それにしたってちょっと他人事すぎる発言だ。
王子の誘拐だぞ?
バレたら自分が処刑されるかもしれない。
もう少し取り乱すとか何かあるだろう。
観念するのが早すぎる。
そこで俺は確信した。デネボラは黒幕じゃないと。
そこで散々、黒幕のことを聞き出そうとしたが、デネボラは頑として言わなかった。
それどころか「自分はどうなってもいいから弟であるテオの命は助けてほしい」と言ってきた。
さらに疑問が湧いてきた。
デネボラ、本当に妊娠してんのか?
だって、自分の子どもができたからレグルス王子を殺そうとしてたんだろ。
普通に考えたら、そんなに大事な子どもがお腹にいたら、何がなんでも守ろうとしないか?
で、考えたわけ、妊娠してないとしたらどうなのか。
そう。レグルス王子を誘拐して殺そうとするメリットが全くないんだよ。
上手くいっていた今までの生活を捨ててまでレグルス王子を誘拐する必要も、殺す必要もないのなら、何故こんなことをするのか?
やっぱり、デネボラ以外に黒幕がいて、ソイツに脅されてとしか考えられない。
待てよ。
それが真実であるなら、あのレグルス王子のトラウマというのも真実ではなく、やはり誰かによって造られたものなんじゃないか?
誰かが「デネボラが妊娠している。だから、王子を誘拐して殺そうとしていた」とレグルス王子に吹き込んだ。
だから、レグルス王子はトラウマを抱えてしまった。
吹き込んだ相手はおそらくデネボラを消したくてしょうがない人物。
つまり、黒幕なんじゃないか?
やはり、どう考えても他に黒幕がいた方がしっくりとくる。
でも、デネボラ、全く話してくれないわけ。
仕方ないから、リゲルに事情を話して、サクっとテオを捕まえてきてもらって脅されてそうなネタを吐かせたわけよ。
だから、俺もリゲルもレグルス王子も脅された理由は知ってる。
でもさ、本人から言ってもらわないと、アクアオーラの野郎、非を認めないだろ?
だから、こんな大掛かりな計画を立てて、皆に演技してもらったわけよ。
***
テオは覚悟を決めたような顔をした。
「姉がこの男に脅されていた理由…… それは、姉が王子の実母を殺したからです」
ざわっと兵士たちが動揺したような声を上げる。
「テオ様、もう少し正確に話してくださらない?」
俺は動揺をかき消すように努めて冷静に声を掛けた。
言い方が不味い。
ここを聞くだけではデネボラは完全に悪い奴になってしまう。
「はい。では、もう少し正確に言わせていただきます。王子の実母が死んだ原因を作ったのは姉ということです。実際に殺したのは、王子の実母の生家の者でしょう」
「違う! 殺したのは王妃だろう! 自分より先に二人目の子を妊娠したから、嫉妬して殺したんだよ!」
アクアオーラは叫ぶ。
「……やっぱり、勘違いされていますね」
俺は冷ややかにアクアオーラに向かって言った。
「ええ、アルキオーネ嬢の言うとおりです。姉は妊娠できません。そういう身体なんです。姉はそのことにずっと苦しんでいました。レグルス様が生まれたときも……愛する男の子どもですから、一度は許せた。当時、姉は側室でした。姉は自分ができないことをしてくれた王妃に感謝していた。でも、二度目は許せなかった。自分は一度すらその幸せを味わうことがないというのに、王妃は二度目があることに姉は耐えられずにいた。嫉妬して嘆いて恨んで噂を立てたのです。『あの腹に宿っているのは不義の子だ。生まれたときにみるがいい。髪は黒く、きっと王には似ていない』と言って」
テオは真っ青な顔をしてそう言いながらレグルス王子を見た。
レグルス王子は苦虫を噛みつぶしたような表情をした。
そうだ。
俺は残酷なことをしている。
でも、真実を知らなければ、可哀想なデネボラは黒幕にされて処刑されてしまうのだ。
「普通だったら、単なる噂話。嫉妬深い側室が正室に向かって嫉妬紛れに言った世迷言。陛下は王妃を愛していましたし、王妃だって陛下を愛していた。王宮には、仲のいい二人に不義を疑う者は誰もいなかったでしょう。でも、生まれた子供の髪は金ではなく、濃い茶色だった。『今、思い返せば、あの日は普通のお産より部屋の出入りが激しく、立ち会う人も多かった』と姉は言っていました。本当に不義の子が生まれるのかどうか気になった王子の実母の生家の者が数人の紛れ込んでいたのか、あるいは医師やお産に立ち会った全ての者が王子の実母の生家の者とかかわりがあったのかもしれません。そして、その子どもを見て本当に不義の子だと思ったのでしょう。証拠である子どもを殺し、それを拒んだ王妃まで殺してしまった」
テオは吐き出すように一気にそう言った。
レグルス王子は憎しみに燃えた瞳をテオに向ける。
テオはそれに答えるようにレグルス王子を見つめた。
テオの話にアクアオーラは驚いたように目を見開いていた。
「嘘だ! あの女が『自分が殺した』と言っていたのを聞いたんだ! だから、私はそれを使って脅し……た」
そう言ってからはっと口を押さえる。
「問うに落ちず、語るに落ちるというやつですね」
ランブロスは呟く。
もう、アクアオーラは落ちたも同然だったが、テオはアクアオーラを無視して話を続けた。
「姉が王妃殺しに気付いたのはしばらく後でした。姉の定期検診をしていた医師が王妃から生まれた子が濃い茶色の髪だったと漏らしたのです。その後、しばらくして、その医師は自殺しました。その知らせを聞いて、姉は自分のしたことを悟りました。そして、本当に恐ろしいことをしたと悔いていました。心の底から悔いていたからこそ、王子に人一倍愛を注ぎ、力になろうとした。なのに、この男は、それに付け込んで姉を脅したのです。『レグルス王子の母上を殺したのはお前だろう。黙っていてほしければ協力しろ。少し外に出てもらって助け出すふりをするだけだ。レグルス王子には危害を加えない』と言って。僕は反対しました。罪を重ねてほしくなかったから。しかし、姉は寧ろ罪を重ねることで断罪してほしかったのでしょう。この男に協力したのです」
テオが言い終わる頃には、辺りは静かになった。
誰も何も言えずにレグルス王子を見つめた。
レグルス王子だけがテオをずっと見ていた。
静寂を破ったのは、勿論あの男だった。
「違うんだ! 全部あの女の妄想だ! あの女にみんな騙されている!」
アクアオーラは叫ぶ。
先程自白したばかりだと言うのに、往生際の悪いやつだ。
「いえ、少なくとも、デネボラ様が妊娠できないことと、王子の母君の生家では当時の当主が王子の母君が亡くなったすぐあとに自殺していることは確認しております。そこから、推測されることは……もう分かりますよね?」
ランブロスは冷たく突き放すように言った。
「くそ、くそ、くそ!」
もう打つ手がないと思ったのか、アクアオーラは叫びながら、地面を何度も蹴りつけた。
その姿はいっそ哀れだった。
「俺もついでに話をしてもいいですか?」
リゲルは楽しそうにアクアオーラに向かう。
その姿は年相応の少年のようだった。
「なんだ! 言ってみろ!」
ヤケクソのようにアクアオーラは答えた。