12.素直に誘拐されましょうか
大きく揺れて、俺は強かに肩を打ち付けた。
痛い。
肩を打ったせいで意識が覚醒してきたようだ。
ここは何処なんだ。
俺はうっすらと目を開けた。
視界に映るのは、暗い空間だった。
えっと確か、レグルス王子の義母であるデネボラの恐ろしい企みを聞いてしまって捕まったんだよな。
両手は後ろ手に縛られ、両足はくるぶしと膝の二か所を縛られ、口にはしっかりと猿轡がはめられているのを確認する。
このままでは動くことも難しそうだ。
いっそ、火の魔法で縛っているロープを焼き切ってしまえば、簡単に動くことができるのだが、このタイミングでロープを切ってしまっても大丈夫なのだろうか?
いや、自分の状況がすべてわかっていないのにロープを切って自由に動けたとしてもできることは限られている。
それに、いつでも俺が自由に動けることを敵に知られる方が危ない。邪魔だと判断されて、最悪、消される可能性がある。
ここは、冷静に状況を見て、動いても大丈夫だと分かってからの方がよさそうだ。
あれ? そう言えば、一緒に捕まったはずのレグルス王子は大丈夫なのだろうか?
「ルークス、目の前を照らせ」
俺は小さく呪文を唱える。
すると、小さな淡い光の球体が目の前を照らし出す。
辺りを見回すと、俺と同じような格好で転がされているレグルスの姿があった。
胸が上下していることから生きていることはすぐに分かった。
良かった。
俺はほっとして安堵のため息を吐いた。
そこで改めて状況を確認する。
倒れているレグルスと俺。
俺たちの周りを囲むように木箱が積まれている。
木箱?
鼻を引くつかせて息を吸うと、木の香りに混じって果物のような甘い香りがした。
どうやら、目の前にあるのは果物の入った箱らしい。
ガタガタと揺れる広めの空間に果物の入った木箱がたくさん置いてある。
外では揺れに合わせて、ギイギイと嫌な音がしていた。
揺れはおそらく移動しているから。
だとすると、これは荷物を運ぶ用の馬車の中ということか。
おそらく、荷馬車を使って、俺たちを荷物の中に紛れ込ませて城の外に連れ出す計画なのだろう。
見張りがいないことを考えると、逃げ出せないような罠のようなものがある可能性もある。
レグルス王子も起きる様子はないし、ここで逃げ出すより様子を見た方がよさそうだ。
悪路を進んでいるのか、いつしか馬車の揺れは酷いものに変わっていた。
幸い、木箱が崩れて俺たちが潰されるということはなかったが、ヒヤヒヤして、気持ちが落ち着くことはなかった。
しばらくすると、揺れが止まる。
音も止んだので、馬車が止まったんだろう。
俺は寝たフリをして目を閉じた。
間もなくして、光が顔に当たるのがわかった。
うっすらと、目を開けると、外からこちらを覗く男が三人がいた。
ハゲと、庭園にいた大男と、ガリガリの三人。
大男とハゲは強そうで剣を持っている。
ガリガリは何も持っていないので、もしかしたら魔法を使うのかもしれない。
俺は緊張しながら三人の様子を伺った。
「兄貴、王子なんて誘拐してきて大丈夫なんですか?」
ハゲが大男に向かって聞く。
「大丈夫だ。雇い主は金も権力もある。ちょっと誘拐して置いとくだけで金貨三百枚だぞ?」
大男は楽しそうに鼻歌まじりにそう言った。
ちょっと誘拐するだけ?
ということは、コイツらはレグルス王子を殺すつもりはないということか。
「いやいや、美味しい話には裏があるって言うじゃないですか、何かあるんじゃないですか?」
ハゲは食い下がるように言った。
「いや、本当に誘拐するだけ。しばらくしたら引き取りにくるからそれまでここに王子を置いとけばいいんだと」
どうやら、デネボラとテオはここにいないらしい。
パーティー会場から姿を消せば、すぐに誘拐犯だとバレてしまうもんな。
自分の手で誘拐して殺す方が確実なのに、あえてごろつきを雇うという手を使ってきているんだ。
自分が関わっていることを隠したいんだろう。
しかし、義理の子どもが誘拐されたのに、すぐに城を抜け出すことなんてできないはずだ。
男たちの話はなんだかおかしい。
「それにしても、雇い主は太っ腹ですね。前金の代わりにこの馬車もくれたんでしょう? その上、誘拐が成功したら金貨三百枚なんて……」
ガリガリがそう笑う。
ん? 王宮に住んでいるはずのデネボラが馬車の調達をした? そんなことできるのか?
王妃には護衛が付くだろうし、そもそもこんなごろつきと一緒にいるところを誰かに見られたら一発でアウトだ。
いや、普通に考えたら、テオが馬車を調達したりコイツらに頼んだとしか思えない。
しかし、テオが雇い主なら、デネボラがテオに「レグルス王子をごろつきに渡せ」と指示していたあの状況はおかしい。
明らかにテオは計画を知らず、デネボラがコイツらと話をつけてきたという雰囲気だった。
となると、テオ以外の協力者がいて、デネボラとコイツらの間に入っているということになる。
その協力者ってのが直接の雇用主で、ソイツはレグルス王子を殺すつもりがないってことなのか。
いや、引き取りに来ると言っていたな。
自分の手で殺すためにそうしているのかもしれない。
俺が考え込んでいると、男たちはごそごそと木箱を下ろし始める。
何してんだ?
ああ、俺たちを運び出すために箱をどかしてるのか。
ということは、奴らの目的地はここだったようだな。
俺は寝ているふりがバレないように祈りながら男たちに運び出されるのを待った。