18.三人寄っても答えは出ない
アルファルドとリゲルは心配そうな顔で俺を見ていた。
ユークレース家襲撃事件から数日経つ。
どうやら二人は俺の様子伺いに来たらしい。
それもそうか、あんなに酷く取り乱したところを見られてしまったのだから仕方ない。
結論から言うと、この世界は俺の妄想ではないようだった。
毎朝、目を開けても、妹が現れる気配がない。
代わりに、視界に入るのは、前世のときより倍以上広い部屋とそこにある豪華な家具たちか、メリーナの笑顔だけだ。
頭は混乱したままで、俺は問題の解決を先送りにしている。
暫くアルキオーネの弟に関することは何も考えたくなかった。
「気分はどう、アル?」
アルファルドは問う。
「わたくしは大丈夫です」
俺は笑顔を作った。
「でも、少し間抜けだよね。弾が最初から入っていなかったなんて……」
「そうですね」
リゲルの言葉に「嗚呼、そのことか」と俺は頷く。
俺もアルファルドもレグルスもあのとき撃たれなかった。
後から分かったことだが、あの銃には弾が込められていなかったのだ。
そして、銃はこの国のものではなく、アルファルドの母親がいた国でこっそりと作られていたものらしい。
仮面の男はこの国の者で、革命を起こそうとしていた一派の人間だと言う。
もしかしたら、使い方が分からなかったのかもしれない。
「入れ忘れか、使い方が分からなかったのかな?」
同じことをリゲルも思っていたらしく、そう口にした。
「違う」
「え?」
「多分仕組まれてる」
アルファルドは呟く。
空気が一瞬にしてピンと張り詰めた。
「それは、どういう意味ですか?」
俺は喘ぐように尋ねる。
やけに息がしづらい。
「自分がミスをしたとして、『そう意味だったのか』って言う?」
「いや、でも、間違ってしまったことに気づいて思わず言ったことかもしれないだろ?」
「お前はその場にいなかった。でも、俺はいた。俺には騙されたことに気づいて思わず言ったことのように聞こえた」
俺はあの時の状況を思い出す。
男は確か、笑い声を上げて「そうか、そういう意味だったのか! 『悪は滅ぼさなきゃいけない』!」って叫んでいた。
どんな顔をしていたかは見ていたのに思い出せない。
「そうだとしたら、あれは何の意味があって起きたことなんですか?」
「それは……」
「それは?」
「分からない」
俺とリゲルはずっこけそうになった。
分からないのかよ。
「分からないけど、黒幕がいて、そいつは何かから周囲の目を逸らさせたかったんだと思う」
「オブシディアン領の豊穣祭で起きた騒ぎと一緒ってこと?」
「そう。構造は一緒。何かから目を逸らさせたい。でも、今回はパーティー会場を襲撃することよりもっと違うことが本命なんだと思う」
「なるほど。パーティー会場でレグルスを狙うにしては人数が少ないし、杜撰な計画だったもんね」
「王子が狙われたってインパクトで何かを隠したいんだと思う」
アルファルドはやけに饒舌だった。
「……もしかして、アルファルド、怒ってます?」
「勿論。レグルスもアルも死ぬかもしれなかった」
アルファルドは頷く。
そうか、コイツ、頭に血が上っていつもより饒舌なんだ。
そういえば、うちの屋敷でアルファルドの母親に襲われたときも、コイツは饒舌だったな。
良く喋っているときは怒っているときなんだろう。
良く喋ってくれているときは気をつけようっと。
「話を戻すね。もしも何かを隠したいからやったんだとしたら、アルファルドは何を隠したいんだと思う?」
リゲルは話に割り込んでくる。
嗚呼そうだった。話の腰を折ってしまった。
「多分すごく小さいこと。普通の人なら取るに足らないこととか、比較的小さな事件。でも、個人的にはすごく隠したいこと。私怨を晴らすとかそんな感じ」
「何でそう思うの?」
「ほとんど勘。理由はあるけど、根拠に乏しい」
アルファルド頭を振って答える。
「その理由というのを聞いてもいいですか?」
アルファルドは少し考え込んでから頷く。
「やり方。わざと被害が少ない方法を選んでる。でも、加害者側は死んだ。男の言葉もそう。悪を憎んでる人間の犯行だから。でも、こうも考えられる。そういう人間が私怨を晴らすために行っている犯行。後ろめたい。だから、余計に被害を出したくない。できれば加害者側も犠牲を出したくなかった。だから、弾を込めなかった。でも、男はいざと言うときの為に自分で毒を用意していた。仮面の男が死んだのは黒幕の意図していないことだった」
「それって妄想に近くないか? だって、仮面の男が死ねば自分の犯行を皆被ってくれるわけだ。そっちの方がいいだろう」
「だから言った。根拠に乏しいって」
アルファルドはリゲルを小馬鹿にしたような目で見つめた。
「実際は全て、根拠が薄い。勘と想像でほとんどを補ったもの。だから、最初に分からないと言った」
「はぁっ……言い分はよく分かったよ。でも、俺も何かから目を逸らしたいから行われたっていう点は賛成だな」
リゲルはため気を吐いた。
「もしも黒幕がいると仮定して、何から目を逸らしたかったのか、それを知るにはあの日の前後に起きた小さな事件を調べたらいい。でも、どこで起きたものなのか、分からない。噂にもならないような事件なら調べようがない。何を事件と定義するかも曖昧。無駄と気付いた。だから、言うつもりはなかった」
「そこまで考えていたんですか」
「怒っていたから」
アルファルドは頷く。
「まあ、オブシディアン領の豊穣祭の方からでも犯人は捜せるだろうし……ね?」
リゲルは珍しく、アルファルドを励ますようなことを言う。
いや、待て。
俺は首を振った。
「それが、あの事件は加害者側が罪に問われないことになったので、簡単な聴取以外はなくて、もう事件を調べる人はいないんです」
「はぁっ? そんなことになってるの?」
リゲルは驚いたような声を上げる。
「なるほど。そこも計算されていた? じゃあ、あの人のこともあるし、黒幕はレグルスに近い人物かもしれない」
「何故?」
「アルキオーネはレグルスの婚約者。オブシディアン領で起きたことに違和感がある。確かに、アルキオーネが婚約者になってからオブシディアン家は注目されるようになったけど、力のある家柄とは言えない。何か意図があるはず。分からないけど。それに、俺の母親の件も他ではあまり知られてない。俺もあの日が本格的な社交界デビューだった。俺の母親を使おうと思う人間は少ないはず……」
「いえ、寧ろ、知られていないからこそ、使ったのでは? 自分に繋がりのある人間の家でなにか起きれば疑われるかもしれないという心理が働くでしょう?」
俺は首を振った。
「アルキオーネは、レグルスとは全く関係のない人が行ったんだと思っているんだね」
「そうです」
「アルの言ってることは確かに正しい。詳し過ぎれば、事情を知る者が真っ先に疑われる。これから更に何かをしたいならそれを避けたいはず」
「確かに……アルファルドの母親は『この国から逃げなきゃ』って言っていた。支離滅裂なことを話しているんだと思ってたけど、あれがもしも本当に意味がある言葉なら、これから何かが起こるのかもしれない」
リゲルはアルファルドの言葉に更に付け加えた。
どうやら、二人とも俺の意見に概ね賛成してくれているようだった。
「そうなってくると、今後の為には起きるであろう何かが知りたいところなんですが……」
俺は言い淀む。
手元にある情報が少な過ぎた。
普通に考えたら、国家を揺るがすような何かが起きるってことなのだろう。
でも、そんなこと本当に起きるのだろうか。
アルファルドの母親を動かす為についた嘘なんじゃないか。
色々と考えられる。
可能性がありすぎる。
決定打もない。
俺は探偵ではない。
鋭い洞察力などないのだ。
これだけでは予想もつかない。
「まあ、結局、ここまでの話のほとんどが想像なんだよね。ここから考えていくのはなかなか骨だよ。襲撃犯は自殺した男以外にもいるし、そっちに期待で、俺たちは様子見かな?」
リゲルは大きなため息を吐く。
「そうですね」
俺も同意した。
所詮、俺たちはまだまだ親の庇護下にいるお子ちゃまなのだ。
今回もまた、俺は自分の無力さを噛み締めるのだった。
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暗転編はここまでです。
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