10.デートのお誘い
パーティは盛り上がっている。
俺はと言えば、お喋りに疲れて壁の花になっていた。
ご令嬢たちのよく喋ること。
以前仲良くなったヴィスヴィエン子爵令嬢のミラはまだまだ話し足りないと、お喋りの輪の中にずっといる。
かれこれ、一、二時間は話しているんじゃないか?
そう言えば、前世のときも、妹と母さんは二人で何時間も話していたな。
毎日顔を合わせているのによくも話すことがあるもんだと感心していたっけ。
ご令嬢たちの会話の大半はスキャンダルや噂話ばかりだが、情報量は豊富だった。
例えば、「レグルス王子の母君が懐妊されて、弟ができた」だとか、「国王陛下が新しい側室が迎えられる予定」だとか、「まだ社交界デビューしていないユークレース家の次男はかっこいいらしい」だとか、「ユーディアライト家の旦那様と妾の間に子供ができてお家騒動」だとか、「街に反王国勢力が集まって会合を開いてる」だとか、明らかに嘘っぽいものから真実かもしれないと思わせるものまで玉石混交の話が飛び交っていた。
正直、レグルス王子の手紙より有意義で面白いと思ったが、それにしても長い。疲れる。
こんなのずっと聞いていたら頭がおかしくなりそうだ。
程々のところで切り上げるに限る。
「アルキオーネ!」
レグルス王子が小さな声を上げて近付いてくる。
後ろにはリゲルもついてきているようだった。
「レグルス様、お誕生日おめでとうございます。先程は申し上げることができず、すみませんでした」
俺は壁から離れると、レグルス王子に改めて挨拶をする。
「気にするな。わたしが色々と話してしまったせいだろう?」
「寛大なお心、恐れ入りますわ」
レグルスはさらりとフォローを入れてくれる。
くっ、やっぱり、コイツ、人としてできていやがる。
やっぱり、筋肉をちょっとつけたり、魔法が上手くなるだけでは何も変わらないな。
来年、来年こそは勝ってやる。
「王子」
リゲルは肘でレグルス王子をつつく。
「ああ、忘れていた! アルキオーネ、せっかく王宮に来たのだ。母上の薔薇園に行かないか?」
「でも、レグルス様は主役でしょう? いらっしゃらないと周囲が困るのでは?」
「いや、挨拶はだいたい済んだ。少しくらい抜けても困りはしないだろう」
レグルス王子は悪戯っぽく笑う。
「アルキオーネ様、出るなら今ですよ。俺も王子の護衛に疲れてしまったのです。少しの間、王子の相手をしてくださるとありがたいのですが……」
リゲルがこっそりと俺に耳打ちをする。
身長は大きいが、リゲルも十二、三歳の少年だ。
王子の護衛ばかりではつまらないに違いない。
俺はこくりと頷く。
「ありがとうございます、未来の王妃」
冗談っぽくリゲルはそう言った。
「いえ、お心遣いありがとうございます」
俺はくすりと笑いながら返した。
コイツとは友達になれそうだ。
「おい、二人で何を話しているんだ?」
レグルス王子は焼きもちを焼いたのか、少し不満げな声を上げる。
珍しい。
レグルス王子が嫉妬するなんて。
コイツも人の子だったんだな。
「いえ、俺は失礼するので、お二人で仲良くやってくださいと言っただけです」
リゲルはにやにやと笑う。
「流石、気が利くな」
レグルス王子の顔が輝く。
このエロガキ、何を考えているんだ。
蹴り飛ばしてやろうか。
「しかし、王子、ここは様々な人の出入りがありますから危険です。俺以外の護衛をつけていってくださいよ」
リゲルがそういうと、王子は途端にぶすっとした顔をする。
「分かっているよ」
そう言って、手を上げると、数人の護衛がレグルス王子の近くに寄ってくる。
「一人でいい。そうだな。ランブロス、よろしく頼む」
レグルス王子が一番近くの護衛にそう言うと、護衛は頭を垂れて礼をする。
ランブロスと呼ばれた護衛は紫色の髪に金の瞳というファンタジー全開のカラーリングだった。
前世だったら、紫の髪なんておばさんの髪か、原宿系の女の子の髪でしか見たことがなかった。
こういうのを見ると、本当にこの世界はゲームの世界なんだなと思う。
「では、婚約発表の時間にはお戻りくださいよ、殿下」
リゲルはにやりと笑いながらそう言うと、俺たちと別れた。
そして、ご令嬢たちの輪に近づくと、その中の一人の少女に声を掛けていた。
おお、アイツ、ナンパしてる。
この人数の中ですごいな。
「リゲルが気になるのか?」
明らかに不機嫌な声を出しながらレグルス王子はリゲルの方を睨んだ。
「いえ、お祖父様の教え子と聞いていたのでどんな方かと少し興味があっただけです。特に意味はありません。しかし、あのように気軽に女性に声を掛けられるなんて、すごく積極的な方なんだなあと感心しましたわ」
俺の言葉にレグルス王子はほっとしたような顔をする。
「嗚呼、あれはリゲルの妹のミモザだよ」
リゲルにミモザ……
どこかで聞いたことのある名前だな。
俺は何かを思い出しそうになる。
「それより、アルキオーネ! 薔薇園に行くぞ!」
レグルス王子はそう叫ぶと、俺の手を引いた。
俺は慌てて、それについていった。
***
道中、レグルス王子は何やら護衛に頼んでいた。
よくよく聞いてみると、何かあったら声を掛けるか、叫ぶので、少し離れたところで待っていてほしいと言っているようだった。
どんだけ二人きりになりたいんだよ。エロガキかよ。
そう思う反面、俺にも前世では身に覚えのあるお願いだったので、聞いていないふりをすることにした。
男の沽券にかかわる問題だもんな。
さて、パーティーの真っ最中、護衛は離れたところにいるらしいが、薔薇園には当然のように俺とレグルスの二人しかいない。
俺は何を話したらいいのか分からなくなって、黙り込む。
レグルスはそんな俺を見て、愛想よく色々と話しかけてくれる。
「今年の薔薇は一段と香りが良いな」
レグルス王子は満足気に言った。
王宮の薔薇園には秋咲きの薔薇が咲いている。
春の薔薇とは違い、小ぶりであるが、離れていても濃厚な香りを感じた。
「ええ、とてもいい香りがしますね」
俺もその意見に深く同意した。
オブシディアン家の薔薇も確かに今年のは特にとても良い香りがしていた。
先日、使用人に教えてもらってモイストポプリなるものを作ってみたことを思い出す。
塩と薔薇の花びらを使って作るポプリで、その名の通り、乾燥させないポプリだ。
入浴剤にしてもいいし、お部屋にポプリとして置いてもよいというから、お母様やメリーナ、ミラ嬢にあげようと思って、たくさんの小瓶に作ったのだ。
上手くいったらレグルス王子に分けてやってもいいな。
「ん? こんなところに何故、人が……」
レグルス王子が何かに気付いたように目を細める。
俺はレグルス王子が見ている方を見つめた。
そこには女性と男性が何やら話している姿があった。
こんなときに何故、ここに人がいるのだろうというのは当然すぎる疑問だった。
パーティーの真っ最中に逢い引きか何かか?
下世話だが、俺はそんなことを考えて突っ立っていた。
「あれは……」
レグルス王子はさっと物陰に身を隠した。
俺もレグルスに倣って物陰に隠れる。
俺たちは耳を澄ませた。