15.何故、お前がここにいる
気は進まなかったが、心配させるといけない。
俺は会場に戻ると、レグルスを探した。
人集りを探せば、すぐにレグルスは見つかった。
どうやら、話をしているらしい。
話をしているのは見知らぬ男だった。
俺はさっとレグルスの横に収まる。
レグルスはすぐに俺に気づくと、早めに話を切り上げた。
「遅かったな」
「色々ありまして……」
俺は言葉を濁した。
アダーラと話したなんて言ったら、レグルスはどんな顔をするのだろう。
いや、アダーラが俺に話しかけてきた上に、レグルスを諦めていないなんて伝えたところで、更なるトラブルを呼ぶだけだ。
どうなるか少し興味があったが、俺は黙っておくことにした。
「そうか」
レグルスは頷く。
どうやら、レグルスも深く聞くつもりがないようだ。
何となく緊張して俺は黙り込んだ。
レグルスも俺の様子を伺うように黙り込む。
何を話したらいいのか分からない。
リゲルとだったらくだらない話もすぐに出来るのに。
レグルスのことは嫌いじゃないけど、こういうとき困る。
無意識のうちに、レグルスとは線を引かなきゃいけないと思ってしまうのだろう。
俺はじっと床を見つめた。
「アルキオーネは、わたしが嫌いか?」
「いえ。そのようなことはありません」
昔は嫌いだったけど今はそうでもない。
そう言いそうになって口を噤む。
「なら良かった」
レグルスは微笑んだ。
その笑顔を俺のものにしたいとは思わないけど、レグルスの笑顔は好きだ。
デネボラのこともあったし、レグルスの笑顔を見るとほっとする
レグルスには笑顔でいて欲しい。
「でも、時々思うのです、レグルス様にはわたくしよりもお似合いの方がいるのではないかと」
要らぬ一言だとは思ったが、つい言ってしまう。
「……何でそんなふうにわたしを拒絶するんだ」
悲しげにレグルスが言う。
俺はレグルスの方をしっかりと見た。
「わたくしは……」
拒絶ではないのだと、幸せになってほしいからそう言うんだと言いたかった。
しかし、俺はそれ以上何も言えなかった。
レグルスの背景で一人だけ一直線に早歩きをする女が見えたからだ。
今の女の髪の色、銀髪じゃなかったか?
背筋に冷たいものが鋭く走った。
「レグルス様、あれは……!」
俺はそう言って震える手でレグルスの後ろを指した。
レグルスが振り返る。
レグルスも同じものを見つけたようだ。
青ざめた顔でこちらを見る。
どうやら、俺の見間違いでも、幻覚でもないようだった。
水分の足りないパサついた銀髪を結い上げた女性の横顔が見える。
顔色は以前より少し良く、全体的に少し肉付きが良くなったような気もするが、あれは間違いない。
アルファルドの母親だ。
お父様は戻って来れないと言っていたのに何でここにいるんだよ。
「ランブロス!」
レグルスはそばに居たランブロスを呼ぶと、俺と同じものを指す。
ランブロスがそれを取り押さえる為に走り出す。
俺は辺りを見回すと、アルファルドを探した。
アルファルドは義理の父親であるユークレース伯爵と一緒にいた。
女の向かっている方向とは違う。
じゃあ、誰に向かっているのだろう。
そういえば、ユークレース伯爵夫人が見当たらない。
まさか!
女の向かう先は屋敷のさらに奥だった。
ユークレース伯爵夫人を狙っているってことなのだろうか。
だとしたら、まずい。
「レグルス様、おそらく狙われているのは伯爵夫人かと。ユークレース伯爵にこのことを伝えてください。私はランブロス様の後を追います」
俺はそう言って駆け出す。
が、レグルスは俺の手を掴んだ。
「待て。わたしが行く」
「いえ、小柄なわたくしの方が人を掻き分けていくのが早いはずです。行かせてください!」
俺はそう叫んで、レグルスの手を振り払う。
構っていたら、あの女からどんどん離れてしまう。
俺はドレスの裾を軽く摘んで、女の向かう方向へ小走りで向かった。
人が多い。走ることもなかなかできず、人を掻き分け、ダンスのステップでも踏むみたいに移動する。
「お姉様!」
ミモザの声がした。
「ごめんなさい。後で!」
俺は短く返す。
どこにミモザがいるのか分からなかったが、今はそれどころではない。
早くあの女を捕まえないと。
俺はあの女とランブロスのあとを一生懸命に追う。
「何してるの?」
上から声が降ってきた。
見上げるとリゲルがそこにいた。
「アルファルドの母親がいるんです。早く捕まえないと何をしでかすか分かりません」
だからお前に関わっている暇はないんだという言葉を飲み込む。
「嗚呼、なるほど。じゃあ急ごう。ちょっと具合悪そうにしててね」
「は?」
俺が返事をする前にリゲルは俺を抱きかかえ、お姫様抱っこをする。
なんだこれ。
「すみませーん。急病人が通ります」
リゲルはそう叫びながら俺を運ぶ。
効率が悪いのではないかと思ったが、急病人という言葉を使ったおかげで目の前の人々がさっと避けていってくれる。
これ、知ってる。モーゼの十戒で海が割れるやつに似てる。
あっという間に人を掻き分け、リゲルはランブロスに追いつく。
「お疲れ様です。あ、アルキオーネをよろしくお願いします」
リゲルはそう言うと、ランブロスめがけてアンダースローで俺を投げた。
「は? ちょっと待て、それは無理……だっ!」
無理と言いながら上手いことランブロスは俺をキャッチする。
いや、俺は一応女子だとは言え軽々投げていい重さじゃないぞ。
一歩間違ったら、ランブロスの腰がいかれてしまう。
俺をキャッチしたことでランブロスは歩みを止める。
一方、リゲルは加速した。
「リゲル! 一応、アルファルドのお母様なので問答無用で斬ったりしてはいけませんよ」
俺の言葉にリゲルは振り返らずに手を振った。
「う、うう」
ランブロスが唸る。
「大丈夫ですか?」
「あ、あの……本当にごめんなさい。アルキオーネ様が重いわけじゃないんですけど、ちょっと下ろしてもいいですか?」
ランブロスはぷるぷると腕を震わせながら俺に尋ねる。
投げられた俺をキャッチしたわけだから腕には相当なダメージがあるはずだ。
「勿論です。申し訳ございません」
俺はそっと床に降ろされると、ランブロスと一緒にリゲルを追った。