14.これで終わりにしてくれよ
皆に愛されて目障りってなんだ、それ。
愛されたら全部丸く収まるとでも思ってんのか?
こちとら、レグルスに求愛されて、応えられなくて悩んでるところなんだぞ。
大体、こいつの言う皆って誰だよ。
世界中全てから愛されて祝福されてるんだったら、俺は最初からチートで完璧な転生ライフを送ってるだろうが。
こっちは人生ハードモード、いや、ナイトメアモードだ。
俺だから割と楽しんでるけど、男が女になって、男に迫られて、断れないなんて悪夢のような生活してるんだ。
これを悪夢と呼ばずして何と言ったらいい。ふざけるな。
確かに、比較的恵まれた生活を送ってはいるとは思うが、そもそも貴族のお前に嫉妬されるような人生は送ってない。
トラブルばっかり、悩んでばっかり、こんなやつのどこがいいんだよ。
「じゃあ、貴女も愛されるように行動すればいいじゃないですか」
俺はそんな努力をしたつもりはない。
しかし、アダーラの行動は誰かに好かれたいときにとる行動としては相応しくないように思えた。
ライバルを蹴落として愛を掴みとるって典型的な悪役令嬢なんだけど、その行動がどうもなあ。
いや、俺も男だし、夢が見たいのよ。
男にとって女の子はファンタジーなんだ。幻想であってほしいんだ。
普通の男は落とされるなら、もっと可愛らしい行動をして落としてほしいと思うだろ?
他人の妨害で幸せゲットなんて見たいと思う?
醜いじゃん。見たくないじゃん。
全然、コイツ分かってない。
そう言う努力は要らないんだよ。
俺が欲しいのはいじらしい努力。
ベタだけど、料理が苦手なのに頑張っちゃいましたとか、いじめられてるけどいじめにも負けずに頑張ってますとか、苦手なことにも前向きに取り組んでますとかそういうやつ。
守ってあげたくなっちゃう系の努力。
悪意とか憎悪を誰かにぶつけることを努力と呼びたくない。
「何よ! それじゃあ、私が努力してないみたいじゃない! 努力だってしてるわ。話しかけてもらいたくて、少しでも視界に入るように化粧を変えたり、目立つようなドレスを着たりしているわ。色々な話が出来るように勉強だってしてきたのに!」
アダーラも一応、努力はしてきたみたいだ。
でも、悪意を持って攻撃する姿を見ちゃうと、そういう努力が帳消しになっちゃうわけですよ。
可愛いよりも先に怖いと思っちゃうんですよ。
「いや、その努力は素晴らしいと思いますが……そうではなくてですね」
「努力はしてるでしょう!」
俺はため息を吐いた。
何だか怒っていたのがアホらしくなってくる。
散々、「嫌だ」「ハメられる」とか思っていた。
でも、こいつ、ベクトルが間違ってるだけで、ただの恋する乙女じゃん。
ハメられても全然怖くないわ。
あのときの、前世のクソ女とは全然違う。
それもそうか。
俺は少しどころでなく過去に縛られているようだ。
レグルスのときに反省したはずだったのにな。
「わたくしが言いたいのは、誰かを陥れることはおやめになってはいかがかということです」
「邪魔者を排除するのだって立派な努力でしょう!?」
あ、やっぱり、悪意をぶつけることを努力だと思っていらっしゃる。
「お相手の好意がそれで貴女に向くとでも思っていらっしゃるんですか?」
「当たり前じゃない!」
とんだ勘違いだ。
「あのですね、殿方は女性に夢を見たいんですよ。誰かをいびってる姿とか罠にはめてる姿なんて見たいわけないでしょう? いつかバレることならやらないで正々堂々としてる方が好印象ではないですかね」
あれだ。こいつは前もそうだったが、頭が回るくせに、ほんの少し詰めが甘いのだ。
詰めが甘くてすぐにバレたり、反撃されたりするのがもう分かっているのだから、正々堂々と勝負すればいい。
そっちの方が格好いいし、好感度が高い。
恋愛は無理でも、友だちポジぐらいはゲットできるかもしれない。
「え……それは本当に?」
アダーラは目から鱗が落ちたみたいな顔で俺を見ている。
お、食いついてきたぞ。
これは説得のチャンスかもしれない。
「考えてみてください。素直で優しくて格好良い人と根性が悪くてどうしようもないクズの暴力だけど格好良い人、どちらがモテるでしょう」
アダーラは迷っているような顔をする。
いや、そこは素直で優しくて格好いい人と言って欲しかった。
まあ、クズ系男子も格好良ければ、一定層人気があるのは分かってる。
「すみません。例えが悪かったです。平凡な顔で素直で優しい人と平凡な顔でどうしようもないクズの暴力男、どちらがいいでしょうか」
「それは、素直な方かしら?」
「ご回答、ありがとうございます。わたくしもそちらが良いと思います。つまり、そういうことです」
俺の話をアダーラは真剣に頷く。
あれ? こいつ、意外とチョロい。
今までの突っかかり具合はどこへやら。尊敬の眼差しを俺に向けている。
「貴女も見た目も声もとても可愛らしいのですから、そういう不細工なお顔はやめて心の底から笑ってみてはいかがですか? やっぱり可愛らしい方が意地悪をする姿は誰も見たくないと思うんですよ」
「可愛らしい……」
アダーラはうわ言のように呟くと、感動したように瞳をキラキラとさせている。
しかし、アダーラはすぐに頭を振った。
「いや、いやいや! 私を騙そうってつもりね! 汚いわよ、オブシディアン伯爵令嬢!」
ちっ、すぐに正気に戻りやがった。
これで改心してくれたらいいなくらいには思っていたけど、そう上手くは行かないか。
「騙すつもりなんてありません。心の底から残念だと思っています」
俺の趣味の顔ではないが、可愛いのは事実だ。
片思いばかりなのは多分、選んだ相手が悪いのとアダーラから滲み出ている攻撃性のせいだと思う。
おそらく、ほんの少し行動を変えるだけで一定層には人気が出るだろう。
この顔だ。できればぶりっ子に徹して、ひたすら可愛さアピールで男を釣って、その中から自分の気に入った男を選ぶとかな。
「う、うるさいわよ! 私まで懐柔しようったってそうはいかないわ」
アダーラは涙目になって叫ぶ。
「懐柔なんてとんでもない……」
「私は、貴女になんて屈しない。良く覚えておいて、貴女の思い通りになってさせないんだから!」
アダーラは中指で俺を指す。
「はあ……」
俺は曖昧な返事をする。
俺はお前に何もしようとしてないんだけど。
寧ろ、関わりたくないし。
と言いたいところだが、これ以上話を面倒にしたくないので黙る。
「れ、レグルス様は諦めないわよ!」
アダーラはそう叫ぶと、俺を突き飛ばして廊下を駆けていった。
えーっと、つまりこれは宣戦布告ということですか?
俺はまたややこしいことになったとため息を吐いた。