12.それぞれの手紙事情
「アルが元気ない」
不意にアルファルドがそう言った。
「え? ええ、そうですか?」
話を聞いていなかった俺ははっとして顔を上げた。
レグルスのことが気になってついついぼんやりとしてしまっていた。
「元気がないのか?」
レグルスも心配そうにこちらを見ている。
「いえ、特には……」
俺は首を振って見せる。
レグルスはほっとしたような顔をした。
「じゃ、手紙を返さなかったから怒ってるの?」
アルファルドはオロオロとしながら問う。
「手紙? 嗚呼、なかなか戻って来ないから心配にはなっていましたが、特には怒っていません」
何かあるのかなとは思っていたし、特に怒ることでもないだろう。
というか、怒られるようなことをしているという意識はあったのか。
なら、きちんと返信を返せばいいのに。
「そう?」
アルファルドは安堵ともがっかりともとれるような複雑な顔をしていた。
その表情はなんだ。
怒られなくてほっとしているのか、怒られなくてがっかりしているのかどちらなんだよ。
俺はため息を吐いた。
「でも、お返事はきちんと欲しいものですね。何もないとやはり寂しいですし、お手紙を出さなくてもいいかなとは思ってしまいますから」
アルファルドは俯いてしょんぼりした顔をしてから頭を振った。
「送ろうとはした」
「え?」
「手紙書くと、枚数が多くなる。上手くまとまらないし、どうしようって思ってると新しいのが来る」
おいおい、事情ってそんな事情かよ。
それは想定していなかった。
てっきり、護衛になりたいから体を鍛えるのに時間が足りないとかそんな感じの理由だと思っていた。
「枚数が多いって因みに何枚書いたんだ?」
俺の代わりにレグルスが問う。
俺もそれは気になっていた。
多少の枚数なら多くなってしまっても送ればいいのに。
アルファルドは少し悩むように下を見る。
「最近書いたのは六十三枚、書き直したら六十八枚」
「うっ……それは気合が入ってますね」
思わず俺は声を上げてしまう。
俺が送った手紙は二枚だぞ。三十四倍ってなんだよ。
気合以上の何かを感じてしまうわ。
これなんて言うの? 執着? 固執?
ちょっとストーカーじみてないか。
「やっぱり気持ち悪い?」
「やっぱり?」
「兄に気持ち悪いからやめなさいと言われた」
そうだな。
多分、俺がお前の兄でも止めると思う。
愛が重すぎるもん。
「封筒に入りきらなかったから、七つに分けるって言ったら、もっとやめろって……」
お兄さん、仕事ができる。
止めてくれてありがとう。
もらったら多分引いてた。
「仕方ないから裏面まで書いて文字を小さくして二十枚にまで収めた。でも、止められた」
嗚呼、確かにそれも止める。
裏面まで書くとかすごい執念を感じる。
そこまでするくらいならもうストレートに六十八枚送って欲しい。
勿論、封筒は一個にまとめてもらって。
引いて暫く開けられないと思うけど、そっちの方が遥かにマシ。
俺はレグルスの顔をこっそりと見た。
レグルスは引き攣った笑顔を浮かべていた。
分かる。笑顔も引き攣っちゃうよな。
「あの、その……そう、お気持ちは嬉しいんですが、もう少し枚数を減らしていただけると嬉しいです。やっぱりいただいた枚数と同じくらい書かないといけないような気がしてしまうので」
「何枚?」
「え?」
「何枚ならいい?」
「そ、そうですね。五枚……から十枚くらいですかね」
五枚と言った瞬間アルファルドの顔が曇った。
今にも泣きそうな顔をするもんだから咄嗟に十枚と言ってしまった。
嗚呼、馬鹿、馬鹿。
今までの発言で、十枚送られてきたら十枚返さなきゃいけなくなったじゃん。
アルファルドの重たい愛を返せるほどの愛なんて持ち合わせてないぞ、俺。
俺は縋るようにレグルスを見つめた。
レグルスは引き攣った顔のまま小さく口を動かす。
どうやら「がんばれ」と言っているようだ。
頑張れじゃねえよ。頑張れねえよ。
「十枚……頑張る」
アルファルドは目をキラキラさせて頷く。
あ、許された枚数、目一杯書くつもりだ。
「あの、因みにレグルス様にはお手紙を書いたり……」
「ちょっとだけ」
「わたしにも結構な文章量で送ってくれるぞ」
「何枚ですか?」
「この前は八枚だったか」
レグルスの言葉にアルファルドが頷く。
いや、圧倒的に俺に送ろうとしている量が多いんだけど。
八枚でも多いと思うけど、六十八枚のインパクトは早々越えられない。
あんまり喋らないくせにどんだけ伝えたい言葉があるんだよ。
「レグルスとアルは特別」
特に俺への特別扱いがすごすぎる。
いくらなんでも酷い。
そのあまりある愛をどこか他にも分けてやってくれ。
「あの、私以外の方にも手紙を送っては如何でしょうか?」
「他の人?」
「そうです。ミモザとか……」
色々あって忘れていたけど、ミモザとアルファルドをくっつける計画を今こそ発動させるべきなのではないか。
余りある俺への愛をミモザにぶつけてやれば、ミモザだって喜ぶだろう。
「……必要?」
「必要です! 私以外のお友だちも大切でしょう」
「レグルスがいればいい」
アルファルドはふるふると頭を振った。
拒否するのが早すぎる。
少しは悩めよ。
「あれ? でも、リゲルが怒っていたぞ」
「何を?」
「罵倒だらけの手紙を送ってくるのは無礼だって。リゲルとも手紙のやり取りをしているんだろう?」
レグルスの言葉にアルファルドはムッとした顔をする。
「アイツ、手紙でも毎回挑発してくるから」
ミモザに手紙を送るのは拒否したくせに、リゲルには送っているだと。
しかも、毎回ってことは一度や二度の手紙のやり取りではなさそうだ。
リゲルとアルファルド、仲が悪いのかいいのか分からない奴らだ。
「で、今日はリゲルは?」
「妹と一緒。あっちにいる」
しかも、俺たちよりも先にリゲルと会っているだと。
やっぱり、仲がいいだろ。
悪いというのはパフォーマンスだろ。
「仲がいいんですね」
俺の言葉にアルファルドはものすごい顔をする。
まるでゴキブリを見つけたときみたいなおぞましいものでも見るような顔だ。
「違う。最初に嫌味を言われた。胸糞悪い」
アルファルドは眉を顰めて呟く。
俺たちより先に会ったのは偶然だったらしい。
「まあ、リゲルもアルファルドもわたしにとっては大切な友だからな。仲良くしてくれよ」
「無理」
アルファルドの即答っぷりにレグルスは苦笑いをした。