11.ハリボテと王子
絶対に謎を解く。
格好つけてそう誓ったものの、ヒントはゼロ。
何か手がかりが転がってないかな。
そう思って箱の隅々まで舐めまわすように見てやるも、変わったところは二重底以外ない。
ピアスの方も、黒い石が付いていて、その周りを銀で縁取りされているようなものでそこまで変わったデザインではないと思う。気になるのは銀の縁が鱗のようにゴツゴツしているくらいだろうか。
だからといって、それが何かのヒントになるとも思えなかった。
いや、こんなの無理だわ。俺、名探偵何某とかじゃねえし。
なんか閃いたりしないかなと思ったけど、俺の脳細胞はピクリともしない。
俺の脳細胞はきっと灰色じゃないんだろう。
謎なんて、そんなもん名探偵にでも任せておけばいいんだ。
テオだって死んだわけじゃないし、いつか会ったときに聞けばいいだろう。
すぐにヤサグレモードに入り、挫折を決め込む、俺。
我ながら根性がなさすぎる。
俺はため息を吐いた。
時計が鳴る。
おっともうこんな時間か。そろそろメリーナが迎えに来る。
俺はピアスを箱に入れ、引き出しの中にしまった。
「気が進まないけど、今日のパーティーは行かないと……」
レグルスも行くらしいし、婚約者としてはいつまでもうじうじしているわけにはいかない。
なにより、今回のパーティーはアルファルドの社交界デビューと誕生パーティーを兼ねたものなのだ。
行ってやる必要がある。
こっちから手紙を送っても全く返してくれないアルファルドだけど、アルファルドのことは嫌いじゃない。
あいつは自分のことを伝えるのが上手くない。
何か考えがあって手紙出さないのだ、と信じたい。
「お嬢様」
メリーナの声が聞こえる。
俺はゆっくりと立ち上がった。
***
俺はレグルスにエスコートされて会場入りした。
久しぶりに会ったレグルスの顔はいつもより笑顔で、無理をしているようにも見えた。
でも、無理をするなというのも何だか違う気がして、俺はひとまず、側でレグルスを見守ることにした。
触れられたくないものがあるなら触れてはいけない。
触れても大丈夫になるまで、レグルスが触れて欲しいと言うまではデネボラについては何も触れないことにしよう。
俺はそっと心に決めていた。
辺りを見回す。
アルファルドはまだ会場にはいないようだ。
そうだ。そういえば、アダーラの奴はここにいたりしないよな。いたらどう撃退しよう。
俺はそんなことを考えながら辺りを警戒していた。
「何をキョロキョロとしているんだ?」
レグルスが問う。
俺は警戒していたことがバレてしまってちょっと気まずい気持ちになった。
まるで俺がアダーラにビビってるみたいじゃないか。
いや、実際ビビッているのは事実なんだけど、女の子にビビってるのってちょっと恥ずかしいだろう。
俺はどうごまかすべきか、黙り込む。
レグルスはゆっくりと頷くと微笑んだ。
「嫌がらせのことなら大丈夫なはずだ」
「は?」
俺は顔を上げた。
とても間抜けな顔をしていたに違いない。
証拠にレグルスはほんの少し驚いた顔をして、それからくすくすと笑い出した。
「わたしにはアルキオーネしかいない。だから、彼女を困らせるようなことをするなと言っておいたぞ」
そう言って、レグルスは俺の腰に手を回す。
おい、何をしくさる、エロガキ。
いやらしい手つきで俺のアルキオーネに触るんじゃない。
ここは密室じゃない。人目を気にしろ。
いや、密室でもダメだ。エロいのダメ、ゼッタイ。
そもそも、お前も俺も十四歳なんだぞ。
これ以上やったら十五禁にひっかかる。分かっているのか?
冗談でもこんなことするな。控えろ。
それから、俺は男とそういうことをする趣味はない。
ボコボコにされたくなかったら手を離せ、コラ!
そう言いたいのをひたすら我慢して、笑顔をつくる。
「まさか、ご本人に、アダーラ様にそれを言ったんじゃありませんよね?」
「そうだが……?」
レグルスの返事に笑顔が引き攣る。
こいつ阿呆かよ。
何、火に油を注いでくれちゃってんだよ。
「それで諦めてくださいますかね」
「諦めるだろう」
「……随分、ご自信がおありで」
「王子が言った言葉だし」
はい、こいつ、さらりと自分の権力はすごいんだぞアピールしてくれちゃいました。
確かにお前は王子だけどな、ときには権力とか色んなもんすっ飛ばしてことを起こす奴もいることをちっとは理解しろ。
権力を振りかざしたら、逆に背水の陣とばかりに噛み殺される可能性だってあるんだぞ。
「あの、あまり無茶はしないでくださいね?」
俺はそう言うに留めた。
まだ、アダーラが反撃してくると決まった訳ではないし、レグルスの言う通り諦めてくれればこれ以上ありがたい話はない。
「勿論だ」
レグルスは俺のこめかみにキスをした。
ぞわっと悪寒が走る。
キスの悪夢再び。
二度あることは三度ありますよね、そうですよね。
顔を洗いたいんですけど、トイレってどこにありましたっけ?
いや、顔を洗ったら化粧が落ちるからダメだ。
化粧が落ちた状態で帰ったらメリーナになんて言われるんだろう。
メリーナの怒った顔と泣いてる顔が交互に浮かぶ。
どちらも見たくない。
ってことは我慢するしかないじゃないか。
「レ、レグルス様、人前でそんなことは良くないです」
俺は涙で滲む瞳をレグルスに向けた。
「そうか……でも、わたしはアルキオーネのことを愛しているんだ。アルキオーネのことが愛しいと思ったときにキスをして何が悪い」
そう開き直られましても、俺は困るんですよ。
俺、女の子が好きだし、レグルスには何も返せないし。
「だとしても、はしたないです」
「いや、これからもわたしはアルキオーネのことが愛しいと思ったらキスをするぞ」
レグルスはムッとした顔をしてこれからもキスしちゃうぞ宣言をする。
そんな宣言いらねえよ。
くれるならもっといいもんくれよ。
婚約解消とか、婚約破棄とか、結婚破談とか。
「本当にわたくしのことがお好きなんですね」
俺はため息を吐きながら頭を抱えた。
「勿論だ。アルキオーネ以外を愛せるはずがないだろう」
レグルスは大きく頷いた。
知らないかもしれないが、目の前にいるアルキオーネの中身は男なんだぞ。
お前が好きなアルキオーネは男が演じているアルキオーネであって、本来のアルキオーネでも、俺でもないんだ。
幻想を、ハリボテを、愛してるんだよ。
こんなクソ野郎に騙されて、レグルスが可哀想だ。
早く真実の愛を見つけて、俺をさっさと諦めてもらわないとな。
なんて、言いたくても言えない。
すごく罪悪感がある。胸が痛い。
「それはありがたいお言葉ですが、王になったら世継ぎが必要ですからね。いざとなったら、わたくしを切り捨てて世継ぎのことを考えてくださいませ」
俺はさらりと言ってやった。
万が一、レグルスと結婚してしまっても、そういうことできねえもん。
さっさと切り捨ててもらわないとな。
レグルスの顔が急に曇る。
「母上のようにか?」
そう言われてはっと気づく。
デネボラは身体が弱いから王妃を諦めたとか聞いたよな。
「あの……」
「わたしは絶対、父上の二の舞は演じない。大切な者をそんな陰に追いやって、都合のいいときだけ日向に連れ出すような、そんなやり口は絶対にしない。誰も不幸にするものか」
レグルスの瞳に力がこもる。
今まで見たこともないような鋭い眼光で地面を睨み、ぐっと唇を噛み締める。
ぶつりと唇が裂け、血が滲む。
「やめてください!」
俺はレグルスの顔を両手で挟み込み、グイッと持ち上げた。
レグルスは驚いたような顔をして俺を見つめている。
「血が出ているじゃないですか。申し訳ありません。わたくしが不用意なことを言ったことは謝りますから、そんなことしないでください」
そう言ってハンカチでレグルスの唇の血を拭ってやる。
「嗚呼」
レグルスは呆けたように力なく頷いた。
俺は馬鹿だ。
なんて不用意なことを言ったんだ。
よく考えもしないで言った言葉がレグルスを苦しめる。
やっぱり俺はヒーローになれそうもない。
「アル」
アルファルドの声がした。
「さ、レグルス様、そんな顔はやめましょう。今日はお祝いでしょう」
「そうだったな」
レグルスは俺の言葉に頷く。
レグルスと俺はアルファルドを笑顔で迎えた。