第七話
体育館から退場して、今は一年四組の教室の中で椅子に座っている。
私はこれから毎日この教室に来ると思うとウキウキしてあちこちに目を走らせる。もう本当にこれから毎日、この念願の来輝高校で過ごせるなんて思うとどうしても喜ばずにはいられない。
ほとんど普通の教室なんだけど、まだ新しい学校だから床はピカピカ、黒板もピカピカ、椅子と机もピカピカ、天井だってとってもピカピ……あ、足跡がついてる。
うーん、高校生にもなって天井に靴跡つける人っているんだね。それって上靴を上に飛ばしたときに天井にあたってつくものでしょ。私だったらなんとなく恥ずかしいからやらないけどな。でも、足跡はついていたけどなにより明かりがピカピカだった。
そんなふうに教室の綺麗さに浸っていると、右斜め前の席から声を掛けられた。春樹だ。
「美紀奈、おはよう。久しぶりだな」
「おはよう春樹。一週間ぶりだね。そして一緒のクラスだね」
あぁ、周り見ても知らない人だらけだから、一週間前に会ったばかりだけど春樹の顔見ると心がやすらぐわ。おかげで自然と顔も満面の笑みになってしまう。
「ははっそんなに幸せそうに言われると嬉しいな」
春樹はとっても照れくさそうに笑った。相変わらず爽やかで、なんだか眩しい。
まだ慣れていないクラスと教室、これからの高校生活にみんなドキドキしてるのは、雰囲気でわかるんだけど、やっぱり教室の中はシーンとしている。ちらほらと私と春樹のように知り合いだった人同士は話してるんだけど、ほとんどの人は黙ったまま。
突然ほとんど静かだった教室のドアが勢いよく開いて、みんなビクッとなった。
一体誰が開けたんだろう、とみんなドアのほうを見てみる。
「初めましておは――」
威勢のいい元気な声で挨拶をしようとした人が、教室のドアの前にいたんだけど、あまりにも勢いがよかったからか、ドアが開ききった後、思い切り跳ね返ってドアは閉まってしまった。
教室は静まり返る、のも束の間、閉まってしまったドアにはまだ勢いがあって、また開いた。
今度こそ、とさっきの人は次はドアが閉まらないように手で押さえて、教室に入る。そしてドアを閉めてから挨拶を始めた。
「初めましておはようございます。今日から担任の池内順次です」
挨拶をしながら池内先生は教卓の前まで来る。そして黒板にチョークで名前を書き始めた。
その間に教室の中はとてもざわつく。そりゃそうよね、だってなんかスーツ姿でネクタイもしっかりと巻いているのに、大人な感じは欠片もなくて、どっちかっていうと半そで短パンの子供っぽい雰囲気を醸しだしている。しかも今の出来事。一体どれだけ気合を込めたらあんなにドアが跳ね返るのよ。
「では簡単な自己紹介をします。と言いたいところだけど、先生は大人です。だから一番最初に自己紹介をしたいという人は、先生よりも先に自己紹介をしてもいいですよ。本当は一番最初は俺がやりたいけど、でもしょうがありません。さぁ、自己紹介を先にしたいという人はどんどん申し出てください」
先生は誰がどう見ても未練たらたらな感じで言った。なんか、どれだけ一番に自己紹介をしたかったのかがよくわかる。雰囲気だけでなく、この先生は本当に子供っぽいみたいね。
でもそんなに自己紹介をしたがる人なんているのかな。
「はい、俺やりま――」
「ちょっと待って! 私がやる」
「いや待て待て待て、俺こそ一番に相応しい!」
「ダメだダメだ、ボクが一番にやる!」
「あたしが一番にやるのよ!」
……すごい。あまりにも激しい争いに思考停止しちゃった。ちなみに、一番最初に手を挙げたのは春樹。二番目はさっき隣だった女の子よ。
「ちょっと待った、落ち着け落ち着け」
そうみんなを止めようとするのは春樹だ。
「こういうものは、じゃんけんで決めよう」
手をグーの形にして言う春樹。でも、自己紹介ってじゃんけんで決めるほどに真剣な物だったの?
「いいわよ、絶対に私が勝つからね」
「いーや、俺が一番だ。俺こそ一番に相応しいからな」
「じゃんけんで出すものは三通り、人の出しやすい物や捻くれる人の出すものを考えれば、勝機はある!」
「じゃんけん……あまり勝ったことないけど、この勝負、負けられない!」
どうやらみんな春樹の案に賛成みたいね。
手を挙げて一番にやると主張したのはみんなで五人、春樹と前の女子と、右の後ろにいる元気な男子と、後ろにいるメガネを掛けた、一見大人しそうな男子と、左のほうにいる快活そうな女子だ。
早速その五人は教卓の前に集まってじゃんけんを始める。クラスのみんなは、きょとんとしながらもじゃんけんを見守る。先生は腕を組んで、何故かうんうん頷いている。
「じゃーんけ――」
「ちょっと待った!」
じゃんけんが始まりかけるその瞬間、声を出していた春樹以外のみんなが思い切り流れを止めた。教室の中にいる人はみんなビクッとなった、と思う。だってあちこちでガタッて聞こえるんだもん。
「じゃんけんするなら、やっぱり『最初はグー』でしょ」
えー、そんなのどうでもいいじゃない。
「何言ってるんだよ、『じゃんけんほい』がいいに決まってるだろ」
「有りえないね、じゃんけんといったら『最初はグー、またまたグー』のヤツに決まってるだろ」
「違う違う、『グーチョキパーでーほい』だよ」
「違うよ、『おちゃらかほい』でしょ」
五人の討論が始まる。すっごくどうでもいいことだよね。聞いたこともないようなのもいくつかあったし。
そんなの私だったら譲るのにな。でも自分の意見を主張して自信を持って言い合えるのは凄くて、羨ましく思う。
誰がどう見ても子供っぽい争いをしているのに、何故か私の目には五人の人たちは輝いて見えた。
討論が始まってもう十分が経とうとしている。最初の頃は面白がって見ている人がほとんどだったけど、流石にみんなも飽きてきて、雑談タイムになっている。先生は温かい目で見守っている。
「もういい! ……もういい」
突然大声で怒鳴る春樹。なんか迫力があってまた教室中がビクッとなった。そしてその後力なく首を振りながら呟いた。
「ここまで話し合っても決まらないんだ、ここは誰の意見も尊重せずに決めよう。そう、くじ引きだ」
そう言って、春樹は教卓においてあった先生のボールペンとメモ帳を使って何かを書き始める。他の四人もみんな賛成のようで、大人しく待っている。
「じゃんけんが無理ならくじ引き、か。それも一つの手だな」
見ているだけだった人がポツリと評価する。
しかし、さっきまで左後ろに座っていた、一番に自己紹介をしたいと願う男子が怒りながらその人を見た。
「黒――いやちがっ、お、お前! くじ引きで誰が一番かを決める訳じゃねえよ! 考えてもみろ、くじ引きで決めるとすれば、紙に書くときに名前聞かねえとダメだろ? じゃぁそいつが一番に名前を知られてしまうってわけだ、ずるいじゃねえか!」
うそ、そこまで徹底するの? しかも知り合いだったのか、一回名前を呼びかけたけど言い直してたわよ。いくらなんでも気にしすぎじゃないの?
書き終えて紙を折りたたんだ春樹が顔を上げて言う。
「そうそう、このくじ引きはどのじゃんけんでするかを決めるものだよ。さ、先生、この中から一つ選んでくれ」
言われるままに先生は一つ選ぶ。そして開いて読み上げた。
「えーっと、『じゃんけんほい』だな」
「っしゃ」
春樹が小さくガッツポーズする。本当に心の底から喜んでるね。他の四人はとっても悔しそうだけど、しょうがないと気を取り直す。
「よし、じゃあいくぞ。じゃーんけーんほい!」
「じゃんけんほい」を強調しながら春樹が言う。みんながそれに合わせて手を出した。
グー、グー、パー、パー、グー。春樹、私の前の席の女子、左後ろの席の女子が負けた。無念そうに膝をつく。なんだかなぁ、ここまで仕切ってきた春樹が呆気なく負けてしまうなんて、可哀想になってくるなぁ。
残ったのは元気な男子とメガネを掛けた男子。元気な男子は結構身長が高い。
元気な男子は両手を交差させて組んで、顔の前に手を持ってくる。そして右手と左手の間を覗いている。じゃんけんに勝とうとするときによくやるよね。一方、メガネの男子はブツブツと戦略を考えているようだ。
「覚悟はいいか?」
「いつでもどうぞ」
元気な男子が確認を取り、メガネの男子が応える。とても緊張感のある雰囲気が漂っている。
「じゃんけんほい!」
気合がこもりすぎてか、早口で言った元気な男子。出した手はチョキ。対してメガネの男子は、パー。
勝負が決まった。




