第五話
「そうそう、あなたの名前は何?」
フェンス越しに桜先輩が聞いてきた。
そういえば自己紹介がまだだった。
「佐伯美紀奈です」
ニコッとしながら名前を言った。でも、もし引きつってたらどうしよう、そんなことが頭をよぎった。
「美紀奈か、じゃ、改めてよろしくね」
そう言って桜先輩が手を出して握手を求めてくる。しかしフェンスがあるから手が届かない。でも一応挑戦してフェンスの隙間から手を出してみる。
ダメだ、指4本しか入らない、親指も入れるにはもう少し隙間の大きさが必要だった。でもなんとなく悔しいから無理やり親指をねじ込む。でも残念ながら手が全部入ることはなかった。
「なんかバカなことしてるな」
そう言ったのはニヤッと笑ってる春樹だ。すかさず桜先輩が反論する。
「バカじゃないわよ、これはれっきとしたコミュニケーションよ。ね、美紀奈」
私に同意を求めながら、フェンスから出た私の親指を含めた5本の指を握ってくれた。なんか努力が報われたような気がして嬉しいな。
「そうそう、これはコミュニケーションだよ」
笑いながら春樹に言った。なんかこの雰囲気が楽しくて自然と笑顔になれた。
「握手が変なんじゃねえ、フェンス越しに握手するのが変だって言いたいの」
そう言いながら春樹は手を出してきた。私も手を出そうと、桜先輩と握手を交わした右手を出そうとする。
えーと、取り合えず落ち着こう。こういう時は冷静が一番だしね。取り合えず状況確認、私は握手をしようと右手をフェンスにねじ込んだ。そして今、その右手はフェンスから抜けない……。私は深く考える。一体どうしたら二人にこのことをバレずにしのげるだろう、手が抜けないなんてどうかんがえても恥ずかしすぎる。やっぱり力ずくでねじ込んだんだったら力ずくで引っ張ればいいのかな。
そう結論を出した私は、周りから見ても手に力が入っているように見えないように、さりげなく力ずくで引っ張ろうと努める。
……痛い、もちろん手が。そして抜けない。
どうしよう、このままじゃ春樹に握手するのが嫌なんだって思われてしまう、そして最悪の場合嫌われてしまう。そんなの悲しいよ。どうせなら左手を出そうかな。
そう思って左手を動かそうとするけど、ダメだ。春樹は右手を出している。それなのに左手を出してしまうと手が抜けないことをバラしてしまう。それだけは、本当に恥ずかしいから嫌だ。
「美紀奈、お前もしかして……」
顔を引きつらせながら言う春樹。出していた右手は引っ込めてしまった。あぁ、多分握手するのが嫌だって誤解されたんだろうな。嫌われたらどうしよう。
「こんの、バカ! 無理やり手を突っ込むからそうなるんだろ」
そう言ってフェンスにはまった私の手を抜こうとしてくれた。
バレてしまった恥ずかしさに、どうしようもなく顔が真っ赤になってしまうのがわかる。だって、手が抜けないって……我ながらあまりにも間抜けだよ。
それにしてもなんでわかったんだろう、エスパー?
「ブッ……あ、ごめんね、笑おうとした訳じゃないのよ、ただ面白くて……ククッ」
この状況を見て一人笑っている桜先輩。やっぱり恥ずかしいな。私からしたら笑えないよ。私の顔はさらに真っ赤っか、恥ずかしすぎて汗かきそうなくらいよ。
どうしよう、抜けなかったら。
「桜、何無神経に笑ってるんだ、美紀奈がへこむだろ。もとはと言えばお前がフェンスあること忘れて握手しようとしたからだろ」
春樹が弁護してくれた。本当にいい人だな、そう思いながら春樹の顔を覗き込むと、輝かんばかりの笑顔だった。なんかだな、ちょっと悲しいや。
あ、春樹と目が合ってしまった。
「い、いきなり見んじゃねえよな。あれだからな、お前の手で笑ってるわけじゃないからな」
少し顔を赤くして言う春樹。いやどう見てもあれは私の手のことで笑ってたと思う。
でも追求して嫌がられたら嫌だから何も言わない。
「だぁ、クソ!」
抜けない手にイライラしてか、春樹は突然叫んでフェンスの私の手が挟まっている部分を力任せに無理やり広げた。思わず頭の中で納得する。そうか、フェンスを広げるって手があったんだね。
「ありがと」
「いいって、桜が悪いんだしな。ま、美紀奈もバカだったけどさ」
反論できないな……。とても恥ずかしくて微妙に悔しいから俯いてしまった。すると俯いていた私の視界に手が見えた。春樹の手だ。私は握手をして顔を見てみる。すると春樹も桜先輩も楽しそうに笑ってる。見てたら私も自然と笑えてきた。
不意に春樹が話し出す。
「そうそう、美紀奈って桜に憧れてるんだってさ」
「え、あ、えっと」
いきなり言われたので私は焦ってしまった。もうなんて言ったらいいのかわからないよ、どうしよう。
「私に憧れてるの? あ、テニスするの?」
してたけど高校からするかどうかはわからない。だから一応否定しておこう。
「いや、私――」
「中学の時は晴中で前衛やってたぜ。な?」
何で知ってるんだろう、そういえば学年も知ってたみたいだけど。
取り合えず答えておかないと。
「うん、やってた、けど――」
「そうなんだ! やったね、ウチ結構部活多いから部の人数も少ないんだよね。これで一人確保!」
すっごく嬉しそうに言ってくれる桜先輩。そんなに嬉しそうに言われたら反論できないよ。
「は、はい」
「これからよろしくね!」
すごく楽しそうに言う桜先輩だけど、私はどうしても楽しそうな顔はできないや。早くこの場を離れたいな。
「あ、私そろそろ用事があるので……」
そう言って早くこの場を去ろうとした。
「え? 折角来たのに打ってかないの?」
意外そうに言う春樹。よく見たら肩にはラケットの鞄が背負われている。持ってきてたんだ。
「いや、用事が……」
「ま、これからいつでもできるんだから、いいでしょ。ね、春樹?」
「なんだ、打ってかないのか。楽しみにしてたのにな」
なだめる桜先輩と残念そうな春樹。でもなんで残念そうなの? 私のこと知ってたのって、もしかして試合を見たことがあったのかな。でもそんなに私は強くないしな……。
「用事があるならしょうがないか。じゃ、また入学式で会おうぜ! 一緒のクラスになったらいいな」
「うん、そうだね」
人懐っこい笑みをしながらそう言う春樹。そんなこと言われたら嬉しくて自然と笑ってしまう。
「早く美紀奈と打ち合いたいな! もちろん、硬式に慣れるまでは手加減するけどね」
いたずらっぽい笑みでそう言う桜先輩。そう言われると本当にやりたくなってくる。でも、まだ私の中で決まってないからどうしようと悩む。出来ることなら入りたいな。
手を振って別れて、私はその場を後にした。まだ部活が始まるにはまだ時間があるわけだし、もう少しゆっくり悩もうと思う。
取り合えず今は、来週の入学式が待ち遠しいな。桜先輩も春樹も楽しくていい人だから、高校生活は安心できそうだと思えた。今日は良い一日だったな。
ただ、フェンスに挟まってた右手は少しズキズキしてるけどね。




