第一話
私は何をしたいんだろう……。
物心がついたときから周囲に気を使い続けて、私は一度でも人と本音で話したことがあったのかな。多分、なかったよね。覚えてないんだもん。
本音で話したことを私が忘れるなんてことはないと思う。だって、私はうわべだけの人生を歩んでるから。
私は当たり障りのない人間である佐伯美紀奈を演じているにすぎない。自分らしさなんてないもの。だから本音で話すなんて、かけがえのない一時を忘れることなんてないだろう。
でも、たったひとつだけ自分らしくできるものがあるの。それはテニス。中学でやっていた軟式テニスでは、私は偽りなく自分らしくできていた。誰かに気を使ったりしないで、どこまでも真っ直ぐな気持ちでいれて、希望をもってすることができたテニス。
そんな私にとって大切なテニスだけど、高校でもやろうかどうか迷っている。
やりたいとは思ってるんだけど、中学の最後の試合でのミスが私のトラウマになっていて、入部する決心がつかない。かといってテニスを諦める決断もできない。優柔不断で嫌になる。
でも、今思うとなんであの時、最後の試合のときは迷わなかったのかな。どうしてミスするとわからなかったんだろう……。
夏の猛暑がユニフォームを着ている皆の露出した腕や足を焼いている。ミーンミーンと蝉の鳴き声が聞こえて、気持ちだけ熱さが増す。でも、そんなことは気に掛けていられない。今は試合中、それも中学で最後の試合の、しかも相手のマッチポイント。次に点を取られたらこの試合は、私たちの夏は終わる。
私のペアで後衛を担当している安藤美玖が、サーブを打つべく精神統一している。下手をすればこれで試合は終わってしまう。でも、今点を取ればまだ勝機はある。
美玖は精神統一を終わり、力まないように気をつけながら左手で軟式ボールをふわりと真上に高く上げる。柔らかく、そして正確に高く上がったボールを見て、私は相手に向き直る。美玖は外さない、そう信じたから私はボレーを打つことを想定して真っ直ぐに前を見据えた。
次の瞬間、私のすぐ右横から鋭く早いボールが相手の陣地に綺麗に入った、ナイスサーブだ。しかし相手は苦しそうだけど、正確に私の陣地に返してきた。ボールは私の反対側、美玖が待ち構えている方へ飛んでいった。
私は美玖のボールが相手の前衛にボレーを打たれたときのために三歩後ろへずれる。でも美玖の打球はネットすれすれで前衛のいないところへ返っていった。そして打球は飛んでいって、相手のコートの後ろ側でバウンドした。少し前のめりに構えていた相手の後衛は苦しそうだけど、それでも返してきた。それに飛距離はなく、いい具合に上がっていて、私がスマッシュを打つのに絶好のいいボールだった。
私はボールに合わせて動く。これが最後の試合にはさせない、私と美玖は必ず勝ってまだ夏を続けさせてやるんだから。
気合は十分、あとはその気合をラケットに伝え、ボールに乗せて向こうへ返せばいいだけだ。私は手で打点を定め、タイミングを計り、気合を乗せてボールを打つべくラケットを振り下ろす。真っ直ぐと少しの漏れもなくすべての力を注ぎ込んで、ラケットはボールを捕らえて――あれ? ボールが当たった感触がない。ラケット越しに感じるのは空気を裂いた感じだけだ。それに飛んでいくはずのボールがない。どうして?
標的がなく、戸惑いを隠せないで居ると、突然私の頭の上に軽い何かが当たった。それは私の頭を跳ねて地面に落ちてもポーンポーンと跳ねているようだ。音が聞こえる。私は落ちてきた物の正体がわかる気もするけど、考えないように必死になっている。そうだ、落ちてきた物のことなんかより、ボールは一体どこにあるんだろ?
周りで応援してくれていたクラブの皆や、相手の学校のテニス部の人、そして家族の人達がざわざわし始めている。きっと、ボールがどこにあるのかわからないんだよね?
早く、早くボールを見つけて打たないと……最後の試合なんだから、まだ終わらせないんだから……。
ボールを捜して辺りをキョロキョロ見回していると、突然私の肩に触れるものがあった。振り返ると涙を流している美玖が居る。なんで泣いているの? まだ試合は終わってないんだよ?
「美紀奈、私たち頑張ったよ、最後まで粘れたじゃない。だから、泣かないでよ。整列しよ」
そう言って美玖はコートの前まで行く。
泣いている? 私が? ほぼ無意識に左手を目元につける。すると液体が流れていた。全然気づかなかった、私、泣いてたんだ……。
私は絶好のスマッシュボールを空振ってしまって負けてしまった。美玖を負けさせてしまったんだ。
私の目からは涙がとめどなく溢れてくる。涙の止め方がわからなくなってしまった。どうして私はスマッシュを打とうとしてしまったんだろう、悔やんでも悔やみきれないよ。
それからのことはよく覚えていない。ずっと放心状態だったから。
あれから約半年、私は何度美玖に謝ったことだろう。気にしないでと美玖は言ってくれるけど、どれだけ謝っても気がすまない。だって、私たちの夏に止めを刺したのは私なんだもの。
こんな私がテニスを続けてもいいのかな? 自信がないや。
自信がないからテニスから離れたい、でも離れたくないと思っている自分もいる。どうしようかな。取り合えず、部活を見学してから決めようかな。
高校入学一週間前だけど、暇なので明日、これから毎日通う来輝高校へ見学しに行ってみようと思う。




