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SMILE

ある雨の日。

由乃はリビングでゆっくり紅茶を飲んでいた。すると、小学校に入ったばかりの八重がやって来た。


「お母さん」

「ん?どした?」

「お父さんの事を教えてほしいの」

「かす...お父さんの事?どうして?」

「学校の宿題。自分のお父さんお母さんについての事が出たから」


八重は由乃に一枚の紙を渡した。

そこには両親の特徴、好きなもの、嫌いなもの、仕事などを書く枠があった。


「なるほどね、お母さんのところは書けたの?」

「うん」

「見ていい?」

「ん」


八重が許可してくれたので、由乃は自分のところを見た。

職業はちゃんとかけていたのだが、特徴や、好きなものが目についた。


「八重、特徴これ...」

「綺麗」

「うん嬉しいわ。でもちょっとお母さん恥ずかしいかも...」

「どして?」

「どうしてもかなぁ。あと好きなものなんだけど...」

「お父さん」

「確かに好きよ大好きだわ。でもこれ...んー」

「お父さんの事嫌いなの?」

「いや好きだけど...」


紙を見てみると、両親の色々を『書いてみよう』と書いてあるので、『聞いてみよう』ではないのである。

つまり、子供からの目線で、親に直接アンケートされるわけでは無いのだ。


「まぁいっか...間違いじゃないし」

「........?」


八重は頭の上にはてなマークを浮かべていたが、由乃はその頭を優しく撫でたので、とても気持ち良さそうだった。

そんな話をしていると、部屋から微が出て来た。


「お父さん」

「ん」


トテトテと八重は小走りで駆け寄り、微にギュッと抱きついた。

そして由乃に話した事と同じことを話した。


「お父さんの事知りたい」

「何の話だ?」

「これ」

「何だそれ」

「両親についての宿題何だって、好きなものとか」

「へぇ、お母さんに教えてもらえ」

「んー分かった」


八重は由乃の座っていたソファの隣に座り、由乃に微について教えて貰うことにした。


「お父さんの特徴...『笑わない』って書いてあるけど?」

「お父さんが笑ってるところ見たことない」

「あー確かに。お母さんもあまり見たことないわ」

「うるさいな」


台所の方でコーヒーを淹れていた微が、会話を聞いていたのかツッコミを入れた。


淹れ終わったコーヒーを持って微はまた部屋に戻った。今日は雨なので、ゆっくりと自分の部屋で雨空を見たいのだろう。


「余計な事喋るなよ」

「はいはい」


そう言って微は自室へ戻った。


由乃はニヤリと笑い、八重の方を向いて小声で耳打ちした。


「今から喋る事、お父さんには内緒よ」

「うん」


八重も小声になりながら答えた。


「お父さんね、確かに全然笑わないのよ。お母さんとお父さんが、まだ結婚してなくて、八重が生まれてない時も」

「そうなの?」

「うん、正直お母さんも一回しか見たことないな」

「一回だけ!?お父さんそんなに八重とお母さんといるのつまらないのかなぁ...」

「ふふふ、そんな事ないわよ」

「どうして?だってお母さんも一回しか見た事ないんでしょう?」

「これはね、八重が生まれた日の話なんだけど...」


それから、由乃の話は八重が生まれた八年前へと遡る。



分娩室の前にある椅子に微は座っていた。

すると、缶コーヒーを持った流が歩いて来た。


「はい」

「悪い」

「まだ産まれてないか」

「ああ...」

「不安か?」

「別に...」


微は缶コーヒーを開けて、流の質問に動じずにそれを飲んだ。

だが、流には微の心の中は見透かされていた。


「外の空気を吸って来い。陣痛が始まってからずっとここに座りっぱなしじゃないか。もう二時間はここにいる」

「........」


微が持っている缶は、少しだけ震えていた。

平気なふりをしているが、やはり怖いのだ。


「大丈夫、赤ちゃんも元気に産まれて、由乃もきっと笑顔でお前を待っている」

「だが...」

「信じてやれ」

「...ああ」


分娩室へ入ってから数時間、由乃の叫び声が聞こえた。


「........!」


微は体をビクッとさせて、分娩室の方を見た。

スチール製の缶が潰れるくらい強く握りしめ、目を閉じて祈った。


(頼む...!頼む...!)


程無くして叫び声が止み、赤ちゃんの産声が聞こえて来た。


「...っ!産まれた...!」

「...っし!」


分娩室のドアが開き、看護師がもう入って大丈夫だと承諾すると、微は早足で由乃の元へ向かった。


「由乃...!」

「微...!」


分娩室のベッドの上には疲れ果てて横たわる由乃と、その横に助産師に抱かれる小さな赤ちゃんがいた。


「元気な女の子ですよ」

「そうですか...良かった...」


一気に体の力が抜けて、微は棒立ちしていた。

助産師が赤ちゃんを持って微に近付き、抱っこさせてあげようとした。


「抱っこしてあげて下さい」

「...あ、ああ...。すみません、ちょっとまだ持ってて下さい」

「え...?」


そう言って微は赤ちゃんの横を素通りし、由乃の方へと歩き出し、由乃の頰を撫でた。


「無事か?」

「ええ、元気」

「...大変...だったな」

「ええ」

「よく頑張った」

「...うん...!」


由乃の目に涙が溜まり、微は由乃を抱きしめた。

微は産まれて来た赤ちゃんより先に、一番頑張った由乃を労いたかったのだ。

そしてようやく微は赤ちゃんを抱き上げた。


「軽い...」

「ふふふ、でしょう?」


由乃も一度抱いたので、微の気持ちがよく分かった。

微はずっと赤ちゃんの顔を見つめた。微は基本的に目を合わせないので、由乃はその光景が少し面白かった。



しばらくずっと微を見ていると、衝撃の光景が由乃を襲った。


「ふっ、俺の娘か...」

「........!」


微が、初めて由乃の前で笑ったのだ。

付き合っても、結婚しても、一緒に生活していても、一度も笑顔を見せなかった微が、今産まれた自分の子供を見て笑ったのだ。

その時側にいた流も驚いた顔をしていた。


「微今...笑った...?」

「...?ああ、久し振りに笑ったかもな」

「久し振りって...私にとっては初めてよ!」

「そうか?そうだったか...」

「私も久し振りに見たな。小学校...いや、保育園以来か?」

「今その話は良いだろ...」


その時の微の笑顔はとても優しく、暖かい笑顔だったという。




「これが、私が初めてお父さんが笑った顔を見た時ね」

「それだけ?」

「そう、それ以降からはもう笑ってくれてないわ」

「八重も見たい」

「いつか見られるわ。でも、無理やり見ようとしたらお父さん嫌がるからダメよ?」

「うん分かった」

「えらいえらい」


そうして由乃は少しだけ昔の事を思い出しながら、お昼ごはんの準備を始めた。

『全く笑わない微が初めて笑顔を見せる』という話を書きたくて、つい書いてしまいました。

皆様のイメージが崩れるかもと思いながらも、やはり自身の欲求には抗えぬものです...。

楽しんで頂けたら幸いでございます。

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