11
庭に来た微は、自販機の前で飲み物に悩んでいた由乃を見つけた。
「おい」
「ん?あら微。どうしたの?」
「用がある。来い」
「微からなんて珍しい。この大雨も納得がいくわ」
「早くしろよ」
飲み物を選び終えた由乃は、微と一緒に流の待つ数学準備室に帰って来た。
急にそんなところに連れて来られて戸惑っていた由乃だが、机の上にあるプリントの束と流のしている作業を見て一瞬で理解した。
「手伝えと?」
「話が早くて助かる。そういうことだ」
「はぁ...まぁそんな事だろうと思ったわ」
結局由乃も一緒に作業をして、30分ほどで終わらせた。
「助かった二人とも。ありがとう」
「別に」
「お役に立てたなら何よりです」
「コーヒー飲むか?」
「飲む」
「頂いてよろしいのですか?」
「ああ、礼だ。と言ってもインスタントだがな」
流はポッドにお湯を沸かしてインスタントコーヒーを作り始めた。
「まだまだ集合には時間があるわね」
「大したことしないだろ」
「一応、人命救急訓練みたいな事を体育館でするみたいだけど」
「へぇ、めんどくさ...」
「ふふっ、そうね」
「なぜ楽しそうなんだ」
「どうしてでしょう?」
由乃がそう言って微笑むから、微は訳がわからず首を傾げた。
そんなところに流がコーヒーを作り終えて二人の前にある机にコーヒーの入ったカップを置いた。
「おまたせ。砂糖とミルクはいるか?」
「いらない」
「私はいります」
微はブラックで、由乃は砂糖とミルクを一つずつ入れて飲んだ。
雨が降っていて若干肌寒かったので、暖かいコーヒーは二人の体を温めた。
「時に、二人は友達になったと聞いたが?」
「別に友達ってほど...」
「はい、そうですね」
「おい、まだ友達とは言ってない」
流の質問に微は否定したが由乃は微の言葉を遮って肯定した。
「そうかそうか。うちの弟をよろしく頼む牧田」
「はい、お任せください」
「おい何も任せるな面倒だから」
流は自分の分のコーヒーを一口飲んで、一息吐いてから隣にいる微の頭を撫でながら呟いた。
「良かったな微...」
「人前で撫でるな」
「お二人は仲がよろしいのですね」
微は撫でて来る流の手を払った。その二人の掛け合いに、由乃はクスクスと笑った。
「微は本当は優しい子なんだ。それは決して他人に知られたくないらしいが」
「別にそんなことは...」
「他人をどうでも良いと言う割に、その他人を傷付けるのは嫌がる。不器用な奴なんだ」
「ええ、そこが私が微を好きな理由ですけど」
由乃がボソッとそう言うと、微と流は喫驚して由乃を見た。
「変な事口走るな」
「変かしら?」
「理解不能だ」
「そう言ってやるな微。牧田、そういった素直に言葉を口に出来るのは良い事だぞ」
「良い事ばかりじゃない気がするがな」
流は飲みきったコーヒーのカップを洗いに行った。
微は普通にコーヒーを啜りながら外の大雨を眺めていると、由乃もそれに吊られて一緒に外を眺めた。
「微は、外の景色を眺めるのが好きなの?」
「は?」
「何となく。いつも外を眺めているから」
「まぁ...。外を眺めるのが好きというより、空を眺めるのが好きだ」
「そうなの?」
「人と違って嘘を付かない。雨を降らせたかったら分かりやすく雨雲が集まるし、晴れたかったら太陽が出て来る。実に素直で良い」
「面白い考えね。じゃあ天気は何が好き?」
「雨。降られるのはごめんだが、建物の中から見る雨は好きだ。匂いも」
「匂い?」
「雨の匂い。降るかもってところから、上がったところまで全部」
微は珍しく自分の好きなものについて語る。
思い出してみれば、由乃は微の事をまだ何も知らない。だから、こうして話してくれるのは嬉しかった。
「微は、やっぱり面白いわ。他の人とは違って」
「探せばいる。こんなやつは」
「あら、私微が微じゃなかったら友達になんてならないわ」
「...変な奴」
微はそう言って外をまた眺めた。その微の横顔は、別に悪い顔ではなかった。
由乃も微の隣に来て、微と一緒に雨を眺めた。
「匂いが好きなら、窓を開けてみたら?」
「開けて良いぞ」
「?」
微に何故か許可を貰った由乃は、そのまま窓を開けた。すると、外からの雨が当然の様に由乃に当たって来た。
ついでに微は当たらない様に一歩引いていた。
「わっ!?あー...」
「ばーか」
微はそう言って窓を閉めた。
「屋根があるから大丈夫だと思ってた...」
「風も強いし、こうなるって分かるだろ」
「誤算」
由乃は髪も顔も、少しだが制服も濡れてしまった。
見兼ねた微は、自分で使ったバスタオルを由乃に渡した。
「拭けよ。多少なりとも変わるだろ」
「ありがとう微」
しばらくすると放送が流れ、二人は体育館へと向かった。
防災訓練が始まった様だ。
「あら、もうみんな集まってるみたいね」
「ちっ...もっと早く来ればよかった」
「真面目ね」
「こうして遅れて行ったら目立つだろうが...。俺は目立ちたくないんだ」
「今日は失敗ね」
「お前もいるから尚のことだ」
二人が体育館に来た頃には、既にみんな集まっていて、二人が入って来た時、若干注目を浴びてしまった。
何やかんやで、人命救急の授業も滞る事もなく終えて、最後にクラス対抗のドッチボール大会が始まった。
だが、そんな事より既に眠くなった微は、人知れず体育館を出た。
(こんな眠いのに汗かく様な事やってられるか...)
すっかり暗くなった外を見ながら廊下を歩く微。
玄関あたりで、流が靴を履き替えているところに行き合った。
「流」
「微か。体育館が騒がしいが、何かやっているのか?」
「クラス対抗でドッチボールだと」
「ははは、若者は元気で良いな」
「本当にな...。もう帰るのか?」
「ああ、微たちのおかげでな」
「あそ。気を付けて帰れよ」
「ああ」
流はそう言って昇降口から出て行こうとして、足を止めた。
後ろから見送っていた微が様子を伺う様に流を見ている。
「どうした?忘れ物か?」
「数学準備室の鍵、持って来てしまった」
「あそ、じゃあ返して帰れば良い」
「もう靴を履いてしまったしな...。微、代わりに返して来てくれ」
「めんどくさ...」
「頼む」
流はポケットから出した鍵を微に手渡した。微も、嫌そうな顔をしながら一応受け取った。
「ああそうだ」
「まだ何か?」
「間違っても、数学準備室を今日の寝床にするのはやめてくれよ?バレたら私が怒られる」
「...はいはい」
「ではよろしく」
「ああ」
微は流の背中を見送りながら、微笑んだ。
(流も大概俺に甘い...。ありがたいけどな)
“バレたら„ということは、バレなければ良いということだ。
微は鍵をポケットに入れて、とりあえずは教室に帰った。
しばらくしてみんな帰って来て、喉が渇いたと言って外へ出た。
(さてと...ゆっくり静かに寝ますかね)
そう思いながら数学準備室のある4階へと向かった。ついでに担任たちが眠るのは2階なので、3階の微たちの教室から4階の目的地までは楽に行ける。
その道の途中、女子たちが眠る教室を通らなければいけないのだが、微はそれをスルーして階段を登ろうとしたところで、ちょうど教室から出ていた由乃に見つかった。
「微...?」
「お前か...」
「何で4階に上がろうとしてるのかしら?男子の教室は4階では無いはずでしょう?」
微は面倒ながらも流に鍵を貰ったことを伝えた。
「一ノ瀬先生も甘いわね...」
「言っておくが、俺は何も言ってないからな」
「分かってるわ。...それにしても本当に数学準備室で眠るつもり?バレたら...それこそ本当に一ノ瀬先生も怒られるわよ?」
「教師どもが見回るのは22時を回ったあたりからだが、わざわざ電気を付けて一人一人いるかどうか確かめる訳がないだろう。別に規則正しく出席番号順で並んで寝てるわけでも無いしな。それに俺には培って来た信頼がある」
「その信頼が一瞬で無くなりそうなことをしようとしてるのよ?」
「一番早く起きて教室に戻れば良いだけだ」
「はぁ...」
微は説明を終えたので階段を上がった。
すると、下から由乃が微の服を引っ張って止めた。
「だから...」
「誰も止めてるわけじゃないわ。私も行く」
「はぁ?ふざけんな一人で寝れるから俺はそこに行くのに」
「あなたが寝たら帰るわ。幸い先生たちの教室は通らないし」
「知らないからな」
「あら意外。もっと拒むかと思ったわ」
「もっと拒んだら諦めるのか?」
「まさか」
結局二人で数学準備室に行って、微はソファに寝転んだ。
「つっかれた...」
「もう少し詰めて」
「は?何でこっちに来るんだ。前のソファ空いてるだろ」
「寒いのよ。雨だし」
「知るか」
微の言葉を無視して由乃は微の足を畳ませて空けたスペースに座った。
微はこれ以上は逆に疲れると悟り諦めた。
「ねぇ微。夜の学校って、やっぱり少し怖いのね」
「怖いならみんなのいる所に帰れよ」
「嫌よ。微といる方が安心するもの」
由乃はそう言って微を見て微笑む。微は急にそんな事を言われたので面食らった顔をしたが、すぐにいつもの仏頂面に戻った。
「お前のそういうところ、意味分からん」
「今に分かるわよ」
「その日が来ない事を祈る」
良い感じに微睡んで来て、微は今にも眠りそうだった。
時刻は0時を回ったところで、由乃もそろそろ帰ろうと考えていた。
「微...微...」
「んぅ...?」
もう帰るので伝えてから帰ろうとした由乃は、微を揺すった。
微は眠そうな顔で由乃を見た。
「そろそろ帰るわ。おやすみなさい」
「ああ...」
微は眠そうになりながら返して来た。
由乃はふと微の頭を撫でたくなり、試しに撫でてみた。
相変わらずサラサラの髪で、微の頭の横の部分を撫でていると、微が片目を開けて見てきた。
「帰るんじゃなかったのか?」
「帰るわ。もう満足」
「そうかよ。気をつけろよ、廊下...暗いから」
「優しいのね」
「べつに...そんなこと...n...」
微は喋っている途中に眠ってしまった。
普段の微なら絶対言わないであろう言葉を聞いて、少し驚きつつも嬉しかった由乃は、ご機嫌のまま自分の教室へと帰っていった。




