C
寒気がする。風邪?
いや、魔女は風邪ひかない。
「……っくしゅん!」
くしゃみなんて、久しぶりにしたな…
さっきから怪しい気配がして仕方がない。
今日は絶対、何かある。
今までの生活を、がらっと変えるような。
そんな予感がする。
人間のにおい。
もう二度とにおいたくないと思ったあのにおい。
門のところに人間がいる。
ああもう、イライラする。
見ているだけで吐き気がする。
短命の魔法をこの人間にかければいいんだ。
名案だね。
私がこの魔法を身につけた時に来たのが運の尽きだったのかも。
嫌になるくらい練習したあの魔法が、本当に人間に使えるのかと思うとさっきと打って変わって心がうきうきして仕方が無い。
最後の練習がてら、人間が来るまで家にあるものに魔法をかけてみた。
本やノートはみるみるうちに端がすたれ、紙くずとなって宙に舞う。
タンスや机は、素材である木が腐ったり折れたりして見事に崩れ去っていく。
この魔法は生き物はもちろん、物にも通用するのだ。
鏡の前を通った。
鏡に映った顔を見て、目を疑った。
私の顔に微笑みが宿っていたのだ。
笑ったのは、何年ぶりだろう?
生まれてこの方、まともに声を出して笑ったことはただの一度もない。
誰かに対して微笑むことなど天変地異が起こってもないと思う。
自分でもびっくりした。
人間の気配がする。感じられるほど近くに来たのか。
淡々と終わらせてやろう。魔法をかけたらとっとと私は部屋に戻ろう。
人間の顔なんて10秒も見れたもんじゃない。
なのに、何故だろう。
胸の鼓動が止まらない。
今まで人間に感じていた感情とは、また別の感情が心の中に渦巻いている。
緊張と焦り、そして期待が混じったような不思議な感情…
何故だろう?
どくどくと脈打つ心臓は、幾ら落ち着かせようとしても静まらない。
何故だろう?
人間はすぐそばにいる。
ここの廊下を曲がれば、人間の顔が見える。
今までも何回もやってきた事だろう。落ち着け自分。
意を決して人間のいる所へ目を向ける。
さあ、復讐の始まりだ。