第一話 はじめてのおそと
「青い空、白い雲、青々と生い茂る大樹の森、やってまいりました。これが人生初のおッそッと~!! 」
地下研究所から抜け出した少女は洞窟の前で大きく手を広げて叫んだ。
「いやぁ~長かった。小さなフラスコの中で目覚めてから今日まで、何度脱出を試みたことか。フフしかししかしだようやく自由を手に入れたぞ! これからは先ずっとオレのターンだ! 爺が死んだ今何人たりともオレを阻むことは出来ない! フハハハハハハハ!!」
念願叶って地下研究所の外に出ることが出来た少女はその感動を噛み締めていた。
そう今日この日を向かえるまで本当に長い長~い戦いがあった。
定められた運命を覆す為に何度脱出を試みたことか。
その度に賢者の結界やらトラップに捕まって檻の中へ戻された。
最終的には絶対に逃がすまいと拘束具でガチガチに固めた上に封印までされると云う始末。
だが今回は違う。研究所の中からその入り口の洞窟まで結界もトラップも一切動いていなかった為すんなりと外へ出ることが出来た。
これは益々もって賢者が死んだと云うことを意味する。
何故ならこの世界の魔術は魔力の供給が経たれれば術を維持することができない。
そしてその供給源は人であり現状人に取って代わるものは存在しない。
つまり結界もトラップも術者が魔力を込めてやらなければ維持することができないのだ。
「フフこんなに気分がいいのは生まれて初めてだ。思えばこれまでのオレの人生散々だったからな」
生まれてからこれまでに幾度も改良と云う名の拷問が繰り返された。
その度に体をいじくり回され作り変えられる。
最初はフラスコの中にすっぽりと納まるくらいの体をしていたのに改良の度に大きくなっていった。
最終的に十六/七歳の年頃の少女と同じぐらいの大きさと外見になった。
終いには欲しくもない賢者の記憶まで植えつけられ、そのせいで男勝りな性格になる始末。
その知識だけは外に出たときに役立つかもしれないとありがたく頂戴した少女だったが今日この頃まで必要になることは一度としてなかったと云っておこう。
まあ少女がどうなろうがどう思おうが賢者にはどうでもいいことだったのだが。
少女は器として創られた。
様々な魔獣を組み合わせ壊れることのない不滅の器として。それは賢者の魂を移植するためのただの入れ物。
賢者が少女に求めたのは彼女の体だけだった。故にそれ以外に少女に存在価値はないと彼は判断していた。
だから少女がどんなに泣き叫ぼうが賢者は聞く耳を持たなかった。
必死の抵抗も無為に終わり、主張も認められない。
これまで一度も意志の自由も行動の自由も少女には許されなかった。
だがそれもついさっきまでのこと。これからは希望に満ちた自由な人生がまっている!
「さぁここがスタート地点だ」
少女は大きく息を吸う。そして何かを口にしようとするがハッとしたように突然ピタリと止めた。
「そう云えばオレ名前ないじゃん。某人気アニメで出撃前に必要な有名なセリフ言えないじゃん。いやいやセリフはともかく名前は必要だよな」
今更であるが名前がないことに少女は気が付いた。
まあそれも仕方ない。これまで名前を必要としなかったのだから。
賢者は少女の事をどこまでも器としか見ていなかったから彼女を一個人と認識しない男が名前なんて付けるわけもない。
「そうだなぁ何にしようかなぁ。オレは一応女だから女らしい名前がいいよな。ん~」
と考え始めてからかれこれ一時間経過。
「あぁ決まらん!! もういいや名前なんて自分だってわかりゃいいんだよ。えぇ~とじゃあレティシア。前世で爺がハマってた小説のモブキャラの名前だけど」
何ともお粗末だが少女はこれでも色々考えた。
しかし名前と云うのはセンスが問われるもの。残念ながら少女にはそのセンスがなかったようだ。
まあそれっぽい名前に決まったことだし許してやってほしい。
と云うことで名前はレティシアに決まった。
さあではセリフを云って堂々出撃…ではなく冒険に出発しよう!
さんハイ!
「レティシア行っきま~す!!」
*
「―――迷った」
冒険開始から僅か二十分で壁にぶち当たって頭を抱えると云う。
「おかしいな爺の記憶のとうりなら洞窟から真っ直ぐ進めばすぐに道に出るはずなんだが………」
そこでレティシアは自分の行動を振り返って再び頭を抱えることになる。
レティシアにとって初めての外は与えられた記憶があっても新鮮だった。
自分の目で見て感じることが嬉しくてついはしゃいでしまった。
森に咲く花や昆虫を見つけてはあっちにフラフラこっちにフラフラ結果大幅に道を外れどこをどう辿って戻ればいいかも分からない。
完全に迷子だった。
「ぐ…ただ真っ直ぐ進むことも出来ないなんてオレは子供か―――」
レティシアが自分の残念さに打ちひしがれていたそのとき不意に背後の茂みから音がした。
振り返ればそこには一匹の角の生えた黒い犬がいる。
「角の生えた犬?」
犬はガルルとレティシアを睨み付けて威嚇していた。
「怒ってんのか? それにしてもデカい犬だな地球の大型犬より一回り大きいんじゃないかな。ん? あれこの犬知っているような確か爺の記憶の中で―――」
そこまで考えてようやく思い出す。その犬がとある図鑑の最初の方のページに乗っていたことを。
「そうだ思い出した魔獣図鑑の最初の方に乗っている低級魔獣フェンリルだ! おお本物見るの初めてだ! こんなところで魔獣に遭えるなんてついてるなハハ………あれ? 魔獣で…フェン…リル………?」
ここに至りようやくレティシアは事の深刻さに気が付いた。
「………フェンリルは人を襲う魔獣で確か集団で狩をするんじゃなかったっけか?」
そう口にした直後森の中から無数のフェンリルが現れレティシアを囲う。どのフェンリルもガルルルと唸り声を上げながら獲物を見る目でレティシアを見ていた。
「ちょッこれまずくないか! オイオイお前らオレを食べても腹に溜まらないし、おいしくないぞ…多分―――」
しかし言葉の通じない魔獣に何を云い聞かせても無駄だ。
じりじりと追い詰められ遂に逃げ場を失った。
その瞬間フェンリルが一斉にレティシアに牙を剥く。
全方位から襲い掛かられ逃げ場もなければレティシアにはどうすることも出来ない。
たちまち体に取り付かれ爪や牙で肉を抉られる。
「イギィイイイイイイイイイイ痛だい痛だい痛だい!! グゾ離じやがれごの犬ころが!!」
レティシアを押し倒し無数の牙を突き立てるフェンリルの群れ。
レティシアは涙目になりながらも必死に抵抗するが重心を押さえつけられてまともに身動きが取れない。
グチャグチャと腹あたりから臓物を引きずり出す嫌な音が聞こえてきてレティシアの視界は真っ赤に染まっていく。
痛みをと通り越して身体の感覚が曖昧になって来た頃には視界は真っ暗になって意識を手放していた。
その後無数のフェンリルが群がる血溜まりの中心には力なく横たわるレティシアの姿があった。
辺りは血の海となり静かな森の中にはフェンリルの食事の音だけがが響く。
いきなりバッドエンド!
油断は禁物ですよ皆さん!
それにしてもまだ二回しか本編投稿してないのに既に二人も死人がでるとはこれいかに?