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EPISODE.7「それはもはや、透明化ではないだろ」

「イーター、ねぇ」


 呟きながら、浩はその意味を考える。

 「食べる人」あるいは、「喰らう者」だろうか。しかし、モンスターの言うことである。英語ではない可能性もあるし、そもそも意味を持たない可能性すらあった。

 浩はこれ以上の思考は無駄だと判断し、捨てた。


「そういや、俺は自己紹介していないはずなのに、俺の事をヒロと呼んでいるよな。何故だ?」

『企業秘密だぜぇ』


 目玉……もといイーターは、相変わらずの濁声で浩に答えた。


「企業秘密の大安売りだな」


 嘆息してから、浩はベットから体を起こし、服を脱ぎ始める。

 シャツとトランクスの下着姿になると、全身が映る鏡の前に立った。

 左手を宙に泳がしながら、浩は小声で呟く。


「……変身」


 一度変身した時の感覚を思い出しつつ、浩は自分で制御しながら変身を行った。

 左手から白い触手のようなブヨブヨした肉が溢れるように出てきて、浩の体を覆っていく。

 肉はまるで浩のために丁重に揃えられた服のように、ピッチリと完璧に浩の体に適合する。

 一瞬のうちに、浩の体は完全に包まれた。

 変身が終わったのを確認しつつ、浩は鏡に映る自分の姿を観察した。


「……どう見ても怪人……悪役だな」


 白い肉は一つ一つの筋肉の形に盛り上がっており、所々の白い肉の間から、茶色く筋の入った膜がちらりと見える。

 足先、指先に爪はなく、代わりに指自体がそれぞれ鋭く尖っていた。

 頭部はミカンの房のように白い肉で覆われており、肝心の顔の部分、つまり頭部の正面は縦に大きく割れていて、中心に一つの目玉があるように見える。

 完全に人類の敵といった風貌で、むしろ今日見たモンスター達の方がまともな外見をしているのではないかと、浩が思ったほどである。透明で周りから姿を見られないのが幸いである。

 まあ、寄生したモンスターの姿が元々醜悪であるから、これでも大分マシだろうと、浩は思い直した。


『なんか失礼なことを思われた気がするぜぇ』

「気のせいだ」


 浩は腕を動かしたり、あるいは足を曲げたりと、体の動作を鏡を見ながら確認する。


「……やはり、人間の筋肉の付き方と、少し違うな」

『なんか問題あるのかぁ?』

「大ありだ。巨人の目に飛びかかった時、どうも効率が悪かった。俺が人間の筋肉の付き方を考えて身体強化していたからだろう」


 浩は記憶力が並外れていて、かつ想像力が高かったため、今日のような真似が出来た。

 いくら理科教師とはいえ、浩の担当はあくまで化学である。生物は専門外であり、人間の筋肉全てを把握できている訳ではない。

 その上、変身後のイーターの筋肉が人間の筋肉の配置と異なっていれば、最大効率の身体強化がのぞめないのも当然だった。


「能力は、『透明化』『身体強化』『硬化』でいいのか?」

『あとは衝撃吸収と消化吸収だなぁ』

「『衝撃吸収』はいいとして、『消化吸収』とは?」

『目玉につっこんだ後、真っ黒に汚れちまっただろぉ?』

「あぁ、あの時のか」


 浩は巨人の真っ黒な体液が、白い肉に吸収されていた時の事を思い出した。


「肉の表面で消化して、吸収出来るって事か? 相手を溶かしたりもできるのか? あるいはエネルギーを補給できるとか」

『汚れを消すくらいだなぁ。吸収しても何もねぇし』

「……微妙に使えないな」


 透明化には必要な能力ではあるが、それ以外の使いどころが見つからず、浩はため息をついた。


「そういえば、あの黒い体液は何なんだ? たしかモンスターは、血が出ないはずだ」

『ありゃ濃縮されたエネルギーだぜ』

「エネルギー……まあたしかに、若干紫色っぽかったが」


 浩はその時の光景を思い出しながら言う。


『だから放っておいても勝手に霧散しただろうなぁ。時間はかかるが』

「そういうのでも、消化吸収するとエネルギーとして補給は出来ないと?」

『いや。ありゃエネルギーその物だったからなぁ。例外だぜぇ』


 確かにあの後、かなりエネルギーが回復している事を浩は自覚していた。そう言うことならば納得がいく。


「とりあえず、大体能力は把握できたな。……いや、なあイーター」

『なんだぁ?』

「俺の声や音も、他の人には伝わっていないようだったが、それは何の能力なんだ?」

『透明化だなぁ。音、光、電波の類では、ヒロを捕捉出来ないようにしているんだぜぇ?』


 つまり、他人からは変身中は浩の姿が見えないし、音もわからず、赤外線やレーダーなどでも感知することが出来ないという事であった。


「……それはもはや、透明化ではないだろ」


 むしろほとんど完全なステルス能力だと言っていい。


『まあ日本語に当てはめて、適当にそう名付けただけだからなぁ』

「そりゃそうか。とにかく、能力は把握できた。あとはお前が言っていた、暴発の話だ」

『ん、ああ。そういや後でって言ってたなぁ』


 初期の状態でこんな化け物のエネルギーを吸収しても、暴発するだけだ、と確かにイーターは言っていた。

 そしてどういうことだ、と聞いた浩に、後で、と答えていたのだ。


『そんままの意味だぜ。ヒロとオイラはまだ成長していない、赤子みたいな状態なのさぁ。大量のエネルギーを吸収すれば、寄生が暴走して浩の脳を破壊するか、乗っ取っちまうか、最悪浩の体ごと爆発しちまうんだぜぇ』

「ハイリスクじゃないか」

『まあ気をつけてりゃ大丈夫だぜぇ。とにかく、エネルギーってのは諸刃の剣だって覚えときな』

「ああ」


 浩は頷き、先程から気になっていたことを聞いた。


「なあ、それって、成長するって事があるのか」

『あるぜぇ。エネルギーの補給と消費を繰り返せば、オイラの体と浩の体は成長する事になる』

「それは、大きくなるとかか?」

『見た目はさほど変化しないはずだぜぇ。まあ、成長してからのお楽しみだなぁ』

「……それは、お前自身が知らないっことか?」

『さあなぁ?』


 真面目に返答しようとしないイーターに訝しげな視線を寄越した後、浩はまた小さい声で呟いた。


「変身解除」


 その言葉で、今まで浩の体を覆っていたイーターの肉が手のひらに戻っていく。


「む?」


 解除が完了した後、浩は体にふと違和感を覚える。


「体が、怠い?」

『おぉ、変身と変身解除は結構生命力とエネルギー居るからなぁ。特に変身の時はエネルギーを消費できないから生命力が必要になるぜぇ』

「連続して変身することは出来ないという事か」


 しかし、過剰に疲弊しているという訳ではなかった。少々のインターバルを置けば、もう一度変身できるだけの体力は残っていた。

 これで大体の確認は終わったのだが、浩は少し思っていたことを口にする。


「変身とか、変身解除とか、一々言う必要があるのか?」

『一応なぁ。変身のタイミングをオイラ側も把握しとかなきゃいけないからなぁ』

「変身のためのキーワードってことか……変えられないのか?」

『ん、まあ出来るぜ。しかし何でだ?』

「変身、なんて一々真顔でいえるほど子供じゃないんだよ」


 眉をひそめながら、浩は言った。

 先ほどの変身も、浩は内心かなり恥ずかしかったのである。


『んじゃ、どうするんだ? 「拘束制御術式解放!」とか「イーターよ我が眼前に顕現し我が身を包め!」とか「対化物戦闘装備着装!」とかにするか?』

「何故お前は悪化への道を猛進するんだ。英語とかでいいだろう。『Put on』と『Take off』で」


 それでも多少羞恥心を煽るが、変身! よかマシだろうと浩は考えていた。


『えぇ? それでいいのかぁ? 折角だから面白いのにしようぜぇ?』

「モンスターの眼前で面白さを求めてどうする」


 浩は今日何度目か分からないため息をついて、そう言うのだった。


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